3-9
(高速熱源体接近)
ハルの警告。操縦桿に感触が戻る。即座にリミッターを解除。スロットルをミリタリーの位置に押し込む。最大出力。P&W311は咆吼を上げて、背中を蹴り飛ばされたような衝撃に襲われた。さっきまで感じていた可笑しさは消し飛ぶ。
『頼む、待ってくれ』
懇願するマイクの声。だが願いは聞き入れられなかったのだろう。
『中尉、逃げて、逃げてくだ……』
声が途切れた。その途端、俺の斜め左上に爆炎があがった。HMDに表示された後方視界。迷彩モードが解け、火だるまになった機体が出現。マイクだ。至近距離から攻撃を受け、機体がバラバラに砕けながら地面に墜ちていく。
分解していくマイクの機体。その影から小さく白い機影が現れる。記憶にない機種。いや、見覚えがある。確か軍が投入したばかりの新型の無人戦闘機。
マイクが大地に激突した。
一瞬、真っ赤な炎が沸き上がる。だがたちまち後方に遠ざかって見えなくなった。
白い機影が迫る。ラブターより二回りほど小さい。その動きは信じられないほど俊敏で、飛び散る機体の破片と破片の間を易々とくぐり抜けていた。人間には不可能な操縦。神の領域を見た気分になった。
「殺られてたまるか!」
俺は叫んだ。だがミサイルのごとき速度で迫る無人機に比べ、こちらの加速は鈍い。まるで兎と亀のレース。と、燃料の警告灯が点いた。残存燃料ゼロ。アフターバーナーカット。ガクンと加速が鈍った。肉薄する無人機。悪あがきでチャフやフレア、さらには発達型デコイまで試すが、あざ笑うように無人機は俺の後方にピタリと張り付いた。
「うぉぉぉぉぉ!」
自機と敵のシンボルマークが、レーダー画面で重なった時、俺は強烈な衝撃を背中に感じた。直撃。機関砲弾が左エンジンを吹き飛ばした。機体は横転を始める。俺の頭上を地面と空が交互に入れ替わる。
無人機は一撃したのち、機体の脇をすり抜けていった。高速で流れていく大地の上を、滑るように飛び去っていく。フワリと機体が浮かぶ。高度を取ると、少し右に傾いでから素早く左にロールをうち、横転を終えると同時に垂直に上昇していった。
「!」
その動作には見覚えがあった。
バルザムだ。俺の副官だった奴の癖。
記憶が蘇る。マイクが喋っていた。新型の無人機に搭載されるのは天使。もしあれがバルザムの天使だったのなら、奴の癖を覚えていても不思議はない。
そうか。
俺は悟った。
軍は、この為にハルを回収しようとしたのだ。軍が必要としていたのは、俺たちロートルのパイロットではない。実戦で経験を積んだ天使。人間のパイロットを超える戦闘人工知性体。消耗品は、俺たちの方だった。
「……フザケルな」
コクピットにある七つのモニター全部がフェイル。緊急事態を告げるコーションライトが激しく点滅する。油圧ダウン。左エンジンに火災発生。自動消化装置……作動せず。
「い、言う、こと……をきけ」
俺は必死に機体を安定させようとするが、反応は鈍かった。そうこうしている間に、左エンジンの炎が右エンジンに燃え移った。スズンと腹に響く音と共に、右エンジンもストール。急速に電力が低下する。魂が抜け落ちたように、ストンと操縦桿の手応えが消えた。操縦不能。
コントロールを失った機体は、ゆっくりと機首を地面に向けた。だがその時、もう一度右エンジンが爆発。その反動で、一瞬、機体が水平に戻った。
迷わず緊急脱出装置のセレクターを後、前席射出位置へ切り替え、フェイスガードを思い切り引く。
ボフッ、という音ともに機体中央部のカバーが吹き飛んだ。生まれて初めて小春は外気に晒される。ついで座席ごと射出。一瞬の間をおき、俺の頭上を覆っていたキャノピーが吹き飛ぶ。座席下のロケットモーターが点火。業火と共に空中に放り出される。刹那、機体が爆発した。突き上げられるような衝撃で、俺は椅子にしがみついたままグルグルと回転し……
そして気を失った。