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生活のススメ(番外編)  作者: よる
異世界道中記
2/25

髪を切るって失恋した時だけじゃない、貞操を守る時にも切るんだよ?

「ふらりと立ち寄ったこんな酒場で、君のような女神に会えるなんて!ああ、これが運命と言う物なんだね」


仕事帰りのおっちゃん達が酒盛りをしている普通の酒場で、ドアを開けて入って来た、一見煌びやかな青年が大袈裟な身振り手振りを踏まえつつ、胸に右手を当てて跪いた。


「真っ白なその肌に、どうか唇を寄せさせて欲しい」


そう言って乞うように左手を差し出しながら、頬を染めて椅子に座ったその人を見上げた。どう見てもその眼差しは真剣そのものって感じで。


「……汚らわしい」


見詰められたその人は一言そう呟き、目の前に跪いた男を魔法で吹き飛ばして店から追い出してしまった。

ああ……もう少し楽しみたかったのに。


「いちる、笑い過ぎだ」

「ごめ、な、さい……」


もう駄目だとばかりに『どわっはっはっはっはっ』と笑い声を上げれば、酒場にいたおっちゃん達まで釣られたように大笑いして来る。

いや、皆で成り行きを見守ってたんですって。あちこちで肩が震えてるのを見ましたけど、ちゃんと我慢したじゃないですか。


「全く。皆で俺を笑い者にする気か?」

「だっておめえ、これで何度目だよ?」

「初めてここに来た奴は大概同じ事言ってんじゃねえか?」

「街中でもやられてんの見たぜ?」

「モテモテで羨ましいぜっ!」


おっちゃん達がそれぞれにそう言ってもう一度笑った後、酒の入ったコップを持ち上げて、

「旦那の美貌に!」「女より綺麗な旦那に!」何て言いながらぐいっと酒を煽って見せた。

ジロリと睨み付けられ、コップを持ち上げた右手を降ろしつつ、わざとらしく空咳をし。


「えっと……大変でしたね?」

「そうだね。誰も助けてくれそうもないし、まさか自分の奥さんが一番楽しんでるなんてね?」

「そ、そんな楽しんで……いや、スミマセン、楽しいですっ!」


そう言ってもう一度笑ったら、ヴィーも笑い出し、二人でコップを合わせた。

この街に滞在し始めて一月、ヴィーの美貌はここでも通用するようなのは相変わらずなのですが、こうしてヴィーを女性だと勘違いする男性が多いのが笑える。

街中を歩いていても、こうして酒場にいる時も、定食屋にいる時でも男性から愛の告白を受けております。


「何で女性に見られてんでしょうね?」

「……髪のせいかな?」


そう言いながら一つに括った髪を持ち上げ、ふうと溜息を吐き出して見せた。

全く、そうやって色気を振りまくのが悪いんじゃないですかねえ?


「格好はいちると同じなのに」

「どうせ私は誰にも相手にされてませんよ」

「いいんだよ、それで。いちるに声掛ける奴がいたら大変だよね、そいつが」

「……そう言えば私、ヴィーから熱烈な愛の告白ってされた事無いですね?」


いや、あったかな?

無かったなあ……?少なくとも、頬を染めて見上げて来るような事は無かった気がする。


「して欲しい?」

「いや、怖いからいいです」


即答したらヴィーがふふっと笑って見せた。


「なあ、お前らが夫婦ってのは本当なのか?」

「勿論です」

「ふうん……何か、そうは見えねえんだよなあ」

「隣室にいれば納得できると思うよ?」


笑いながらそう言ったヴィーに、何言ってんだコイツ?と一瞬思い。


「な、何を言っちゃってんですかっ!?」


やっと理解できた私は思わずヴィーを怒鳴り付けた。

冗談じゃねえ、出歯亀されて堪るかってんですよ。


「やだなあ、恥ずかしがらなくてもいいよ」

「そう言う問題じゃないですよっ!おばちゃーん、両隣の部屋も貸してっ!」


宿屋のおばちゃんにそう言うと、おばちゃんが笑いながら「もう貸しちゃったよ」なんて答えて来た。

ええ、誰だよ、隣室っ!


「ナット、お前確か隣だったよな?」

「ああ、そうだ」

「おし、俺今日お前んとこ泊まるわ」


話し掛けて来たスコルがニヤ付きながらそんな事を言っているのを聞き、ジロリとヴィーを睨み付ければにっこりと微笑んで返された。

違う、私は怒ってるんですっ!


「いちる、声と言う物は漏れてしまうものだよね?」

「……今日は私、部屋内別居にします」


そう宣言したら、ヴィーが頭を撫でた。

まったく、なんて人だ。


この街は、リクシュラエ大森林と言う魔獣の住処になっている森に近いせいで、今子育て中の魔獣の被害に遭っているらしく、魔獣討伐組がわんさかこの街にいるんですよね。

宿屋もここ一軒だけじゃないので、時期になるとこうして討伐組が増えるのが当たり前の状態らしいです。


当然、街中の治安も悪化するのでその辺りで兵士や騎士が大変みたいですけど、まあ、稼ぎ時でもありますから、お祭り騒ぎのような物だと思うと良いみたいです。


討伐組には国から報奨金が出るので、それが国内を回って結局は国が潤うと言う。

成程、上手い仕組みだと思います。


「で?部屋内別居ってどうやるの?」

「うるさいです。ヴィーはさっさと風呂に入ってベッドに入るヨロシ」

「一緒に入ろう」

「嫌ですお断りです」

「毎日一緒に入ってるじゃないか」

「自分の女房の喘ぎ声を聞かせようって奴とは仲良く出来ませんよっ!」

「いちる、本気で信じたの?」


……は?


