3-7
気がつくと、機体は地表を嘗めるように飛んでいた。眼下に流れる灰色の砂漠は、途切れることなく続いている。
「ハル、現在位置とコースの確認」
応えはすぐにあった。それは俺が事前にプログラムしていたコースと、寸分の狂いもない。ただ目的地に辿り着くには燃料が足りない。まぁいい。少し歩くことにはなるが、小春を外の世界に慣らすには丁度いい運動になる。
AWACSとのリンクは途切れていた。無線封鎖を実行したからだ。ハルにはこれも作戦の一環だということにしてあるので、彼女もあらゆる味方の呼びかけにも応じないようにしていた。よしよし、良い子だ。
あれだけ乱暴に扱ったにしては、機体に何のトラブルも発生していない。エンジンも快調な唸りをあげている。高度が低いので、速度は上げられないが、エンジンは自動で経済的な推力を保ちつづけていた。到着まで、小1時間といったところか。何もかも順調で怖いくらいだ。
「小春、もうすぐだ、もうすぐお前を自由にしてやれる」
(質問の意味不明です)
「いいんだよ、いずれ分かる」
俺は左手をスロットルレバーから離し、フライトスーツのポケットを撫でた。布地越しに感じる堅い紙の手触り。小春の絵本。その感触は、いままでにない現実感を俺に与えてくれた。いや、今までが夢のようなものだったのだ。子供を失い、妻を失い、守るべきもの全てを失った俺を、軍は闘わせ続けた。滅びかけた地球で、ただほんの僅かに残った資源を奪い合う戦争に、何の意味がある。俺はそれら全てに嫌気が差し、感情を押し殺すことで何も感じないフリをしていた。だが、これからは違う。俺には小春がいる。彼女を本来の姿に戻すことこそが、俺のこれからの人生の役目だ。殺し合いなんて、もうゴメンだ。俺は未来に思いを馳せた。
(警告、攻撃照準波感知)
ハルの声で、俺は厳しい現実に引き戻される。
「敵か?」
現在飛んでいる空域は、味方でも敵のものでもない、ちょうど緩衝地帯のような場所だ。だからといって、敵がいないわけではない。
「どこだ」
見回しても、視認出来る距離に敵の姿はなかった。
モードステルス。低空を飛ぶ機体が発生させる赤外線は、暖められた砂漠の熱に紛れ込んで見つけにくく、さらに排気にもインテークから取り込んだ冷気を混ぜて温度を下げている。機体の全面に張り付けられたスマートジャケットは、周囲の環境を判断し、カメレオンのように機体の色彩を変化させていた。もちろん砂煙を巻き上げるようなドジはしていない。つまり肉眼でこの機体を見つけることはほぼ不可能。だが見つかった。攻撃用レーダーの索敵範囲は狭い。AWACSの支援もなしに、この広い砂漠の中から、一発でこちらの位置を特定するのは不可能に近い。