異世界で夫の名前が権兵衛では駄目でしょうか?
神崎さん曰く、カミルさんって確かに忍者みたいな人なんですとの事。
元々、ベントさんと一緒にいたとか何とか。
「ベント君、カミル君を何処で見付けたのかね?私と君の仲だ、存分に語ってくれてもいいと思わないかね?」
フェロモン青年の肩を抱きながらそう言うと、フェロモン青年はとっても戸惑った顔をしていたけれどその内笑い出し、何故か酒の入ったコップを持ち上げて二人で乾杯した。
あの空き地から宿屋へと戻り、そうして食堂へと入ればヴィーとギルニット隊長とリクト隊長は既に食事を済ませていたので、私達も食事をする事にしたのだ。
同じテーブルに神崎さん、フェロモン青年、黒髪青年が付き、こちらはヴィーとリクト隊長、ギルニット隊長が座った。
「カミルは代々家に仕えてくれてる一族の出なんですよ」
「へえ。じゃあベント君ちは偉い人なんだね?」
「公爵家の五男坊です。気ままなもんですよ、高野さん」
「五男。何人兄弟?」
「家は子沢山なので全部で八人です」
「なんだ、じゃあ私の方が兄弟多いわ。家は十二人だった」
そう言ったらベント君が驚嘆しながら私を見てたけど。
まあ、ほら、孤児院だったからさ、血の繋がりは無かったんだけどね。
一緒に食事をした後、この後は特に予定も無いってんで一緒にお酒を飲み始めて、色んな話しをしています。私が興味あるのはカミル君の事だけなんだけどね。
「あの、高野さん」
「はいはい?」
「高野さんは、帰ろうと思わなかったんでしょうか?」
神崎さん、やっぱそれ聞きたいよねえ。
うん、そうだと思ってたよ。
「最初から諦めてたって言うか。やっと状況がわかった時にはさ、もう既に色んな事やらかしちゃってたんだよね、私」
そう言って笑うと、リクト隊長がこくこくと頷いていた。
合いの手入れ無くてもいいですっ、リクト隊長!
「神崎さんはここに来た時の事覚えてる?」
「はい。あの、私、学校で教室のドアを開けたらこの世界だったんです」
「ラルの部屋だったんだよな」
「うん……」
「そりゃあまた……大変だったね」
「高野さんは?」
「私はね、会社の帰り道、いつものように角を曲がったらこの世界に立ってた」
どこまでも広がっているあの砂利道に途方に暮れた。
……懐かしい。
「神崎さんは、最初から言葉が解ったのかな?」
「はい。それだけが救いでした」
「そっか。良かったね」
言葉が通じるってだけで、だいぶ違うだろうな。
「あの、高野さんは……」
「私はさっぱり解らなかったんだ」
「じゃあ、不自由されましたね」
「まあね。お蔭で帰るチャンスが無かったって言うか」
最初は言葉が通じない外国にでもいるのかって思ってたからなあ。
……馬鹿だな。
「いちる、お代わりは?」
「もう少し何か食べるか?」
「折角そう言ってくれるなら食べて飲んじゃおうかなあ?」
リクト隊長とギルニット隊長がそう言ってくれたので、それに乗っかって話題を変える事にした。
「ベント君もお代わりしようか?」
「貰います」
「ラルフォルトは?」
「……貰おう」
「けっ、偉そうにしやがって。一番安い酒にして貰おうか」
「な、ふざけるなっ!」
「うるせえ、庶民の味を堪能しやがれっ!おばちゃーん、酒とつまみを追加でお願いっ!」
「はいよっ!」
元気に返事をしてくれたおばちゃんとにかっと笑い合い、そうして再び話しに戻る。
「帰る方法、無いでしょうか」
「さあ、どうなんだろうねえ?」
「こちらが把握している限りでは、全く情報は無いね?」
「そうなんですか……」
ヴィーの言葉に落ち込んでしまった神崎さんが、ベント君とラルフォルトに慰められていた。いやあ、役に立たなくてスミマセン。
「あの、高野さんは何か武術を習っていたんですか?」
「ううん?こっちに来てから扱かれたんだよねえ」
「もしかして、魔獣に襲われたとか?」
「あー、えっと……さっき言ったチート国で騎士になったんだ」
「騎士!?え、それはどうしてですか?」
「ええと、他に選択肢が無かったって言うか……」
ヤバイ、何かもう歯切れ悪いって言うか。
何て答えればいいんだろう?
