4.5 その後の兄妹。
番外編になります。会話文です。
・入学式の日、帰宅後の浅川兄妹の会話。
「くると思ったら座れよ、倒れる前に」
「ごめん……」
「倒れてつらいのも困るのもヨーコだろ?」
「ごめん、また、運ばせて」
「それは別にいいから寝とけ。なんか食えそうなもんあるか?」
「……水?」
「わかったポカリだな」
「……お願い」
※1 ヨーコ…耀。
※2 ポカリ…浅川家では、粉末のを薄めに溶いてレモン果汁入れて作る。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
・飯桐の前で倒れた日、帰宅後の兄妹。
「のぞいてないで次から早く入ってこいよ」
「でも、よそのクラスだから、」
「同じ学年だろ」
「……うん」
「もういいから寝とけ。なんか食えそうなもんあるか?」
「……カルピス?」
「液体固体」
「固体」
「そんだけかよ。果物入れるか?」
「オレンジ」
「あったか?」
「野菜室に転がってた」
「……んなもん、片付けようとすんな」
「りんごと一緒にしておいたから」
「聞けよ」
「ごめん、お願い」
「わあったよ持ってくるから寝てろ」
「うまいかよ」
「んー」
「ったく体冷えんぞ。んな氷ばっか食って」
「いっぱいじゃないし」
「あー、オレンジ、見た目より死んでなかったな」
「全然問題ないよ。おいしい。コースケありがと」
「おー。そういえばお前、今日俺の呼び方さあ」
「呼んでないもん」
「でも出そうだったろ」
「止めたし」
「別に、とっさに呼ぶのは賭けのうちに入れねーよ?」
「……コースケ、とっさに出るのあっちなんだ」
「……がっこだったから」
「私、『コースケ』が出ちゃうんだね」
「まず俺のこと呼ばないだろ、二人称」
「そういえば、そうだねえ。ね、呼んでほしい?」
「どうでもいい」
「……、だめだ、呼べないや」
「呼ばなくていいんだよ」
「一度くらい呼んでみたいなあ、普通に。学校で。何気なくね」
「あと二年あんだから考えんな。じゃあ俺部屋行くわ」
「お皿、」
「空んなったら壁叩いて呼べ」
「…………晃」
※1 液体固体…浅川家の冷蔵庫には希釈用原液と、濃い目に作って凍らせたものが常備されている。後者は食べるとき、ミキサーでシャリシャリに。
※2 コースケ…晃。飯桐康介ではなく。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
・飯桐謝罪の日、帰宅後の兄妹。
「このクッキーおいしいねえ」
「太るぞ」
「しけるもん。この住所どのあたりかなあ?」
「飯桐に訊けば」
「? ああ今日の子の名前か。『こうすけ』のインパクトで忘れちゃってた」
「お前な。あいつ理系だから、来年も俺と同じクラスになる可能性高いんだぞ?」
「クラスメイト?」
「ああ」
「ねえ、名前気にならなかった?」
「なった」
「だよねえ。今クラスに『ようこ』さんがいて、名前聞くとちょっとどきっとするの。そうだ、池田くんてコースケのクラスだった?」
「ああ」
「なぎさん元気か聞きたいけど、気軽に話せる関係じゃないんだよね」
「直接メールすれば」
「なんていって送ったらいいのか、わかんないよ。顔見たら話せるけど。……メールって難しいなあ」
「そうだな」
「……夏に会ったときね、なぎさん首にあざがあった。暗い色の小さいの」
「そーかよ」
「池田くんて、成績いい?」
「悪くはなさそうな感じ」
「……なぎさんいい女だから、幸せになってほしいな」
「なるんじゃね? 自力で」
「いいねそれ。私も自力で幸せになろう」
「眠いんなら自分の部屋行けよ」
「まだへーき。明日のおべんとは、筑前煮の余りと、玉子焼きね」
「ん」
「何入れて焼こっか。とろろと、豆乳と、ミックスベジタブルかな。彩りいいよねえ」
「てきとうでいいから部屋行って寝ろよ。あとクッキー持ってけ」
「コースケは? 食べる?」
「もう十分食った」
「お母さんには、ばれちゃうからあげられないし。しけたのやだな」
「焼きなおして食えよ。歯みがきして寝ろ」
「んー」
「運ばねえぞこの距離は」
「……コースケ」
「あ?」
「コースケ」
「……なんだよ」
「なんでもないよ。おやすみ」
「おぉ」
※1 なぎさん…池田の彼女。耀の友人。頭よし顔よし性格よし。小柄。付き合い始めた頃から晃は耀に聞かされて知っているが、当時も今もクラスメイトの池田はそれを知らない。
※2 眠くなると口数が多くなる耀。家族も本人も知っている。