序章
0
「くっ。」
少年の服の袖は燃えて、黒くなっていた。
「逃げるだけか?」
少年と同い年くらいだろうか、背丈は少年よりも10cmくらい高いが顔つきはまだ幼いこれまた少年が手から炎は放ちながら言った。
サッ。
「はぁはぁはぁ。」
少年は木の陰に隠れた。
「今度はかくれんぼか?いいだろう、あぶりだしてやる。」
楽しそうにでも恐ろしい笑顔でこれを言った少年は一本ずつ木を燃やしている。
「どうしてこんなことに…。」
少年はどうしてこんなことに自分がなったのかを考えた。
1
「よう、勇斗。」
「はぁ…はぁ…おはよう。卓也。」
挨拶してきたのは神庭卓也。ここ聖嶺学園の1年生で俺、栖鳳勇斗の幼馴染である。
「そういや、ニュースみたか?」
「ニュース?見てるわけないだろ…こんな遅刻ギリギリなんだから…」
勇斗は寝坊癖があり、遅刻ギリギリになるのは稀ではない。
「それもそうだな。で、そのニュースなんだけどよ。また燃えてたんだとよ、この近くの公園の木が。」
「またか。」
「やっぱり、あれの仕業じゃないかな?」
卓也は好奇心に満ち溢れた目で問いかける。
勇斗は呆れていたのか問に問で答えた。
「あれって、アウェイクのことか?」
「そうだよ、こんだけ続けば人の仕業だろ!絶対。」
卓也はさらに目を輝かせて言った。
「はぁ…。あんな都市伝説嘘に決まってるだろ…。」
「決まっちゃいないだろ!突然変異で人間が持たないはずの能力が確認された人間!それなら炎でピンポイントで木を燃やすことだってできるだろ。」
「まぁできないこともないだろうけどさ…」
勇斗が続きを言おうとしたときにチャイムが鳴り会話はそれまでとなった。
「おはよう。今日は寝坊しなかったんだね。」
「おはよう。珍しく起きられた。」
挨拶してきたのは同じく1年の浅見凛。彼女もまた勇斗の幼馴染である。
「そういえば、卓也は?あいつがこの時間に学校に来てないとは思えないんだが。」
卓也は簡潔に言えば明るいお調子者であり、大の学校好きである|(学校が好きな理由は勉強ではないが)。そんな卓也が学校に遅刻してくるといったことはまずないのである。
「さっき、先生に連れていかれてたわ。」
「そっか、また成績のことでも言われてるのか。」
「そうだといいんだけど…」
「どうかしたのか?」
「先生の顔がすごく暗いというかなんというかだったから…」
「そっか…なんなんだろうな、呼び出された理由。」
心配ではあるがどこか自分には関係ないという風に考えていたその時だった。
教室の扉が開き、教室が騒めいた。
「栖鳳勇斗君はいますか。」
黒いスーツで身を固めた男が勇斗を探していた。
教室がさらに騒めいた。この男は聖嶺学園では誰も見たことがなかっただけでなく、至って普通の少年である勇斗を探していたことも影響している。
「栖鳳勇斗は、お、俺ですけど。」
「君が栖鳳勇斗君か。君を連行します。」
「れ、連行!?どういうことですか!?」
「君にはアウェイクに見られる特有の波長が観測された。よって、国法104条に基づき連行する。」
男は有無を言わさず勇斗に手錠をはめた。
「どういうことなん…だ…。」
勇斗は急に力が抜け、倒れた。
「勇斗!」
凛は叫んだ。しかしその叫びは勇斗に届くことはなかった。
凛は連れていかれそうな勇斗を必死でかばおうとしたが、勇斗は男によって連れ去られてしまった。
「ゆう…と…」
凛は泣き崩れていた。
「凛!どうした!?」
そこに卓也が戻ってきた。
「勇斗が…勇斗がつえていからちゃった…」
泣いていたせいでうまく凛はうまく言葉を発せなかった。
「なんだと!?」
卓也は凛を慰めようとしゃがんでいたところから急に立ち上がり、教室を飛び出していいた。
2
