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入部の理由

タケシが入部した理由、それは美人の先輩に一目ぼれしたからというものだった。

不純な動機でありつつも、その先輩に近づこうと一生懸命練習するタケシ。しかし

その先輩には、既に彼氏がいるという衝撃的事実を知ってしまう。

「タケシ、今日、歩くの早くね?」


ヒロノブの声が後ろで聞こえて、初めてボクは

いつもより速足で帰り道を歩いていることに気付いた。

後ろを振り返ると、少し離れたところに

ヒロノブとアオイがいた。5月の連休が終わり、

ジメジメとした梅雨が近づいている時期。そんな時期に、先頭を行く

ボクに追いつくため歩調を速めた二人の額には、うっすらと

汗が浮かんでいた。アオイにいたっては、目に怒りの感情が

ハッキリと浮かんでいる。「汗をかかせるな。」と言わんがごとくの

女帝の睨み。なるほど、いつもの歩調を乱すボクにイラつく

アオイを鎮めるために、ヒロノブは声をかけてくれたのか。

そういえば、いつものおどけた声じゃなくて、割と真剣な声だった。


「あ、ごめん、ごめん。」


そう謝り、なるべく三人で固まるよう、歩調を合わせた。

同じ部活、ほぼ同じ場所に家があるのだから、帰り道が同じなのは

当然だ。でも、三人で一緒に帰ろうとは今まで誰も言ったことがない。

何となく、三人一緒に帰る。それが中学のときから続いている

習慣のようなものだった。勿論、別々に帰ったこともある。

部活でヘマをして、ちょっと機嫌が悪いとき、ボクやアオイは

一人でさっさと帰ってしまう。

本音を言えば、今日は一人で帰りたかった。でも、その理由を

隣りにいる二人には言えない。言うのが恥ずかしい。

うっかりその理由を言ってしまわないよう、無意識のうちに

早歩きになって2人から離れようとしていたのかもしれない。



桜の花びらがすっかり散った春、

ボクはヒロノブと共に部活の見学に行った。

その道中、ボクの頭の中では自問自答が繰り返されていた。

上に行けるだろうか。また、行けないかもしれない。

上手くなれるだろうか。上手くなれないかもしれない。

練習についていけるだろうか。ついていけないかもしれない。

ボクの教室から、部活が行われている場所まで、あともう少し

遠かったならば、「やっぱり入部は止めとこう。」と結論が出た

かもしれない。しかし、その結論が出る前に、部の練習場に

たどり着いてしまった。


「あそこで見学してるの、アオイじゃね?」


先輩たちの練習の邪魔にならぬよう抑えてはいるが、ボクの耳には

確実に届く声でヒロノブがささやいた。

自問自答を止め、自分たちより先に部を見学している集団をよく見ると

女子集団の中で、頭半分出ている一人の女子がいた。

肩にかかるかかからないかの長さの黒髪ストレート。それは、まさしく

中学三年間見続けたアオイの後ろ姿だった。知り合いを見つけた

嬉しさからか、ボクを置いて小走りで、ヒロノブはアオイの隣に並んだ。

ボクもヒロノブを挟む形で横に並ぶ。「よっ。」とヒロノブが、

抑えめの声でアオイに挨拶をした。突然話しかけられたアオイは、

一瞬驚いていたが、隣りの男子がボクたちと分かると軽く会釈をした。ボクも会釈を返す。抑えめの声とはいえ、必死で練習する先輩たちの前で

挨拶の言葉を交わす度胸は、ボクとアオイにはない。

ボクたちが入学した高校は、文武両道を目指す高校でもあり、

生徒たちの自主性を重んじる高校でもある。

だから、ほとんどの部活において、熱心に部活に打ち込む者と趣味範囲で

楽しく部活をする者の2つに分かれている。その2つそれぞれを

生徒の間では一軍、二軍と呼んでいるという話を入学直後、誰かが廊下で

話しているを聞いた。ボクたちが今、見学しているのは、一軍の人たちの

練習風景だ。流石に一軍というだけあって、皆一生懸命に練習をしている。

いや、それだけじゃない。かなり上手い、ボクよりも。それに気づいたのは

ボクだけじゃなく、ヒロノブとアオイもだった。さっきまでお気楽の

表情をしていたヒロノブも真剣な表情をして、練習を見つめている。

アオイは、ヒロノブ以上に真剣な表情で練習を見つめている。

練習にはついていけないとボクは思った。入部は止めようとも思った。

「もう帰ろう。」その言葉を伝えようと正面から目を反らし

隣りに立っているヒロノブの方に顔を向けようとした。

そのとき、視界の奥の方に一人の女性が強く見えた。その女性の周りには

その他大勢の女性がいたが、その女性だけがボクには強く見えた。

まだ、ボクたち新入生は入部を学校から許可されてないから、

今、ボクたちの、ボクの前で練習しているあの女性は、先輩だ。

一つ上の先輩か二つ上の先輩か分からないけど。髪は長く、胸のあたりまで

黒髪が伸びている。髪の先端は内側に少し丸まっている。練習に一区切りが

ついたのか、その女性の先輩は椅子に座り、背もたれにもたれながら、

天井に向かい大きく息を吐いていた。その姿を見て、ボクの胸は大きく

動いた。綺麗な人だと思った。

その日、許された見学時間は30分。結局、ボク、ヒロノブ、アオイの

3人は最後まで見学していた。もっとも、最後の数分間、ボクは練習を

見るというよりもあの女性の先輩を一生懸命見ていたのだが。

見学を終えた後、誰が言ったわけでもなく、ボクたち3人は一緒に

帰っていた。その途中、ヒロノブが口を開いた。


「で、どうする。入部してみる?」


その言葉を聞いたボクの頭の中には一瞬、

上に行けるだろうか上手くなるだろうか練習についていけるだろうか、という疑問が浮かんだが、あの女性の先輩の姿がその疑問たちを頭の外に押し出した。あの先輩、あの人と一緒に部活がしたい。


「入部する。入部してみる。」


こうして、ボクは部活に入った。ヒロノブもアオイも部活に入った。



中学三年間部活を続けていたとはいえ

引退してから高校で入部するまでには数か月のブランクがあるわけだから

入部してからすぐに、一軍の先輩たちと同レベルの練習に参加することは

できなかった。まずは、ブランクを埋めなければいけなかった。

でも、そこは女帝のアオイさまさま。アオイの熱血スパルタ指導の

おかげで、入部してから数週間で、ボクとヒロノブにブランクは

なくなった。さあ、ここから一生懸命練習して、一軍の先輩に、

あの先輩に追いつこうと気合を入れた矢先に、衝撃の事実が分かって

しまった。あの綺麗な先輩には、彼氏がいたのだ。


これが理由。ボクが、ヒロノブとアオイを置き去りにして

いつもより早い歩調で歩いてしまった理由がこれ。

一人で帰りたかった理由がこれ。

ジメジメとした梅雨の時期が近づいてきたが

ボクの心はもう既にジメジメの梅雨。




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