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「これは、何?」
そう言って私が指さすと、フランクリン中尉は訝しげな表情を浮かべた。
「チューリップを知らないのか」
「チューリップという名称は知っています」
私は彼を見上げる。
「では何が聞きたい」
眉間にシワを寄せる中尉。質問が抽象的。要点を整理する。
「この花は、何故、このような色をしているのでしょうか」
ハァ~? と中尉が首を傾げた。
「チューリップが赤いのは当然だろう……いや、黄色もあったかな」
「何故、当然なのでしょうか」
戦術教育用シュミレーター室、通称『子供部屋』。天井の照明は極度に抑えられ、辛うじてモノを見分けられる程度。壁に並んだモニターの冷光が、中尉の彫りの深い顔を闇の中に浮かび上がらせている。
「そんなことを言われてもな……」
青白い光に浮かび上がる顔が動いた。まるで彫像のよう。
「昔から、チューリップはそういう色だった」
「昔のことは、私にはインプットされていません」
どういう答えを期待していたのだろうか。自分でも分からない。ただ落胆した。ガッカリした。ガッカリしたという気持ちに微かな驚き。奇妙な興奮を覚える。頭にチクチクと何かが反応した。途端に興味を失う。作業を再開。
「…………」
憮然とした顔つきで、中尉が私を見ている。言い方が不味かったのだろうか。口を開こうとした途端、またチリチリ。作業を続行せよ。了解。
再びモニターに意識を向ける。スリープ状態だった画面が動き出し、先日の戦闘記録が再現された。画面に描かれ続ける航跡と、一時も止まらない数字の列。しかし私は、その情報を視覚で受け取る必要などない。シートから伸びたブライドケーブルから、情報は後頭部の端子を通って脳に送られる。本部のデータベースに蓄積された情報を元に、過去と、そして未来の敵と闘う。何度も死を与え、そして幾度も死んだ。そのデータは再び蓄積され、他の天使によって解析、新たな戦術を生み出す為に利用された。モニターに表示する理由は、ネットに脳を接続出来ない中尉の為に他ならない。
「フン」
中尉が鼻を鳴らした。怒ったのだろうか。彼を見上げようとした途端、また頭がチクチク。作業を続行せよ。了解。
外部から受ける感覚の優先度を落とし、送られてくる情報に集中した。
頬を風が撫でた。
灰色の空が見える。そこにポツンと私は浮かんでいた。
指先に感じる風圧。強力な2基のエンジンが足下で唸りを上げる。
その時、眼下にあった雲の隙間から、遙か下方に小さな黒い点。
見つけた……
エンジンが甲高いハーモニーを奏で始める。加速。身を翻して地上に向かってダイブ。
さぁ、一緒に踊りましょう。