そこは静寂に包まれていた。あたり一帯には誰もいなく自分だけがいる場所。いつも目にする光景。そう、勇斗の家だ。勇斗は物心ついたときには両親がいなく、施設で生活をしてきた。しかし、中学に入学するとき、その施設が火事で焼け、自分を残して全員が亡くなった。そのままほかの施設に移るという話になっていたのだが、小学生のころに勇斗が興味を持って調べていたモノがある人間の興味を引き、そのデータと引き換えに多額のお金を出してきたために、勇斗は中学生ながら独り暮らしをするということが可能となった。そのためほかの施設には移らず、この高校入学まで独り暮らしをしていたのだった。
「う…」
勇斗が目を覚ますとそこは今までに見たことのない場所だった。
辺り一面が白い壁で覆われた6畳ほどの何もない部屋。
勇斗が辺りを見回していると、後ろのほうから音が聞こえた。
「なるほど、食事はここから配給されるのか。」
そこには栄養だけが考えられているような食事が機械に盛り付けられたように配膳してあった。
毒物があるかもしれないと疑いながらも、自分が空腹であることに気づき、勇斗はその食事を口にした。
食事をしながらこの場所がどこで、なぜ自分がここにいるのかを考えていた。
ちょうど食事を終えたところでどこからか声が聞こえた。
「食事には満足してもらえたかな?」
勇斗は辺りを見回し上にスピーカーがついているのを見つけた。
「空腹を満たすのにはよかったかな。」
「ほう、君は冷静だな。いきなりこのようなところに連れてこられたのにも関わらず恐怖していないようだ。」
このとき勇斗は初めて気が付いた、自分が冷静であることに。
「さて、無駄話はこれくらいにして、君がなぜここにいるのかを説明しようか。」
「そうだな。このままこんな意味不明なところにいるのは嫌だからな。」
「ふっ、本当に君は冷静だな。いいだろう、説明しよう。ここは覚醒者研究実験機関、Awake Experiment Study Agency通称エーサだ。」
「そんな機関聞いたことがないな。」
「無理もない。この機関はほとんどすべての人間に対して内密にされている。」
「なるほどな、つまり俺はそのほとんどすべてではないということだな。」
「理解がはやくて助かるよ。さてここの研究内容だが、Awakeの発生条件などの調査だ。」
アウェイクの発音が流暢なところを見ると、国内ではなく別の場所で長い時間生活してきたことがわかった。
「なるほどな、あの都市伝説は本当だったということか。それで、ここから出るにはどうしたらいいんだ?」
「ここから出る方法それはただ一つ、同じAwakeを3人倒すことだ。Awakeの対処にはどこも手を焼いていてね。あの特殊能力を持つ人間が一般社会に出たら大変な騒ぎになるってね。」
「|(どこも?ということはほかにもあるということか。)なるほどそれで同じアウェイク同士を戦わせて数を減らそうと。」
「そういうことだ。どういうわけかAwakeは同じAwakeに負けると能力を失うのでね。」
「ほう、ならば負けたやつも戻れるのではないのか?」
「いやいや、それではみなが負けようとして戦いにならず結果として数が減らないからねぇ。どうにか開発に成功した能力を消す薬を3度勝ったら与えるということになったんだよ。」
「ほう、なぜそこまでの情報を俺に与える?わざと負けて逃げることだってできるんじゃないのか?」
「君は今までにない特殊な個体だからねぇ。いろいろ研究したいからね。ちなみにここから逃げることは不可能だよ。この機関に入った時点で君たちの生体反応は記録されているからどこに行っても捕まるよ。」
「なるほど、負けたらモルモットというわけか。」
「そうだよー。では頑張ってねー。」
ブチっという音声が途切れる音が聞こえた。
「おい!戦うってどうやってだよ!」
勇斗は急に冷静さを失った。なぜなら急に開いた扉の向こうから強い殺気を感じたからだった。
その殺気はどんどん近づいてくる。勇斗は咄嗟にもう片方の扉に向かって走った。
その時だった、後ろがやけに明るいと感じたとき、自分の斜め前方が燃えていた。
「|(なんだと!?)」
勇斗はさらに速い速度で走った。するとそこは見たことのない公園だった。
やっと外かと感慨に浸る暇もなく後ろから炎を弾が飛んできた。
「くっ。」
