3-4
俺の左右には三機のラプターが並んで飛んでいた。彼らの目を上手く誤魔化して脱出するタイミングが難しい。しかも頭上を飛ぶAWCASのレーダーから逃れるためには、地表スレスレを、さらにかつての海溝や海底の起伏の影を利用して隠れる以外にない。たぶん、これまでの人生で勝ち得た技量の全てを発揮しなければならないだろう。
不思議と心は平静だった。
むしろ目標を持った事で、俺は何もかも失って以来、久しぶりに心の底から燃え上がるような闘志に包まれていた。
時間は、無情にも過ぎ去った。
予定されていた最後の給油を、ほんの五分ほどまえに済ませた。だが今だに敵は現れない。正確には、俺たちの担当する空域に、だ。
前回とは違い、今度の作戦は軍が自信をもって準備していただけあって、戦況は我々に有利のまま推移しているようだ。レシーバーから流れるパイロットたちの会話からも、緊張の色が薄れている。だが彼らとは対照的に、俺は時間の経過と共に焦燥感を募らせていった。
敵は何している。
このままだと、一発のミサイルも発射しないまま、すごすごと基地に戻る羽目になる。
そうなればお終いだ。医者は俺が出撃するまで大人しくしていたようだが、その後はどうしたか俺には知る由もない。暴行されたことを告げ口しているかもしれないし、パイロットとしての適正を欠いているという報告書を提出しているかもしれない。無意識のうちに何度も操縦桿を握りなおす。直ぐにでも編隊から離脱したかった。しかし出来ない。今は、まだ駄目だ。
『中尉、上を見てください。新型機です』
緊張感の欠片さえない、呑気なマイクの声に、俺の苛立ちは更にハネ上がる。
『次期主力戦闘機として開発されていたワイバーンですよ』
怒りを表に出してはマズい。感情を隠すため、俺は言われるまま空を見上げた。灰色にくすんだ空に、小さな黒いシミが見えた。数は一つ。見たことのない機影だ。眼をこらすと、珍しいカナード付き前進翼機なのがわかった。
『正式な配備もまだの機体を戦線に投入するとは、上も今回は気合いが入ってますね。噂だと無人機だそうです。搭載されるのは高度なAI。天使だとか』
新型機のコクピットに押し込まれた人形のような子供の姿が頭に浮かんだ。
『あれが実用化されれば、俺たちパイロットはお払い箱ですね』
フン、と俺は鼻を鳴らす。
戦場で人の形をした機械同士がつぶし合う。嫌な光景だ。そんな場所に小春を送り込みたくはないな。
―!
不意に、上空を飛んでいた新型機がフラッとバランスを崩したと同時に、クルリと横転した。
何処かで見た覚えがある。だが思い出せない。考えている間に、機影は雲の影に隠れて見えなくなってしまった。何だったのだろう。この既視感は。必死に思い出そうとする俺の適当な相づちにもかかわらず、マイクは蕩々と喋り続けた。