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生活のススメ(番外編)  作者: よる
小話集
9/25

酸っぱい顔――長女編

小さな頃から周りに黒騎士がいるのが当たり前で育った。

黒騎士の皆は優しくて、良く一緒に遊んでくれたと思う。私はお兄様や弟のように走り回った訳ではないけれど、花を摘んでいればあっちにも綺麗な花があると教えてくれたり、花冠の作り方を教えてくれた黒騎士もいた。


特にヒュウは母が『弟みたいな感じ?』と教えてくれたのもあって、一番遊んでもらった気がする。後でヒュウに聞いた事によれば、孤児院で育って小さな弟妹の面倒を見てたから遊び方を知っていただけだと言っていたけれど。


一番懐いていた人に、恋心を自覚したのはいつだったのかはわからない。


ヒュウを見詰めていたからこそわかってた。

ヒュウが見詰める先にいる人が誰なのかって事くらい。


ヒュウが、優しい顔で笑い掛けるのが誰なのかって事くらい、気付いてたの。


何度も何度もヒュウに好きだと自分の気持ちを伝えたわ。

だけど、ヒュウはいつも「ありがとよ」と言って、頭を撫でて終わりにしてしまう。

小さな頃と同じ事をされてしまえば、それ以上の事は言えなくなった。


いえ、言うのが怖かったのね、私。


だって、言ってしまったらきっと、もう傍にいてくれなくなるってわかってたから。

王城に行った時に、従姉妹である王女殿下や王太子殿下から色んな方を紹介されたけれど、その誰もが色褪せて見えた。他の誰かと会う度に、私はヒュウへの思いを再確認するだけだったのよね。


リュクレースは平和であるからこそ、政治的な結婚をしなくて済む分、恵まれているのかもしれないけれど。


成人し、そろそろ本格的に結婚相手を探さなければならないと言われたのを機に、もう、この恋心には決着を付けようと決心した。

今まで、踏み込む事を躊躇い、そのままの関係を保って来たけれど。


「ヒュウ、話しがあるの。聞いてくれる?」


何となくいつもとは違うのを気付いてくれたみたいで、こくりと頷いた後、二人で庭を歩きながら他愛も無い話しをしたわ。

私の話しを聞いて頷いたり、笑いながら答えてくれるのが嬉しかった。


「ヒュウ。私、貴方の事が好きなの。だから……出来れば、ヒュウにも私の事を考えて欲しいと思ってる」


見上げながらそう言ったらヒュウはいつものように躱すのではなく、真剣な顔で答えてくれた。


「イリ。時間を貰ってもいいか?正直に言えば、今まで考えた事もあったんだけどさ。でも真剣に考えた事無かったから……だから、ちゃんとイリの事考えたい」


その答えがすごく嬉しかった。

頷いて返したけれど、返事を貰えるまでは毎日ドキドキしてた。

伊達にヒュウを見詰めて来た訳じゃないから、何となく答えはわかっていたけれど、それでももしかしたらって期待してた。


「イリ。俺はお前と一緒に生きる事は出来ない」


そう言って、ごめんなと頭を下げられた。

わかってた、わかってたけど。


「……ヒュウ、真剣に考えてくれてありがとう。嬉しかった」

「ああ……」


涙が零れそうになって駆け出した。

絶対に泣いたりしないって思ってたのに。笑って終わりにするって決めてた。

だけど、涙は次々に溢れて来てしまって止められなかった。


夕食を断った私に、お母様が心配して部屋まで来てくれたのだけれど。


「今、お母様に会いたくない」

「……わかった」


寝室の扉の外からそんな事を言って来たお母様にイラッとしてしまう。

八つ当たりだってわかってるけど、はっきり言って声を聞くのも嫌だった。お母様の存在全てを否定したかった。


だって、お母様はずるいじゃない。

お父様と結婚しているのに黒騎士の皆とあんな気安く付き合ったりして。

あんな風だから黒騎士の慰み者だったなんて莫迦にされるのよ!


