3 謝罪するのは
「浅川さん、ちょっといいですか」
ふ、と俺を見た目。
ただただ不思議そうに見てくる。
驚いてない、怖がってもいない。
頭を下げる。
「昨日は驚かせてすいませんでした」
「あの、私もすみません。びっくりさせて。もとから体調、悪かったんです」
「いえ、やっぱりきっかけは俺のせいだと思うので。これお詫びです。中身クッキーなんで、よかったら食べてください」
机の端に置こうとして、まるい目と視線がかち合った。
向こうのそれはすぐに逸らされせわしなくさまよった末に、包みへ落とされる。
姉のアドバイスで選んだ、近所の手作りの店のクッキー。
透ける白い布袋に入っていて、口を留めたピンクのリボン、そこについた同じ色のばらと薄緑の葉。
予想通り浅川妹にはよく似合ったが、俺なんかはもう見ているだけでくすぐったくなる代物だ。
「可愛い」
朝の喧騒のなか、ぽつんとつぶやかれた言葉はなぜか聞き取れて、自然に口が動く。
「家の近所の店のなんですけど、よかったら」
「でも、悪いです。私が勝手に倒れただけだから」
「お詫びがだめだったらプレゼントだと思って、もらってくれませんか」
「でも……」
どうしようこの膠着状態。
HR開始直前でほぼ全員集まっているよそのクラスでこれは、なんというかいたたまれない。
「あー人が黙って聞いてりゃお前はっ!」
だれが喋ったのか一瞬わからなかった。
それくらい教室での声とかけ離れていた。
俺は浅川が俺の横に立って、よく通る低い声で妹を叱りつけるのを呆然として聞いた。
目を見開き眉を吊り上げた、いらだったような表情。
今のこれに比べたら、眉ひとつ動かさない無表情で短くぼそりと答えるだけの教室の浅川は人形や脱け殻だと思った。
「消え物なんだから断るな。相手の顔立てろ。もうチャイム鳴るからわかったらさくっともらえ!」
「了解であります!」
小さな手でぴしっと敬礼した。
お姫さまと騎士、という浅川兄妹のイメージは、崩れてはじめて持っていたことを自覚した。
これじゃあ下士官と一兵卒だ。
鬼軍曹の教育なのか、浅川二等兵はうって変わってはきはきと、
「ありがとうございます、いただきます。あの、甘いものお好きですか?」
「あ、はい。糖分制限しててあんまり食べられないんですけど」
とまどう視線が俺を見る。
言葉が足りなかった。
「ダイエットとか生活習慣病じゃないんです、部活テニスで、成長期のうちはと思って」
「ごはん、足ります?」
ああなんか犬とかに似た目なんだ、と思った。
まるくて、静かで。
兄貴によく懐いてるところなんかも、そんな感じだ。
じゃない。逃げるな俺。
何がどうなって出た言葉なんですか。
通訳頼む兄。