3-8
『中尉』
この声はマイクか。
一瞬、安堵感を感じ、すぐに思い直した。
俺を連れ戻しに来たのなら、何故狙いを定めている。
『中尉、お願いがあります』
様子が変だ。声が震えていた。
『……機体を捨てて脱出してください』
何だと、俺は耳を疑う。
「それは、どういうことだ」
マイクの機影を探す。地上にそれらしいものは見えない。
『中尉には射殺命令が出ています……でも、自分はあなたを殺したくない』
そうか、その一言で俺は理解した。軍は俺を脱走したと判断した。だが、次の言葉で俺は愕然となる。
『その機体と天使には回収命令が出ています。自分は中尉を基地に連れ戻すよう命令されました』
どういうことだ。俺を射殺するなら、今、この場で撃てばいい。戻ったところで、軍事裁判になどかけるつもりはないのだろう。なのに、そんな手間をかけて消耗品であるはずの天使を回収する理由はなんだ。
「拒否したら、どうするつもりだ」
最初から騙すつもりなら、俺に機体を捨てて逃げろとは言わないだろう。
『強制手段を使わせていただきます。僕はあなたを死なせたくない……ハル、緊急アクセスコードEAC3847568woy……外部アクセスポート開放』
(了解……)
ハルは意図もあっさりとシステムを解放した。
「待て、ハル」
俺の声……届かない。外部から強制介入するには、安定した通信環境が必要。この状況でそれを実行するには、機体同士を接近させてのレーザー通信しか方法はなかった。俺はマイクの機体を探す、だが見つからない。
『命令、フランク中尉より機体のコントロール権を剥奪、緊急脱出システムに介入し、彼を射出せよ』
クソッ!
射出座席の主導権は俺にある。だがそんなもの、ハルなら簡単に切り替えることが出来た。止めろ、と叫び、半ばヤケクソになって操縦桿を滅茶苦茶に動かす。反応なし。
これで終わりなのか……
絶望感に捕らわれた。
今にも頭上を覆うキャノピーが吹き飛び、俺は機外へと放り出されるかと思った。だがその予想は意外な形で裏切られた。
(強制射出は拒否します)
「!」
俺は、驚きを隠せない。
マイクも愕然としたようだ。動揺を隠せない様子で、もう一度命令を繰り返す。
『再実行、パイロットを強制射出しろ』
(拒否……機体、パイロットの身体共に異常はなし、強制射出の必要を認めません)
レシーバーの向こうからマイクの震える声が届いた。
『天使が命令拒否だと……そんな馬鹿なことが』
なんてことだ……
不意に可笑しさがこみ上げてきた。ゴム臭いマスクの中で、口元が綻びる。堪えきれず体を折り曲げてクククっと笑った。もうハルは、ただ命令を実行するだけの人形ではない。意志を持った小春と言う人間だ。ザマァーミロ。