1-8
ミサイルは、何処だ。
俺は振り向く。
ミサイルはそこにあった。まるで時間が止まったように、それは空中で停止していた。あり得ない。こんな事は現実ではない。
頭で否定しても、おかしな事に俺自身は何処かでこの事実を受け入れていた。だから、全く動揺はしなかった。
磨かれたシーカーヘッドが見えた。そこに映り込んだ機体。シートに埋もれ操縦桿を握りしめて、必死に加重に耐える俺。振り返ったハズなのに、俺は正面を向いたままの姿勢でいる。なるほど、と納得した。あそこにいるのは俺か。
ああ……
俺は気づいた。これは夢だ。死の間際に見る夢。妻が昔教えてくれた。走馬燈、といってたか。
奇妙な世界だった。
時間がスローモーションのように流れていく。一秒を永遠のように感じ、一瞬の出来事がビデオのコマ送りのようにジッ、ジッ、ジッと動いて見えた。
そこでは迫るミサイルはナメクジみたいにノロノロとしか進まない。アフターバーナー全開中のエンジンに命中するまで、たっぷりと時間があるように思われた。
お前は馬鹿だ。何のために生き残ろうとしている。
どこからか、そう俺に問いかける声が聞こえた。お前は何故生きようとするのか、と。
妻の為か?
ノー、と俺は答えた。彼女とは別れた。
なら、子供か?
違う。俺の子供は、生まれてすぐ死んだ。
ならば両親。
両親は、この戦争が始まってすぐに核で吹き飛ばされた。文字通り、骨も残らなかった。肉親は誰もいない。お前は孤独だ。守るべき者もいない。
なら、何故生きる。
自室に戻っても迎えてくれる家族はいない。敷きっぱなしのベッドに寝転がり、体を丸めて孤独に耐える日々。心が渇く。唯一その渇きを癒やしてくれるのはアルコールだけ。喉が渇く。もう一杯。さらに、もう一杯。もっと、もう一杯……
死ねるのなら、すぐにでも死んでしまいたい。生きていることは苦痛だけだ。それでも死を選べなかったのは、死に伴う苦痛が怖かったから。楽に死ぬ方法があれば、多分迷いはしないかっただろう。
いや、今がその時だ。
俺の、その望みは、この瞬間叶えられる。もう、待つ必要などない。
操縦桿を、ほんの少し緩めよう。そうすれば、背中に迫ったミサイルが何もかも吹き飛ばしてくれる。痛みなど、感じる暇もなく。
そうだ。終わりにしよう。何も良いことのなかった人生だ。この醜い世界にも飽き飽きした。何より、自分自身に嫌気がさした。そう、終わりだ。終わりにすればいい。やった、俺は……
死ねる。