「いちるはね、ある事情から剣を握ったんだよ」
「ある事情?」
「そう。まあそう言う訳だから」
ヴィーが笑いながらそう言うと、神崎さんは怪訝な表情を見せたけどそれ以上は聞いて来なかった。やっぱり良い子だ。
「神崎さんはいくつ?」
「十七です」
「わっけえええええっ!何それ、お前ら犯罪だぞっ!近寄るなっ!」
ラルフォルトとベント君にそう言うと、ラルフォルトはムッとし、ベント君は笑う。
面白い二人組だ。
「いいか?日本での成人はハタチ、二十歳だ。それまでは本人の許可なくベタベタしたらイカン」
「貴様に指図される謂われは無いっ!」
「ラルフォルト、お前そんな事言ってると嫌われんぞ?」
そう言うとラルフォルトはビクッとして神崎さんへと顔を向けた。
なるほど、ラルフォルトにはこの手が使えるのか。
つい、にんまりと笑ってしまったら、隣からベント君が耳打ちして来る。
「高野さん、ラルはいじり甲斐がある奴ですよ?」
「ほう?それは楽しい事だろうね、ベント君」
「ええ、まあ」
その答えに、思わずにかっと笑ってしまった。
「私はベント君とお近付きになりたいねえ?」
「え……あの、それってカミル絡みですよね?」
「それ以外に何があると言うのかね、ベント君。ちゃっちゃとカミル君を呼んでくれたまえ」
「残念だなあ、俺に興味を持ってもらえないなんて」
「ん?あるよ?」
「え、ホントですか?」
「うん。シャツのボタンをそれだけ開けてるのならいっそ脱いじゃえよ!みたいな?」
「おっと。それはお誘いですかね、高野さん?」
「へえ?誘ってるの?いちる」
私の腰を抱きながら声を掛けて来たヴィーを見たベント君が、一瞬にして顔を青褪めさせて椅子ごと後ろに下がった。
「ああ、ばれちゃったよー、また今度ねえ」
「いちる、今度があると思う?」
「いやあ、何処にチャンスが転がってるかわからないですからね?」
チャンスは物にする主義です。
そう言いながらにっこりと微笑みあった。
「も、もしかして恋人さんでしたか!?」
神崎さんが頬を染めてそう聞いて来る。
可愛いなあ。
「夫婦。夫の権兵衛さんです」
「よろしくね?」
名を明かす事がどれだけ危険かは百も承知しているから、ぱっと浮かんだ名前を言えば、ヴィーはそれをさらっと流して笑顔でそう言った。
すげえなあと感心してしまう。
「あっちは愉快な仲間達だよ」
「省略しなくてもいいんじゃないかな?」
「えー?ええと、この人が裡央さんで、こっちの人は銀二さんです」
リクト隊長、きっと自分は何て呼ばれるんだろうってワクワクしたんだろうなあ。
「……日本名?」
「そう。見た目はこんなだけど、違和感ありまくりで笑えるよねえ」
ごめんね、神崎さん。
心の中で謝りながらさらっと嘘を吐く。
私は守りたいんだよ。
「ごんべえ?」
「そうだよ?」
ラルフォルトが訝しそうにそう聞いて来たけど、ヴィーはさらっとそれを流す。
いやあ、家の元第三王子の方が上手ですわ。
まあ、そう言う生き方して来た人ですから、中々崩せないと思いますけどね。
「所でベント君。そんなに離れるなんて寂しいなあ?」
「え……いや、でもですね」
「気にしない気にしない。さ、遠慮なく近寄って一緒に酒を飲もうじゃないか」
そう言ってペシペシとテーブルを叩いて見せれば、ベント君はビクビクしながらも隣の席に戻って来た。さっきより距離あるけどまあいい。
「さてベント君、カミル君の話しに戻そうじゃないか」
「……呼んだら俺に関わらないでくれます?」
「カミル君の飼い主なんだよね?」
「まあ……一応」
「じゃあ無理だね?」
にかっと笑いながらそう言うと、ベント君は色々と諦めたように溜息を吐いて見せた。
「そもそも、何でそんなに戦いたいんですか」
「そりゃ強そうだからだよ。自分の力が何処まで通じるのか、試してみたくないかい?」
「いや、俺そこまで強さ求めてないんで」
ベント君は不真面目そうに見える真面目さんか。
あれだ、お年頃って奴だな、うんうん。
「なるほど、この国の男ってのは素手の女に倒されても悔しくならない、と」
「貴様、これ以上愚弄するなっ!」
ラルフォルトが立ち上がって怒鳴って来る。
まったく、熱い男だ。その熱さは若さの特権って奴だから、今の内に使い切っておいた方が良いぞ?
「うるさい男だな。喚くしか出来ない子供か」
「なっ!」
「黙れと言っている。人の言を一々真に受けて感情を荒立て喚き散らす。それが王子?」
うわ……怒っちゃった?
ヴィーってば、王族に対しては本当に厳しいからなあ。
「座れ。借りにも王子を名乗るのであれば民の前でみっともない真似を晒すな」
ヴィーが言っている事は至極まともな事で、ラルフォルトは反論しようにも何も言えなくなってた。
リクト隊長がちらっと視線で合図をして来たので、よっしゃ、任せろとばかりに頷いた。
「ぷっ、怒られてやんのっ!」
そう言って笑ったら、リクト隊長に頭を叩かれ、ギルニット隊長にヴィーと二人ひょいっと持ち上げられて立たされる。
「さ、そろそろ寝る時間だぞ?」
「あー、それでは、お先に失礼しますよ?」
ギルニット隊長に背中をぐいぐいと押されて追いやられ、リクト隊長がそう言って食堂を後にした。
オーラン先輩とジェイド隊長も上手い事抜け出して来たので、後に残った面々がどうなったのかは残念ながらわからなかった。
初掲2014,02,03.