枕を抱き締めて頭の上までベッドの中に潜り込んで泣きじゃくった。


次の日は本当に酷い顔してた。

朝食の席に着いたら、弟のティーラが私の顔を見て「今までで一番綺麗だと思いましたよ」何て言いながらテーブルの上の花を取って私に差し出して来た。

花を受け取って香りを嗅いだ後、ティーラの顔にぶつけてやろうと思ったんだけれど、花が可哀想で止めたわ。


「おはよう、リノ、ティーラ」


そう言いながら父と母が入って来て、席に着いて一緒に朝食を摂った。

両親は私の顔に着いて何も聞いて来なかったけれど、まあ、聞かれても答えにくい事だから黙ってたわ。

そのまま、三日くらい過ぎてからお父様にお願いに行ったの。


「久し振りに、リューリュースへ遊びに行っても宜しいでしょうか?」

「……リノ」

「お父様。私、ヒュウを見るのも、お母様に会うのも辛いの。だから、今は離れさせて」


ヒュウの姿を見掛けた時には慌てて隠れたし、食事の席でお母様に会う時は眼を合わせられなかった。それでも、頑張ってみたけれど駄目だったの。

今はまだ、ツラいの。


「……お父様は、何故平気でいられるの?」


あのお父様がヒュウが見詰める先を知らない訳が無い。

その視線の先にいる人が誰なのか、気付かない程間抜けじゃ無いもの。

お父様はそんな私を見ながら、苦笑した。


「いちるが揺るがないからだよ」

「……お母様?」

「ああ。いちるだってそこまで抜けてはいないから、とっくにヒュウの気持ちは知ってるさ。だけど最初から『弟分だ』と言って、もう五十年以上経ってるけど今でもヒュウは弟分のままなんだ」


そう言ってお父様が笑った。


「でも、それじゃあヒュウは」

「いいんじゃないかな?本人は納得しているみたいだよ?」

「……でも」

「リノ。君ももう少し大人になったらきっとわかると思う。そう言う愛もあるんだって」


微笑んだお父様の心の内はわからないけれど、そういう物なのかもしれないと思い込んだ。

そうしてリューリュースへ出立して伯父様と伯母様に迎えられ。

毎日毎日果樹園に出て色んな作業をお手伝いさせて貰いながら、色んな事を学んだわ。


リューリュースに来てから毎日が楽しくて、あっと言う間に半年が過ぎたのは伯父様と伯母様、そして賑やかな従兄弟たちのお蔭だと思ってる。


収穫期の前に夜会を開くのが決まりだと言って、これから忙しくなる人達にたくさん食べて貰う為にと開催された夜会は、とても楽しかった。

まだ熟す前の果実を従兄弟に騙されて口に入れた私は、その酸っぱさに涙を浮かべたの。

本当に、悪戯好きで困った従兄弟よね。


「大丈夫ですか?宜しければお水をどうぞ」


そう言いながら差し出してくれたお水を受け取って口に入れて、やっと酸っぱさを誤魔化せた。


「ありがとう。ええと」

「失礼しました。私はリュクレースの東部にあるジェリノア地方を拝領しております、ガレムと申します」

「ガレム様、ありがとうございます。イリと申します。とても酸っぱかったから助かったわ?」

「この時期はまだ口に入れるのは早い果実ですから」

「そうなのね。従兄弟にすっかり騙されてしまったわ」


そう言うと、ほんの少し口角を持ち上げたガレム様が、私を見下ろした。

ガレム様は濃い金色の髪に、綺麗な緑色の瞳をしていて、とても大きな方だった。

黒騎士の、ギルニットさんと同じくらいかしらね?


「コルディックから遊びにいらしているのですか?」

「ええ、そうなんです。もう半年もお世話になっているので、そろそろ戻らないといけないのだけれど……楽しくてつい、長居させて頂いてしまってます」

「ああ、それは良く分かります。リューリュースは良い所ですね」

「ええ、そう思うわ」


コルディックより暖かいからなのか、皆のんびりした感じが良いのか。

とても過ごしやすくて大好きな所だ。


だけど、そろそろ帰らないと伯父様達にだって迷惑よね。


「コルディック公爵令嬢は、東部へいらした事はございますか?」

「いいえ?王都かここにしか来た事がありませんの。ですから東部の方は何も知らなくて」

「そうですか。機会がありましたら是非足をお運び頂けると嬉しいです」

「ええ、ありがとう、ガレム様」


身体の大きな方だけれど、怖いとは思わなかった。

従姉妹は『黒騎士を見慣れているせいよ』何て言うけれど。

まあ、確かに黒騎士の見た目は女性から見れば恐ろしいかもしれないわね。


「ガレム様はお仕事でいらしているんですの?」

「いえ、従兄弟がこちらのシェスニア伯ご令嬢に婿入りしまして」


そう言いながらたぶんお従兄弟であろう方へと視線を向けるので、私もそちらを見たのだけれど、残念ながら背丈の関係で私からは見えなかった。


「先日、式を挙げたばかりなのです。それで私もこちらに滞在させて頂いておりまして」

「そうでしたの」


結婚か……。

思い人と添い遂げる事が出来たら、きっと幸せよね。


「リノ、こんな所にいたのね?」


そう言いながら伯母様が歩いて来た。ここは夜会の会場になっている庭の隅の方で、実は酸っぱさに涙を浮かべた私はこちらへと逃げて来たのだ。吐き出そうかどうしようか散々悩んだんだもの。


