彼女はいつも肝心な時に居なくなる【7】
──関所前にて。
クレイシスはワールド・ノアを前にして、絶望的に顔を手で覆って嘆いた。
「どこへ行った? ミリアーノ……」
『あたし、ちょっと行ってくるね』
そう言い残して。
彼女はサラサ・ブルーを手に関所の方向へ走っていった。
たしかに走っていったはずだった。
頃合いを見て、クレイシスも関所に向かった。
もしかしたら手を貸さなければならない状況になっているかもしれないと思ったからだ。
大事な引き取り手をワールド・ノアにそう易々と渡しては今後の救出を逆算しても割に合わない。
しかし様子を見に行けば、案の定そこに彼女は居なくて、代わりにワールド・ノアの相手をしなければならない状況にいつの間にか自分が陥っていた。
「やられた……」
クレイシスは後悔する。
こういうことになるならば彼女を一人で行かせるべきではなかった。
なぜなら彼女は極度の方向オンチだからだ。
前方のワールド・ノアが一気に慌て出す。
「出たぞ、主砲だ! 主砲が現れたぞ!」
「火種なしに主砲が現れた!」
「とうとう武力で強行突入か!」
「全軍、対魔剣防御用意! 急げ!」
「捕縛用の麻酔銃も用意しろ! 主砲だけでも捕らえるんだ!」
「それ絶対僕らの命が危険ですって、隊長! 主砲が本気出してきたらどうするんですか!」
「黙りたまえアストレラ君。これは執念だ」
「執念と命はどっちが大事なんですか!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う一般の人々。
クレイシスは完全に孤立し、ワールド・ノアと正面から敵対する形となった。
黙って、クレイシスは傍で浮かぶ原型に戻った黒い魔剣──最強魔剣の鞘部分を掴む。
(フォルシスに借り一つ、か……)
脳裏を過ぎる不敵に笑うフォルシスの顔。
『そうやって常に僕の力を借りるのでしたら、もういっそうのこと僕の主になったらどうですか?』
その提案をさらりと彼の機嫌を損ねないよう丁重に断りを入れ、代わりに「借りた魔力はちゃんと返すよ」と、そういって今まで曖昧に誤魔化してきたわけだが、
『その言葉、何度目ですか?』
ゴミも積もればなんとやら。
その総計はこれを含めて五十六回目を記念した。
(騙せてあと四回が限度だろうな。六十回目になるとさすがに勘付かれそうだ)
解決方法なんて今のところ一つしかない。
それはフォルシスの主になってやること。それだけだ。
魔剣の鞘と柄を手に、クレイシスはゆっくりとその刀身を引き抜いていく。
「何が悲しくてオレは……」
ちなみに今までの五十六回にも及ぶ借り至った理由については、全てミリアーノ関連だったりする。
「何が悲しくてオレはアイツなんかの為に──」
目前のワールド・ノアを睨みつけ、クレイシスは八つ当たるように全力で叫んだ。
「自己犠牲して魔剣に魂を売らなければならないんだッ!」
張られるシールド。
撃ってくる麻酔銃の嵐。
クレイシスは魔剣の切っ先を前方へと向けて構えると、極限までに威力を押し殺して一気に魔力を解き放った。
奔流となった魔力がワールド・ノアの放った全ての攻撃を押し返し、ワールド・ノアと一般人を含む全員を麻酔の眠りへと誘った。
全ての者が昏倒した大地に向けて。
クレイシスは構えを解いて、虚しくため息を吐いた。
「なんかすごく無駄なことをした気がする」
「「だったら最初からやるなッ!」」
一斉にがばりと身を起こして復活した彼らに、クレイシスは「そうだよな」と納得するように呟いた。




