その魔剣の名は【6】
「魔剣とは、主とともに運命を歩み、いかなる場合も主に仕え、どんな時も主のそばを離れず忠実に主命を尽くす。
──それが僕ら魔剣の生きる意味であり、それが魔剣にとっての最高の誉れなのです。
魔剣使いが魔剣を使う正しいやり方とは魔剣を信じ、共に戦うことなのです」
ミリアーノはぴっと人差し指を立ててすかさずツッコむ。
「でもフォル君の場合はクレイシスに仕えているけど何事にもすごく反抗的むぐっ」
すぐさま口をふさいでクレイシス。
「馬鹿! それ以上言うな」
フォルシスは当然とばかりに言う。
「えぇそうですね。クレイシスさんが僕の主になってくださると言うのであれば、僕は喜んで反抗を止め、クレイシスさんの何事にもイエスマンになってみせますよ」
それを聞いてミリアーノは納得する。かわいそうなものを見る目でクレイシスを見て、
「だから体を乗っ取られたりして遊ばれているのね」
「同情するくらいなら引き取れよ!」
フォルシスの顔が険しくなる。今聞こえてきた言葉を疑うように、
「引き取る?」
慌ててクレイシスとミリアーノ。二人して口を手で覆う。
そして早々と話題を変えた。
「そそ、そういえばミリアーノ。お、お前たしか、その青い魔剣で称号授与戦に参加するんだったよな?」
「え、えぇそうね。たしかその話の途中だったわよね」
話題が戻ったことでフォルシスの表情も温厚になる。そしてミリアーノの持つ青い魔剣を指差して、
「その魔剣の名は潮海。今から百年ほど前に生まれた若造です」
「ちょい待て」
クレイシスが話の途中で待ったをかけた。眉間に指を当てて、
「たしか魔剣は──」
無視してフォルシスはミリアーノに説明を続ける。
「その魔剣はあなたの伝説を飾る相応しい魔剣となってくれることでしょう。数千年もの間生き続けてきた僕でさえ、こんな魔剣は……」
と、悲痛な顔をして言葉を呑む。
目を輝かしてミリアーノ。
「そんなにすごい魔剣なの? これ」
クレイシスが会話に割り込む。
「サラサ・ブルーはここ、オスカ帝国を代表するラウズ・ブランドの一つだ。だが──」
フォルシスが補足する。
「水を自在に操り、マダ・ブランドの最高峰ディーネルを撃破したとして世界で一躍有名になった魔剣です。ですがその後シャルバに負け、誰もその姿を見ていません」
小首を傾げてミリアーノ。
「見ていない?」
フォルシスは頷く。
「えぇ。きっと試合で負けとともに用をなくし、魔剣使いの手であの山に置き去りにされたのでしょう。もうあの試合から五十年も経っています。当時主であった魔剣使いも新たな魔剣を手に入れ、その魔剣のことなど忘れているに違いありません。たしかに本来魔剣というものは五十年経てば消滅します。その魔剣もとっくに消滅していてもおかしくない状態なのですが、それでも消滅しないところを見ると恐らく──」
「主の呼びかけを今も待ち続けている、ということか」
最後の言葉をクレイシスが締めた。
ミリアーノは青い魔剣を腰から外し、ぎゅっと魔剣を胸に抱きしめる。
「なんか可哀想。この魔剣、ずっと捨てられたことを知らずにあの山で待ち続けていたんだね」
「…………」
その言葉を聞いたフォルシスの目が自然とクレイシスへと向く。
流すように視線を逸らしてクレイシス。ミリアーノに声をかける。
「お前がその魔剣の主になれ、ミリアーノ」
「え?」
驚いたようにミリアーノは顔を上げる。
クレイシスは言葉を続ける。
「その魔剣で出場して、そして優勝してみせろ。それがその魔剣の供養になる」
「え、供養って──もし優勝できなかったら?」
答えの代わりに。
フォルシスが懐から取り出した金の器を手に、小さな木の棒でチーンと打ち鳴らす。
合掌してクレイシス。
「可哀想なことをした……」
ミリアーノはあたふたと慌てまくる。
「えー! そんな大役急に任されても無理!」
「お前、よくそれで最強の魔剣使いを目指そうとか思えるな」
「だって最強の魔剣使いは最強の武器を使えるから最強であるからにして」
「どんな理屈だ。まぁ別にオレがその魔剣の主になってやってもいいんだが──」
瞬間、急にフォルシスが険悪な顔つきになって声を落とす。口元は笑ったままで、
「やめてくださいよ、そんな冗談。嫉妬に狂って八つ当たりにイファの港を再起不能にぶっ壊しますよ」
「と、言ってくる奴がいるので結局お前しかいないわけだ」
ミリアーノは無言で、胸に抱いた青い魔剣に視線を落として見つめる。
「あたしに……できるかな?」
クレイシスが励ます。
「きっとできるさ。お前なら」
フォルシスもうんうんと無言で頷く。
二人の励ましを受けて、ミリアーノは自信を取り戻す。再び青い魔剣を腰に装着して、
「うん! あたしやってみる!」
言ったそばからポロリと腰から青い魔剣が落ちる。
空しく音を立てて青い魔剣は大地に横たわった。
無言で。
フォルシスとクレイシスは青い魔剣に向けて静かに両手を合わす。
慌てて青い魔剣を拾い上げてミリアーノ。
「ち、違うの。これは留め具が外れただけなの。けして留め具にかけ忘れたわけじゃないの、外れただけなの」