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ぼっちシリーズ

ゆめものがたり。

作者: ひばり れん


「もし、明日死んじゃうとしたら、どうする?」



ふと、そんなことを訊かれた。



「急に、どうしたの?」

「別に。意味はないよ」



長い間友人として接してきた彼女は、よく不思議なことを言う。

突飛で、非日常的な質問をよくされてきた。

答えるたびに彼女の顔はこわばっていくので、間違っているのではないかと思わされる。

そのせいで最近は彼女からの質問に答えられずにいた。



「最近は、あんまり話してくれなくなったね」

「・・・え?」

「前はあんなにいっぱいしゃべってくれたのに」

「そう、かな?」



自分から話したことは少なかった。

彼女からの質問に答えるのに必死だったから。

そんな思いを抱えつつ訊くと、彼女は「うん」と頷いて僕を見た。



「訊いてもないこと、ペラペラしゃべってた」



嫌そうな顔で彼女は言った。

眉間に皺を寄せ、口を尖らせ。

その顔のまま続けた。



「・・・・すごく楽しかった。でも最近は全然」



楽しくない。


そう呟くように言った。

彼女の顔は寂しそうなものに変わっていた。




「明日で死んじゃうとしたら僕は好きな人を抱きしめて眠りたい」



彼女の顔がどうにか笑顔の方向に変わるように願って質問に答えた。

今までの彼女の嫌そうな顔は、必要以上に答えてしまっただけならば別に気にするほどのものではない。

これまで通り僕は僕の意見を伝えたい。



「頭を撫でて、髪を梳いて、頬にキスをして、どさくさに紛れて口にも」



僕の好きな人はずっと前から変わらない。

僕よりも二回りは小さい、彼女だ。



「その人の柔らかくて、細い体を優しく抱きしめて最期に愛を語らう。そんな日にするよ」



そう言い切った。僕の最期の日は穏やかなものがいい。

病気で苦しむのではなく、寿命で全身が動かないでもなく。

いくらか体が動く状態、若い体のままこの世を去りたいと思う。

去らねばならない時間が、普通の人よりも短いのならば。



「おいしいものが食べたいとかはないの?」

「そうだね。食べ物なら、その人が作ったものを食べたいかな」



僕は生きることが苦手だ。

僕が生きることで、他の動植物が犠牲になる。

沢山の死の上に、僕は生きている。

気持ち悪くて、怖くて、たまらなく不安だ。

こんな罪深い僕がまったりと何事もなく生きている。

恐ろしいことだ。生き続けるなんて、もっと。


でも、彼女に会ってから少しだけ楽になった。

彼女は何時だって何か難しいことを考えていて。

僕のちっぽけな不安を一緒に考えてくれて。

僕を、僕の心を両手で掬ってくれた。


ドロドロに溶けたままだった、僕の心を固めてくれた。

それから彼女は僕とって大切な人になった。



「そんなに、一人の人だけと一緒に居たいの?」

「うん。その人の記憶だけを持っていきたいから」

「へー。それ誰?」



怪訝そうな顔で彼女は僕から目を離した。

キィ、キィと音がする。

彼女はブランコを小さく漕いでいるみたいだ。

僕も彼女から目を離す。



「・・・・言わなきゃ、ダメかな?」

「別に、本気で訊きたいわけじゃないよ」

「言えるようになったら、言うね」

「・・・・・・・・・・・・別に、私には関係ないことじゃない」



すねたような声を出した彼女を見つめてしまった。

せっかく目を離して、赤い顔をごまかそうとしたのに。

再び、見つめあう。



「もう、夕暮れ」

「あ、そうだね。真っ赤だ」

「半熟卵おいしそう」

「うん」



彼女はいつも黄昏時の太陽を「半熟卵」と呼ぶ。

見たままの感想だけれど、それ以上何か言うわけではない。

単純にお腹空いた、の意だ。



「帰ろうか?」



ブランコから立ち上がって、彼女に手を差し出す。

しかしいつもは早く帰りたがる彼女は手を出さなかった。



「どうしたの?」

「明日も、会えるよね?」

「もちろん」

「本当に、死んじゃったりしない?」

「うん。だから明日もこの時間まで遊ぼう」



そういった瞬間彼女の顔が歪んだ。






ピピピピピピピ!!


目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。

癖で思い切り叩きつけて黙らせる。

寝返りを打ったので、抱き枕が腕からすり抜ける。


「・・・・あれ?」


記憶が曖昧だけれど、僕は長い夢を見ていたようだ。

今日が休日でよかった。

平日だったら学校は遅刻していただろう。


「あの子の夢なんて、久しぶりかも」


ずっと前から見続けていた夢にだけ出てくる女の子。

いつも不思議なことを訊いてきては、言いすぎると怒る。

僕の夢の中でだけ生きている女の子。

僕が目覚めてしまえば、彼女はこの世界のどこにも存在できない。


名前もなく、家族もない。

僕と同じ年ということしか僕ですら知らない。

どこかで会ったことのあるような顔で、誰にも似ていない。

声には少女らしい高さがあるのにも関わらず、話の内容は大人びている。

そんな、不思議な女の子が僕は大好きだ。


所詮夢の中の存在だけれど、彼女の言葉はどこか力を感じる。

世界の真理をつかもうとする、そんな力を。



「もし、明日死ぬとしたら」



その言葉の主語は何だったのだろうか。

僕に訊いてきたが、僕が、とは一言も言っていなかった。

そうなると僕は見当違いな答えを出していたことになる。

夢だとしても悔しい。


「もし、彼女を指していたのなら、」


明日、彼女には、会えない?

僕はもう彼女の夢を見ることはない、ということだろうか?


もう一度、寝る体制に入る。

布団をかぶって、目を閉じる。


チク、チク。


時計の針の進む音が子守歌になって、眠った。




・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




夢は全然見なかった。

それどころか、意識を全て失っていたような気がする。

ノンレム睡眠しかしていなかったのだろうか。

そんなことはないか。


「もう、会えないのかな」

「誰に?」


聞こえた声は、彼女のものではなかった。


「ねーちゃん、なんで入ってきてるの」

「起きてこないからでしょー」

「いいじゃん、今日休みだから」

「ご飯のお片付けに貢献しなさい」

「いらない」


冷たく言い返せば、ねーちゃんも諦めて出ていくだろう。

もう一度彼女に会おうと、布団をかぶりなおす。

もう一度、抱き枕を抱きしめる。


「明日、死ぬかもしれないよ?」


それでもいいの?と聞くねーちゃんの声を最期に訊いた。






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