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合宿道中

バスで合宿先へと向かう中、タケシは、ヒロノブやケイスケ、部長と楽しげな

会話をして過ごす。そして、遂に宿泊先のホテルが見えた。それは、自分たちに

とって贅沢といってもいいほどのホテルだった。

自分のキャリーケースをトランクの中に入れようと

バスに近づいたとき、ボクの携帯の着信音が鳴った。母さんからの

メールだ。終業式後、すぐに合宿に行くことは伝えてある。

何か急用のメールだろうか。胸騒ぎがして、メールを開く。

「合宿頑張って。お土産よろしく。」

何という味気のない文面。今すぐ見る必要は、全くなかった。

ボクは軽く舌打ちをし、キャリーケースをトランクに入れ、

急いでバスの乗車口に向かった。

他の部がどうか分からないが、ボクたちの部は一軍二軍の存在は

あるものの、先輩後輩の関係は良好だった。だからといって、

周りが先輩だらけの中に、自分一人だけが座るのは、中々辛い。

母さんからのメールをさっき確認しなければ、余裕をもっていい席を

選べたのに。どうか、いい席、残ってますように、と願いながら

バスの中に入った。

バスの座席は思いのほか、多かった。そして、空席もそれなりにあった。

これなら、いい席はなくとも先輩に囲まれるのは回避できそうだ。

どこに座ろう。通路でそう考えていたとき、右の方からボクの名を

呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だ。声の方向を見ると、窓際の席に

ヒロノブが座っていた。そして、隣りの空席を指さしている。

ここに座れということなのだろう。流石のヒロノブも、後部座席を

先輩に譲る配慮はあったらしい。そんなヒロノブに感謝しつつ、ボクは

すぐに空席に腰を下ろした。一番前から二番目の席。新入部員が

座るには、無難の席位置だ。ボクが座ってからしばらくして、

乗車してきた数名の先輩たちは、後部座席の方へ行く。その中には、

見慣れた先輩もいれば、部活中ではほとんど見かけない先輩の顔も

あった。でも、ケイコ先輩と副部長の顔は見なかった。嬉しいような

悲しいような。

部員がバスに乗るのを最後まで確認していたのか、部長が最後にバスに

乗ってくる。


「みんな、バス乗ったかー。」


部長の声に、先輩やボクたち後輩がそれぞれが、思い思いの形で

応える。統一した返事を求めないのが、この部の特徴だ。そんな緩い

感じでも、部の統率をしっかりしているのが、部長のすごいところだ。

「オッケーです。」部長が、バスの乗車口そばにずっと立っていた

謎のおじさんに声をかけた。すると、そのおじさんもバスに乗ってきて

バスガイドが座るような簡易席を引き出し、そこに座った。

バスガイドまでいるのかよ。ボクがそう思ったのと同時に、

部長はボクたちの前の席、一番前の席に一人で座った。意外な展開。

こういうとき、後ろに座っている後輩は、どうすべきなのか。

助けを求める感じで、隣りのヒロノブを見る。ヒロノブは、自分の正面に

部長が座っているなど全く気にせず、右から左へ流れる窓の風景を

楽しげに見ていた。

道中、ヒロノブから聞いた話だが、ボクたちが入学した高校は、

ボクが思っている以上に生徒の自主性を重んじる高校だった。

だから、部活や学業のために使われる宿泊費とかの出費は、

常識の範囲内ならば、基本、学校側は拒否しないらしい。

もっとも、その常識は、他校のそれと比べると、常識外らしいが。

そして、ボクたちが入った部には、思っていた以上の実績があった。

その輝かしい実績を高校卒業後においても、誇りに思い続けている

先輩方たちは、社会人、大学生など色々な立場で、ボクたちの部を

支援してくれているらしい。そういえば、一軍の先輩方を指導している

謎の大人を見かけたことが何回かあった。ボクたちが、今乗っている

この巨大バスも卒業した先輩の支援によるものらしい。


「ま、全部、ケイスケに聞いた話しなんだけどな。」


そう言い終ると、ヒロノブは後ろの座席を見た。ボクもつられて

後ろを見る。そこには、ボクのちょうど後ろの座席に、ケイスケが

座っていた。


「オレは、姉ちゃんから聞いたんだけどね。」


ケイスケの声を聞いたのは、久しぶりのような気がする。部活に真面目に

打ち込むあまり、無口になるケイスケも流石に今は、おしゃべりのようだ。

後ろを向いてきたヒロノブとお喋りを始めた。ボクは、それに

加わらなかった。ケイスケの隣の席、窓際の席にアオイが座っていることに

驚いていたからだ。アオイは、窓枠に肘をつき、頬杖をつきながら

窓の外の風景を見ていた。隣がケイスケであることに、特別嫌がって

いないようだ。そして、突如始まったヒロノブとケイスケの会話もまるで

気にしていないようだった。でも、ここでボクが加われば流石に

うるさいかもな。そう思い、ボクはバスの進行方向に座り直した。

そういえば、中学の合宿の時、アオイは誰の隣の席に座っていたんだろう。

中学の合宿を思い出そうとしたとき、横からヒロノブの声が聞こえた。


「あ、あの人。水着、落とした。」


ボクも一応男なので、中々の反射速度で、窓の外を見る。

なるほど。確かに若い姉ちゃんが、水着の入ってそうな鞄を道に

落としているところだった。ふと我に返ると、にやけた面のヒロノブが

ボクを見ていた。ボクは、軽く舌打ちをして、ヒロノブの頭を

ひっぱたいた。パシッと乾いた音に召喚されたかのように、前の座席から

部長の顔がにょきっと生えてきた。


「どこ?どこにいる。水着の姉ちゃん。」


あまりの部長の必死さにボクは苦笑するしかなかった。でも、ヒロノブは

心の底から笑っていたようだが。最近の練習では、新入部員の中でも

一軍二軍と別れ、それぞれが先輩たちと練習するようになっていた。

それでも、部長を始めとする実力者の集団に気圧されて、

一応一軍の練習に参加しているボクたちは、その集団に近づくことは

できなかった。ましてや、部長と直接会話するなんて、今まで

ほとんどなかった。それが今は、部長自ら話しかけてきてくれる。

もしかしたら、部長は意外に気さくな人なのかもしれない。

そんなことを考えながら、バスに乗ること数十分。

バスのフロントガラス越しに、旅館のような、ホテルのような、

いずれにしろ高校生の合宿には贅沢すぎるような、建物が見えた。



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