「伯母様」

「ガレム様、リノを守ってくれたのね?」


伯母様がそう言うと、ガレム様はまた少しだけ口角を上げて頭を下げた。

たぶん、微笑んでいるのだと思う。


「お知り合いでいらしたの」

「ええ、そうなの。ガレム様のお従兄弟がシェスニア伯令嬢に婿入りした話は聞いた?」

「はい、先程ガレム様から伺いました」

「その婿入りした相手は私の友人なのよ。それで、結婚前にガレム様とお従兄弟にお会いしたのと、ほら、この間私、結婚式に出るからって留守にしたでしょう?」

「ああ!ではそれが?」

「そうなの。その時にガレム様に、家で夜会を開催するまで滞在したらどうかって誘ったのよ」

「そうでしたの」


ガレム様を見上げれば、また少しだけ口角を上げて頭を下げた。


リューリュースでの収穫期の忙しさは良く分かっているので、邪魔にならないようその前にお暇しようとしたら従兄弟達から『ふざけんな。手伝え』と叱られてしまったので、滞在が伸びたのは帰るのが嫌だったからじゃないのよと、言い訳させて欲しい。


リューリュースの収穫期が終われば今度はコルディックが忙しくなるから、この収穫期が終わってから王城で開催される舞踏会までお世話になりなさいと父から手紙が来た。

伯父様と伯母様は喜んでくれて、伯母様のご実家である果樹園にも遊びに連れて行ってくれたり、リューリュースにあるエフィヴィレルと呼ばれる湖へと連れて行ってくれた。


従兄弟達は十人兄弟だから、とっても賑やかで毎日が楽しかった。


王城へ出立する日の前の晩、お別れになるからと従姉妹達と同じ部屋で寝る事にしたの。

その時にね、恋の話しになって皆が好きな人の名を上げたのよ。


「私は、好きだった人だけれど」

「……終わってしまったの?」

「ええ。思いを告げてきっぱり断られたの」


そう言ったら従姉妹達が驚いた顔で私を見ていたわ。


「私ね、今はヒュウに恋して良かったって思ってる。だって、本当に素敵な人だもの」

「でも……」

「思いは叶わなかったけれど、でも、ヒュウに恋している時は幸せだったの。だからね、私、めげずに新しい恋をしたい」


そう言って笑ったら、従姉妹達が顔を見合わせた後一斉にお勧めの男性の名を上げてくれたのには、少し参ってしまった。

収穫期の後の王城の舞踏会は毎年華やかで、一年の収穫を祝って開催されるから、皆気合の入ったドレスを着て来るのよね。私は今回、伯父様と伯母様が用意してくれたドレスを身に付けていて、いつもとは少し雰囲気が違って何だか嬉しかった。


「あ、ガレム様だわ」

「ガレム様?」


王城の広間で歓談している男性達の所で、一際大きな身体がとっても目立ってた。


「ほら、あそこの身体の大きな方」

「え?どこ?」


どうやら従姉妹からはわからないらしい。

あんなに大きな身体なのにどうしてかしらね?


「そう言えば、うちの両親は何処かしら?」

「やあねえリノったら。さっきからあそこで目立ってるじゃない」


そう言われて従姉妹が示してくれた方へと顔を向け、相変わらずな両親を見付けて苦笑する。もう……お兄様が『恥ずかしいから檻に入れておけ』なんて言っていたけれど、私もそう思うわよ。


「お父様、お母様」

「リノ!元気そうね?」

「恥ずかしいからここで『あーん』は止めて下さい」

「おや、リノは難しい年頃は過ぎたと思ったんだけれどね?」

「お父様、お兄様に檻に入れられますよ?」

「はっ。返り討ちにしてくれるわ」

「お母様……」


やれやれ。

相変わらずの両親にほっとしつつ、私も歓談の輪に加わって行った。


この時、ガレム様にご挨拶させて頂いたのだけれど、何故か周りの方達がどよめいていたのよね。ガレム様は相変わらず微笑むのが下手みたいで、少しだけ口角を上げて頭を下げてくれた。

これが、私と旦那様の出会い。


この後三年間、ほんの少し会話するだけの間柄だったけれどね。


旦那様は後になって教えてくれたのだけれど。

『君が酸っぱい顔をした時に恋をしたんだ』って。

まったく、よりにもよってそんな顔に恋しなくてもいいのに。


微笑むのが下手だと思っていた旦那様は、愛想笑いが苦手なだけだった。

だって、私にはとっても優しい顔で微笑んでくれるもの。



~おしまい


初掲2014,01,15.

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