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傍観者の記録。  作者: チシャ
9/22

7 なんて思って

「なんか来やがった」


 昼休み。

 ぼそりと浅川がつぶやいて、俺はその視線をたどって戸口からこちらを見る浅川妹を見つけた。

 やって来ると妹は兄にノートと教科書を出して、


「これやって?」

「また数学かよ」

「当たってた子休んでて私に回るの」

「ったくどれだよ」

「これ……」


 鬱陶しそうにしながらもシャーペンを受け取ってノートに滑らせている。

 その背中越しにノートをのぞき込む妹。


「おい、毛」


 不意に浅川がぼそりと言った。

 見ると、ふんわりハーフアップにした髪がひとすじ落ちて、浅川のあごから首に触れていた。

(俺が『ハーフアップ』なんて知っているのは女のほうが多い家庭で育ったからで、興味があるわけでは決してない)


「ごめんかかってた」


 中腰から体を起こし、ゴムをはずして一本に縛りなおす。

 腕を首の後ろにやったとき、ブレザーが引っぱられて体の線が浮いて見えた。


「見せもんじゃねえぞ」


 浅川の低い声に心臓が跳ねる。


「あ、悪い」


 反射で言ってから、ノートと妹のどちらのことを言ったか一瞬考えた。

 たぶんノートのふりだ。

 だから俺もノートを見ていたふりをする。

 しかし浅川妹、着やせするのか。


「持ってけよ」


 無愛想な兄にありがと、と返してまるい目で俺を見る。

 小さい口をかぱっと開けて、


「だし巻きしょっぱくなかったですか?」


 薄かったです臭みはなかったけど、なんて言えるはずもない。

 返答は無難に笑って、


「おいしかったです」


 ごめんなさいあんなのでお返しにならなかったですね、いえいえ助かりました。

 俺にももうすこし打ち解けてくれたらと思う。

 兄に向き直っての会話の、落差がなんとも。


「ねえ、どうだった?」

「ちょうどだった」

「ありがとう。でも高血圧には気をつけてね」

「運動するうちはこれでいいんだよ」

「減らず口」

「お前もだろ」

「明日のおべんと手ぇ洗って待ってればいいよっ」

「何入れんだよ今度は」

「チーズかけた水っぽぉい温野菜とカレーの冷めたのどっちがいい?」

「おまっ、待てこら!」

「そんなんで待つやついないも、みゃあっ」


 走って逃げようとした浅川妹がちょっとふり返って叫んだとき、急に戸口を入ってきた男子にぶつかった。

 はね飛んで机にぶつかり、床に倒れる。

 浅川はすぐに血相変えて駆け寄って、妹の上にかがみこんだ。


「おい、どこ打った」

「あちこち。頭はへーき」

「ひとりでも転ぶんだから走るんじゃねぇよ。立てるか」

「うん」


 クラス中の耳と目がいつの間にか浅川兄妹に集中していた。

 他のクラスの喧騒が遠い。

 浅川妹は立ち上がったものの、へたりとひざから座り込む。


「あれ?」

「だめか?」

「もっかいやっ、……」

「力入んないんだろ」

「いけるからだいじょうぶだよ」

「そう言って転ばれたら困るんだよ。おぶってくから乗れほら」

「平気だもん。肩貸して」

「ん」

「っしょ、……」

「だめじゃねーか。握力はあるみたいだからこっちだな」


 浅川はしゃがんで妹に背中を向ける。


「乗れるか」

「……うん」

「俺手伝うよ」


 我に帰って申し出たけど、


「慣れてるから、大丈夫です。ありがとう」


その言葉どおり、兄の補助だけでひざをそろえておぶさった。

 ついつい、あの胸が当たってるんだよなあと考える。いかんいかん。まだ死にたくない。

 しっかり支えると浅川は立ち上がって、


「飯桐、落とすかもしれないから後ろついてきてくれないか」

「ああ」


 しかし俺は本当についていっただけだった。

 浅川の過保護ぶりを横で見ていただけ、というのが正しいかもしれない。




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