3-5
更に時間が過ぎた。
俺の焦りは頂点に達しつつあった。
タイムリミットはもうギリギリ。残存燃料は目的地までの分を差し引くと、ほとんど余裕がない。もしこのまま帰投命令が出れば、最悪、仲間との戦闘を覚悟してでも離脱するしかない。
が、神は俺たちを見捨てなかったらしい。
『αワン、敵だ、十二時方向、数、四』
ようやくか、と、俺はAWACSから送られてきたデータでそれを確認した。真正面だ。高度はこちらより五千フィートほど低い。敵編隊は目の前を東から西へと飛び抜けようとしていた。条件はこちらが有利。敵は殺ってくださいと言わんばかりに、柔らかい腹を俺たちにさらけ出していた。臭い芝居だ。前回の教訓が俺の脳裡に過ぎる。
「ハル、上空監視」
俺の勘は当たった。
(十時方向、高度三万フィートに敵、数は四)
馬鹿正直に目の前の敵を追っかける俺たちを、上空から降りてきた別の一隊が叩く作戦だろう。古典的なサンドイッチと呼ばれる戦法だ。だが俺は、あえて敵の罠に飛び込むつもりだった。これがラストチャンス。
「全機、俺についてこい」
カチカチ、というジッパーコマンドが聞こえた。了解の合図。ドロップタンク切り離すと、俺は機体を右へロール。緩やかな右旋回降下で、敵の編隊の背後につく。ロックオン。HAMRAMに敵のデータを入力。シュート。各機体から一発のミサイル。計四発の金属の獣は、獰猛な牙をむきだして敵を追いかけ始める。
(直上より敵機)
敵、全機パワーダイブ。一撃で仕留めようと、俺たちに向かって音速で突っ込んで来た。
「ブレイク」
俺がそう言い放った瞬間、編隊は二つに分かれた。俺とマイクはそのまま降下。残りの二機は上昇を開始する。敵は、この俺たちの行動に面食らったようだ。一瞬、どちらを追いかけるべきが迷ったに違いない。そして敵も二つに分裂した。
よし、と俺は内心ほくそ笑む。状況は俺の思い描いた通り。もし敵が片方だけを追いかければ、残りの二機が敵の背後につく。敵もそれを恐れて二隊にわかれたのだろう。しかし、俺の狙いは最初からそれだった。
俺の背後にいるのは、二機の敵戦闘機だけ。俺たちにミサイルを撃たれた一隊は、チャフとフレアをばらまきながら高速で戦闘空域から逃げだしていた。暫くは戻ってくることもないし、この戦闘も一分と続かない。地上スレスレで乱戦に持ち込めば、何とか逃げ出すチャンスも生まれるはずだ。俺は降下速度を緩めることなく、地上に向かって突っ込む。マイナスGで体が浮き上がりそうになる。正面にはぶ厚い雲が浮かんでいた。