「何言ってんですか。ヴィーが自分で隣室で聞けって言ったんじゃないですか」

「ほら、遮音の魔法」


ヴィーはそう言うと部屋の中と外の空間を魔法で遮り、声が漏れないようにしてしまう。


「…………えっと……」

「聞かせる訳ないだろう?」


そういやそんな魔法、ありましたねえ。すっかり忘れてましたけど。


「あ、でも事に及んでいる最中に切れたらどうすんですかっ!やっぱり嫌ですっ!」

「いちる、気付いて無いみたいだけどいつも遮音の魔法は使ってるよ?」

「…………あの、いつもって?」

「いちると部屋を共有するようにしてからはいつもって事?」


え……まったく気付いて無かったんですが?

え?


「やっぱり気付いて無かったのか。駄目だなあ、いちるは」


そう言ってクスクスと笑うヴィーを、ちくしょうと思いながら睨み付け。


「あっ!それってもしかしてご令嬢方と一緒の時もでしたかっ!?」

「……あー、過去の話しはほら、もうね?」

「重要な事です」

「そう?」

「そうです!答えなさい」


言い切って睨み付ければ、ヴィーが溜息を吐きながら答えてくれた。


「どうでもいいから使った事無いよ」

「……後でヤールさんに確認しますよ?」

「構わないよ」


やれやれって顔でそう言うヴィーを、不審な眼差しで見詰めつつ、ちゃんとヤールさんに確認しようと心に刻み。


「わかった。今日は何もしないよ」


疑いの眼差しで眺めている私に、降参だと言いながら両手を上げて見せたヴィーがそう言いました。


「いちる、風呂から出たら髪を切ってくれないかな?」

「え、切っちゃうんですかっ!?」

「うん。これ以上男から愛の告白されるのもうんざりだからね」

「えー……でも」

「髪は伸びるんだから」


笑いながらそう言うけど、この綺麗な金色の髪を切るのは勿体無い気がしてしまう。

折角肩甲骨と腰の間くらいまで伸びたのに。真っ直ぐなストレートの髪が凄く綺麗なのに。


「それに、いちるが一人で楽しそうなのは悔しいからね」


うお、やっぱ根に持ってたよ。


「いやだって、何か本気で愛の告白して来るから」

「それをやられる俺の気持ちは考えた事があるか?」

「ごめんなさい、考えた事無かったです。ってか、そんなに嫌だったですか?」

「当たり前だろう?大体ギルニットみたいな大柄な男から愛の告白されて見ろ。全身に怖気が走る」


うん、確かにそれは恐ろしいかもしれない。


「ヴィーの貞操の危機ですね?」

「笑ってないで本気で考えてくれ」

「いざとなったら見学させて下さいっ!」

「……言うと思ったよ」


いや、ヴィーを組み伏せられる人なんてこの世にいるのかどうかって感じですけどねえ。

それはそれで笑えるって言うか。


「大丈夫です、いざって時には入る寸前でお助けします」

「……本当かなあ?」

「当然ですよ。意に染まない事を強制する奴は切ればいいんですっ!」


同意の上ならまだしも、一方的にそんな事する奴は無くなればいい。

『おっと、剣が滑った』とでも言っておけば大丈夫だろう。


「いちる」

「……はい」

「大丈夫だよ」


そう言ってヴィーが抱き締めてくれた。

何度、この腕に助けられた事だろう。


「……私、長生きするって聞いてたのに、あんなに早く結婚して、ヴィーに飽きられたらどうしようって考えてました」


しがみ付きながらそう言うと、無言のままに頭を撫でられる。


「飽きてないですか?」

「飽きてたら一緒に旅に出ないんじゃないかな?」

「でも……でも、私、料理だってヴィーにやって貰ってるし、お金の事もお任せだし。役立たずですよね?」

「最初からそのつもりだったからクルフに教えて貰ったんだよ?」


ヴィーは旅に出る前から、コルディック城で料理長を務めているクルフさんに料理を教えて貰っていたのだと言う。

準備を万端に整えた上で出立したのだ。


「当てにされてないのかと」

「違うよ。向き不向きがあるだろう?」

「……そうですけど」

「いいじゃないか、俺が出来るんだからそれで」


そう言って見下ろして来たヴィーと見詰め合った。

何でこう、人の上をサラッと行くかな、この人は。

いつか絶対追い越してやる。


「いちるにも教えようか?」

「………………止めときます」


どうしても料理だけは無理な私は、あっさりと負けを認めた。

だってさ、こっちの世界の調味料、わけわかんねえんだもんよ。

変な名前付いてるから一々覚えなきゃいけないって事で、最初から作るのは止めたんだ。

だって、覚えるの面倒だったんだもん。


クスクスと笑ったヴィーに、釣られて笑った私は見詰め合った後、仲良くお風呂に入りました。ヴィーの希望通りに髪を短く切り、仲良くベッドで眠りに付いた翌日。


「うおおおおおお……」


朝食に降りた宿屋の一階ではおっちゃん達がぼうっとヴィーに見惚れました。

いや、私も昨日髪を切ったヴィーを初めて見たんですけどね。

この人、髪が短くなって顔が強調された事によって、更に美貌が増したって感じでしたよ、ええ。これはもう、諦めるしかないんじゃないでしょうかね。


「え……何、髪が短い方が更に綺麗って」

「こりゃあ、街中が大騒ぎになるなあ……」


そう言われてぶすっと不貞腐れてしまったヴィーを見て笑ってしまった。


「大丈夫です、必ず助けますよ」

「……頼むよ、ホントに」


うんざりって顔をしながらそう答えたヴィーに、もう一度笑ってしまった。



~おしまい


初掲2014,01,29.

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