4 当然だよな。
浅川の言葉はあっさりとしたものだった。
「弁当作って返すらしい。だろ?」
浅川妹はこっくりうなずいて、
「アレルギーとか嫌いなものありますか」
「ないですけど、そこまでしてもらわなくても、」
「こいつ毎朝家族四人分の弁当作ってるから。早弁用とかのちまいの作る気だろ?」
またうなずく。
こっ、くん、というようなかくかくした動きにあわせて、ふっくらしたほっぺたをハーフアップの髪がさらさらなでていく。
うちの妹より年下だと言われたほうが信じられるような外見だ。
三つ下と四つ下の妹のどちらもが体育会系で、日々たくましくなっていくのを見ているせいかもしれないが。
座高が低いから身長も低いだろう。
俺の肩にも届かなさそうだ。
「そんな手間じゃないからもらってくれ。でもな、普通は訊かずに渡すもんだと思うぞ」
「え、でも嫌いなものだったらヤでしょ?」
「飯桐に彼女いたらどうする気だ」
「あ」
「いやいないんで、全然」
「そうなんですか。そういえば、あの、お名前を」
視線を向けられて気づく。
言ってない。
テンパりすぎだ。
「B組の飯桐康介です」
「こうすけ?」
「健康の康に芥川龍之介の介で康介です」
ああと頷いてから、こうすけって人ほんとにいるんだね。兄に向かって言う。
本にでも出てきたんだろうか。
「本人の前で言うなよ」
「あ、ごめんなさい。浅川耀です。いつも兄がお世話に……なってる?」
また兄に確認する。
「クラスメイトで世話とかないっての。兄貴だからって同級生に甘えてんのお前くらいだ。ほら、時間なくなるから挨拶して終われ」
「クッキーありがとうございました」
「いえ、すいませんでした」
頭を下げあう。
距離があるのでコントやマンガみたいにぶつかったりはしない。保護者もいるし。
それじゃあと別れてC組を出ると、ちょうどチャイムが鳴った。
C組担任の美人英語科教諭、竹センが俺を見つけて、
「飯桐くん早く教室に入らないと、あら浅川くんも? 急いで」
「はーい」
「っス」
うちの担任である中Tは時間通りには来ないから急ぐ必要もなかったが、ふたりでばたばた走って教室に入った。
俺たちのB組とC組の間には階段があって、その分距離がある。
上ってきた教師と遭遇することも、なくはない、かもしれない。
それもあってか教室に入れたとき、すこしほっとした。
無事にすべてのミッションを終えた安堵でいつもよりは高揚した気分のまま、浅川に話しかける。
「クッキーでよかったかな、お詫び」
「あいつ洋菓子好きだから喜ぶわ」
「それはよかった」
「菓子折りとかだったら、まともに喋れなくなってたかもしれんけど」
「そうなんだ?」
「プレゼントっぽかったから平気だったんだろうな。あいつ自分が悪いと思ってるから」
「そんなことない、」
「まあこの話もう終わったから、なしな。明日普通に弁当持ってきてくれ。早弁用は女子並みだからほんとに少ない。たぶん朝そこの階段前で渡すと思う」
「ああ」
浅川兄妹はどちらも、思っていたのと様子が違った。
兄は思ったよりは妹の扱いがぞんざいで、妹は病弱で儚げなんかじゃなかった。
そういうことをすこし見れた分だけふたりに近づけた気がして、不思議なくらい嬉しかった。
お友達は選びましょうなんて言っていられない。
彼らと友人になりたいと、俺は思ってしまった。