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彼女を想う人がいる【4】


「悔しい……」

 いきなり聞こえてきた不気味な声に、三人は目を向けた。

 見れば、ミリアーノの背後の樹木の影から一人の男が顔を出していた。

 シルク仕立てのシャツに赤いカボチャパンツ、白のタイツに金の靴を履いて。どこかの貴族育ちの男は一心にミリアーノを見つめ、ハンカチを噛み締めていた。

 どうやら彼は、なかなか想いを伝えられずに木陰からそっと憧れの相手を見つめるも、隣で楽しそうに話すライバルが憎々しくて仕方が無いようだ。

 クレイシスは重いため息を落とすと、低く、沈んだ声でミリアーノに問いかける。

「なぁ。いつも思うんだが、毎度毎度お前の背後から違う男どもが付け回して見ているのは何の現象だ?」

 ミリアーノは思い出して当然のように答える。

「お父様が送り込んでくる超常現象の一つよ」

「あれも超常現象なのか?」

「えぇそうよ」

「お前の父親は何者だ? なぜオレにばかり被害が降りかかる?」

「なぜって、お父様が勝手にあたしとクレイシスを恋人同士だって勘違いしているからよ。ほら、いつも道中一緒でしょ?」

「オレはお前の父親の姿を一度も見かけていないんだが、全知全能の神か何かか?」

「それに似たような感じね」

「お前なぁ。こんなこと知っているならどうして父親の誤解を解かないんだ?」

 ミリアーノはきょとんとした顔で首を傾げる。

「お父様にはこのことはちゃんと説明しているわ。でもどうしてかしら? なぜかいつまでも誤解が解けないのよね」

「……ちなみに、何て説明したんだ?」

「『あたし達はもう一人前の大人なんだから放っておいて。後戻りはできないんだから』って」

 フォルシスが驚き顔で二人に祝福の拍手を送る。

「おぉ! お二人はもう結婚まで段階が進んでいる、ということですね!」

 ミリアーノが慌てて修正する。

「違うの、フォル君。あたしね、『いつまでも過保護にしないで』ってつもりで言ったの。それなのにお父様ったらすごく勘違いして次から次に婚約者を送り込んでくるのよね」

「そんな説明されたら誰でも勘違いするだろうがッ!」

 怒りに吠えるクレイシスを軽く受け流してミリアーノは答える。

「大丈夫よ。あたしが最強の魔剣使いになれば、きっとお父様の誤解も自然と解けるわよ」

「なれるのか? 本当に最強の魔剣使いになる自信はあるのか? 十年後もそんなこと言ってたらオレはキレるぞ」

「てっとり早い方法なんていくらでもあるじゃない。あなたが最強の魔剣をあたしに譲ってくれる。そしてあたしは称号授与戦に出て勝ち抜いて、世界中に名を轟かす」

 クレイシスがそっと近づいてミリアーノにヒソヒソと耳打ちする。

「マジで引き取ってくれるんだろうな? フォルシスを」

「もちろんよ」

「その言葉に嘘はないな?」

「任せて」

 背後で不思議に首を傾げるフォルシスをよそに、クレイシスとミリアーノは強く握手を交わした。

 そして開けた森の明るい向こうへと視線を飛ばす。

「きっと次こそは」

「えぇ必ず。きっと次こそは出場してみせるわ、称号授与戦に」

 差し込む木漏れ日の中で、二人は爽やかに笑った。

 しかし。

「その前に──」

 クレイシスは表情を素に戻す。

「ここはどこだ?」

「…………」



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