その弾は勇斗の服をかすった。かすった部分は黒く焦げていた。
「逃げるだけか?」
今までの暗い場所から電灯がある場所に出たことで相手の顔が見えた。
勇斗と同い年くらいだろうか、背丈は勇斗よりも10cmくらい高いが顔つきはまだ幼い少年が手から炎は放ちながら言った。
サッ。
「はぁはぁはぁ。」
勇斗は焦げた服の部分の腕をかばいながら木の陰に隠れた。
「今度はかくれんぼか?いいだろう、あぶりだしてやる。」
楽しそうにでも恐ろしい笑顔でこれを言った少年は一本ずつ木を燃やしている。
「どうしてこんなことに…。くそ、こんなところで訳も分からないまま死んでたまるか!」
そう少し自暴自棄になっていたところで勇斗はさっきの男の言葉を思い出した。
「君は特別だからねぇ。」
「|(特別…とか言ってたな。だったらなんかできだろ!)」
勇斗は手を前に出しながら木の陰から出た。
「自分から出てくるとは、探す手間が省けたぜ。」
そう少年が笑っていたのもつかの間、今度は急に顔をしかめた。
「なんだよこれは!急に炎が出なくなったぞ!」
そう少年が言い目の前を見るとそこには手から炎を出している勇斗がいた。
「これが、俺の能力…」
その炎はまさに少し前まで目の前の少年が使っていた炎だった。
「聞いたことねぇぞ!能力を奪う能力なんて!」
勇斗も自分の能力に戸惑いながらも本能的なものだろうかその炎の出ている手で相手に殴り掛かった。
「くそ、能力が奪われたからって俺がこんなガキに負けるわけがねぇ!」
少年も勇斗に殴り掛かる。
しかし、その手が勇斗に触れることはなかった。
その少年の前には勇斗の姿はなかった。
必死に探すが見当たらなかったそのとき上から熱いものを感じた。
それは勇斗だった。背中から炎の翼が生え飛んでいた。
「空を飛ぶだと!?」
少年は驚愕の表情を浮かべていた。
しかし、少年に驚愕に暮れている時間はほとんどなかった。
勇斗は空を飛んだかと思うと、少年目がけて急降下した。
勇斗の拳が少年に当たると骨に響くような鈍い音がして、少年は数十メートル跳んで行った。
「う…う…」
少年は間もなく意識を失った。
それと同時に勇斗の背中に生えていた炎の翼は消えてなくなった。
「ん!?炎が出ない!?」
「おめでとーう。」
「その声…さっきのやつか。」
木の陰からふたつの光るものが見え、勇斗はそちらを向いた。
「君はこれで1勝することが出来た。あと2回勝つことが出来たら戻ることが出来るよ。」
「戻る…か。」
「ん?んん?もしかして戻りたくないのかな?」
「俺はお前たちのせいで白昼堂々とAwakeと宣言された。そんなやつを普通の人間が受け入れるとでも思っているのか?」
「ふふふ、君はつくづく面白いやつだね。今までそんなことをすぐに思いつくやつはいなかったよ。みんな戻ることに必死になってたのに。」
「そうなのか。それで、俺のこの能力はなんなんだ?あいつは知らないようなことを言っていたが。」
勇斗は奥で倒れている少年を横目に見ながら問う。
「君の能力はねぇ、実は僕たちにもよくわからないんだよ。でも、今回の戦闘でいくつか判明したね。」
「相手の能力を奪うことか。」
「んー、それあってるようであってないんだよねー」
「どういうことだ?」
「それはねぇ…」
チリリリリリ
どこからともなく何かを知らせるベルが鳴り響いた。
「なんだ!?」
「これがなったということは時間だね。」
「時間?」
「そう、時間さ。これがなると君たちは自動的に自分たちの部屋に戻されるのさ♪」
「なんだと!?それじゃあ、俺の能力の話はどうなる!」
「それはぁ、また今度ねぇ。」
辺りが白い景色になり始めた。
「まて!まだ話は終わって…ない。」
最後まで言い終えた時にはすでに辺りは白い壁に囲まれた部屋だった。
「くそ…俺のこの能力はなんなんだ…」
「ふふふ。」
黒く長い髪をたなびかせた男は不気味な笑みを浮かべていた。
「彼は本当に面白い。彼ならば“アレ”にも勝てるかもしれないな…」
男は不気味な笑みを浮かべたまま暗闇に消えていった。