合宿一日目~アマモト先輩~
自分たちの宿泊部屋へと向かったタケシたち。その部屋は、二年で一軍実力者
のアマモト先輩との相部屋だった。
ボクたちを乗せたバスが、旅館のような、ホテルのような
外観をした建物に近づいていく。
「すげー。めちゃくちゃいい旅館じゃん。」
隣りのヒロノブが喜びの声を上げた。いざ、他人が目の前の
建物を旅館と呼んでいるのを聞くと、どうにも違和感がある。
「旅館というより、ホテルじゃん。」ボクは、頭の中で
ヒロノブにそうツッコむ。口に出さなかったのは、楽しそうに
しているヒロノブに水を差すのは悪いし、ボク自身、目の前の
ホテルを気分が高揚してるから、いちいちネガティブな
ツッコみをするのが、どうでもよくなっていたからだ。
何せ、ボクたちが中学の頃泊まっていた合宿先のホテルと比べると
目の前のホテルは豪華ホテルのように見えたから。
バスを降り、ホテルの玄関を通過すると、今まで見たことないような
広い玄関ホールが広がっていた。そして、その玄関ホールを
縦断すると、大きなガラス窓がある。そのガラス越しには、
海が広がっていた。勿論、ボクは海を見たことはあるが、海上に
船や堤防などの遮蔽物もなく、目一杯広がっている海は初めて見た。
水平線を見たのも久しぶりかもしれない。海は太陽の光と
じゃれ合うようにきらきらと輝いていた。
「遅かったな、部長。」
聞き覚えのある声が聞こえた。声の方向を見ると、玄関ホールに
設置されたソファに男女数名が座っている。声だけを聞いて、
もしかしてと思ったが、顔を見て確信した。そこには、副部長が
鎮座している。そして、そこには。当然といえば当然だが、
ケイコ先輩もいた。部長が副部長に軽く挨拶をして副部長を連れ、
フロントへ宿泊手続きをしに行った。ボクは、それを後ろから
眺めていた。海が見える開放的な広い玄関ホールが縮んでいくように
感じた。さきほどまで太陽の光を受け、輝いていた海のきらめきも
何故だか少し鈍くなったように感じた。
ボクたちの部に所属している部員全員を数えると、一クラス分の
人数を軽く超える。その全員は、今回の合宿に参加するわけではない。
それでも、実際に合宿に参加している部員を数えると、一クラス分
あるかないかの団体だ。だから、ボクたちの宿泊部屋は、先輩たちとの
相部屋だった。勿論、ボクたちは、学校の部活動の一環で合宿に
来ているのだから、相部屋なのは分かり切っていた。ましてや、こんな
ちゃんとしたホテルに泊まるのだから、少人数部屋での宿泊なんて
贅沢はできない。それに、今ボクたちがいるこの宿泊部屋は、
大人数で泊まるにしても結構広いし、整理整頓がされ、清潔感のある
部屋だ。これで上等だろう。ボクは、そう納得していたが、ヒロノブは
そうでもないようだった。
「随分、テンション下がってんな。ヒロノブ。バスの中じゃ、あんだけ
元気だったくせによ。」
アマモト先輩がヒロノブに声をかける。ホテルに到達してから、少しずつ
大人しくなっていったヒロノブに気付いていたのは、ボクだけじゃ
なかったようだ。そういえば、バスの中ではアマモト先輩は、通路を
挟んでボクたちの隣の座席に座っていた。一人で座っていて、バスが
出発すると同時に寝始めたから、ヒロノブのやかましさに気付いてないと
思っていたけど。あれだけやかましければ、流石に気付くか。
「だって、アマモト兄さん。男女、別々の部屋なんですぜ。」
ヒロノブの馬鹿な答えに呆気にとられているボクの隣で、アマモト先輩は
言い返す。
「そりゃそうだろ、馬鹿。いくらウチの高校が自由だからといって、
それはないよ。」
馬鹿と言いつつも、アマモト先輩の顔は笑っている。この先輩が本気で
怒ってないことは、ボクもヒロノブもよく分かっていた。それは、アマモト
先輩がボクたちの一つ上の先輩だからという理由だけでなく、この先輩が
優しい人だということを知っているからだ。アマモト先輩は一軍で、
それも二年でありながら、実力集団の三年集団に肩を並べるほどの
実力者だ。なのに、副部長のように決して偉ぶることなく、ボクたち
一年坊主にも気さくに接してくれる。だから、ヒロノブもアマモト先輩には
軽口を叩くことができた。アマモト先輩は、実力者でもあり人格者。
それを知っているからこそ部長は、一年坊主たちが合宿中に馬鹿なことを
しないよう、アマモト先輩を一年坊主のお目付け役に任命したのだろう。
それを知っているからこそ、今、アマモト先輩と同じ部屋にいるボクたちは
この先輩にビクビクしていないのだろう。もっとも、ヒロノブだけは
どんな先輩と相部屋であろうといつも通りのような気もするが。
ふと、ボクは、もしアマモト先輩が同級生のケイコ先輩と付き合っていたら
自分はどうしていただろうと考えた。もし、そうならばボクはケイコ先輩を
諦め切れただろうか。モヤモヤしなかっただろうか。答えのない疑問が
頭の中をぐるぐる回り始めたとき、アマモト先輩の声が部屋に響いた。
「んじゃ、今から部長のところに行って、今後の予定、聞いてくっから
各自部屋で待機してるように。」
その言葉を言い残すと、アマモト先輩はボクたちの返事も気づかずに
颯爽と部屋を出て行ってしまった。
ヒロノブはため息をつきブツブツと小言を言いながら、自分の荷物を
皆の邪魔にならないよう、部屋の隅に置き、身支度をし始めた。
ケイスケはもう、身支度を終えたのか、一人で部屋の窓の側に立ち
外の風景を静かに眺めていた。部屋にいる他の一年部員も、各々自分の
身支度をしている。ボクもみんなと同じように、荷物の整理をして
身支度を始めた。
そうだ、もう合宿は始まっているんだ。
ボクはそう思い、これから始まる合宿練習に向けて、気合を入れた。