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2-8

 ねぇ、この子の名前どうするの?


 小夜子が大きく膨らんだおなかを、愛おしそうに両手で撫でていた。


「名前、か」


 俺は読みかけの雑誌を膝の上に置く。妻を見る。まぶしい笑みだ。幸せではち切れそうな妻の笑顔。俺も幸福感で満たされる。自然と、しまりのない顔になってしまう。


 なぁに、その顔。


 小夜子はコロコロと笑った。初めての自分の子供。それが今、妻のお腹の中で日に日に大きくなっている。俺は嬉しくて、嬉しくて、思わず彼女の身体を抱きしめた。腕の中に収まった小夜子の身体からは、もう母親の匂いがした。


 それで、どうするの名前?


 そうだなぁ、と俺は幾つか思いついたものを口にする。


 駄目よ、それじゃぁ。


 小夜子は華奢な体つきに見合わず気が強い。時には頑として自分の意見を曲げなかった。


「じゃぁ、小夜子はどんな名前にしたいんだ」


 小春、恵、千代子……


「なんだ、日本名じゃないか」


 アメリカ人の俺としては、少々不満だった。


 だってあなたと私の子なのよ。自分が何処で生まれたのかすぐに分かるような名前の方がいいでしょう。


「しかし、全部女の子の名前だ」


 まだ生まれてきてもいないのに、何で女の子だって決めつけるのか。


 分かるわよ……だって私が母親なんですもの。小夜子は、そういってまた笑った。


      


世の中には情報が溢れている。

 だが必要な情報を手に入れるには、スキルがいるという事を初めて知った。求める知識を手にいれるには、それを得る為の知識が必要だと。天使の情報を調べようとした俺は、それを嫌という程思い知らされた。

 戦争でズタズタになりアクセスできる地域も限定されているが、今もインターネットは健在だった。だが基地の端末は監視されていて下手な事は出来ない。娯楽室にはゴシップと女の裸の写真だけ。誰も入らない図書室には、埃を被った教本しかなかった。

 仕方なく俺は、正面から攻略する事に決めた。

 つまり、本人を問いただす。


「入れ」


 俺が促すと、ハルは指示された通り俺の部屋に足を踏み入れた。彼女の後について俺も部屋に入り、後ろ手で扉を閉める。鍵をかけたのは、やましい気持ちがあったからではない。他人に覗かれるのが心配だったからだ。ハルの変化を誰にも知られてはならない。もしこの事がバレれば、俺の立場も危ういが、ハルも処分される。それだけは絶対に避けたかった。


 厳密には、子供部屋から天使を連れ出すことは規則で禁止されていた。だから俺の部屋にハルを連れてくるには、出来るだけ人気のない通路を選んだ。だがそう物事旨くいかない。途中、俺がハルを連れていくのを、同僚のタイラーに見つかってしまった。


「ヘイ、フランク、お楽しみかい」


 彼は微かな驚きと、口元に嫌らしい笑みを浮かべて俺を見た。

 関わり合うのも面倒だったので、俺は口を閉ざした。パイロットの中には、天使を自分の欲望のはけ口にしている奴がいるという噂を耳にしたことがある。タイラーがそれと勘違いしたとしても無理はない。もちろん俺に、そんな趣味はない。


「そういやぁ、お前と別れた女房も日本人だったな」


 俺の妻だった小夜子は、沖縄生まれの沖縄育ち。当時、嘉手納にいた俺は、行きつけの飲み屋で彼女と知り合った。一目惚れだった。


「日本人で思い出したが、情報部の奴が面白いこと言ってたぜ。あいつら全滅したって話だけど、どうやら生き残りがいるらしい。衛星から送られてきた写真に、村のようなものが写っていたんだ。しかも家の煙突からは煙が出ていたとよ」


 俺は片手でハルの背中を押すようにして、タイラーに背を向けた。例えそれが本当の話だとしても、俺には関係がない。何故なら、そこに小夜子がいることは絶対にない。彼女は島ごと核で吹き飛ばされていた。


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