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傍観者の記録。  作者: チシャ
2/22

1 過去のふり返りと現在を考えるに

 どのクラスにも、めだつやつはいると思う。

 身体的条件なら顔がよかったり、背が高かったり、小さかったり、太ってたり。

 そいつのキャラとしてなら、明るいとか、勉強がすごくできるとか、面倒見がいいとか、まったく空気読めないとか。

 いい意味でも悪い意味でも、めだつやつっていうのはいる。


 じゃあ集団が大きくなったらどうかというと、学年や学校単位なら、教師のほうがめだってくる。

 日頃注目される教師のほうが、だれでも知ってる存在になりやすい。

 名物教師って言葉は浮かんでも、その生徒バージョンはなかなか思いつかないし。

 だがうちの学校には、教師なんかよりずっと注目されている名物兄妹がいる。




 入学式当日、浅川兄妹は超大型ルーキーとして、全校生徒のみならず教師にも名前を知られることになった。

 後日職員室に行ったら地元のケーブルテレビが来ていなくてよかったと話していたのを聞いたし、まあ度胆は抜いただろう。

 何をしたか簡単に表すと、貧血で倒れた妹を抱き上げて運んだ。

 ついこの間中学を卒業したばかりのごく普通の男子生徒が、衆人環視のなか妹とはいえ女子を腕に抱えたわけだ。

 その上、出ていったのは新入生が入場した出入り口。いちばん目立つ場所だ。

 新入生も在校生も、教師も来賓も保護者もみんな、口を開けて見送るしかなかった。

 兄妹が去ったあと体育館は当然ざわめきに満たされて、教師たちさえ顔を見合わせて話し、壇上の誰かよくわからない人が何度か咳払いしても、それ以前よりは私語の多いまま式は終了した。

 次に浅川兄の姿を見たのは教室に戻って担任からの話を聞くときで、俺ははじめて彼が自分と同じクラスだったことを知った。

 でも正直それだけなら、自分から近づくどころか近づかれたら困ると思っていた。

 妹相手とはいえあんな派手なことができてしまう変人とは、親しくなってもなんのメリットもないと。


 まあ俺のその認識も、同じクラスで一年近くを過ごすうち、徐々に改められていった。

 髪型も制服の着こなしも、周囲に比べれば崩す度合いは規定どおり。

 顔は並以上だし上背もそこそこあるが、成長期らしく肉は薄くてあっさりと集団に埋没するような見た目。

 ただ同い年だと言われてもなかなか信じられないような落ち着きがあって、それだけは周囲と違った。

 同じ中学だったやつらとバカもやるのに、ひとりになると別人のように静まる。

 そういうとき浅川がまとうのは、俺や俺の周りの人間にはない大人びた空気だった。

 それに気づいてからだ、浅川と喋ってみたいとなんとなく思うようになったのは。


 だが別に、衝撃的な出会いなんていらなかった。






 同じクラスで何度か近い席になって、選択制の芸術も同じ美術(十人くらいしかいない)で、けどこいつたぶん俺の名前なんて覚えてないなという関係のまま、恐ろしいことに二月もそろそろ半分終わるというある日のことだった。

 昼休み、浅川の妹がクラスに来た。

 教室に戻るときにそれを見つけて、今までもときどきあったことだったから俺は、戸口で中をうかがう彼女に後ろから声をかけた。


「兄貴に用事?」


 驚いて全身をこわばらせて、振り返って俺を見て後ずさって。

 そのまま引き戸のレールに足を取られてバランスを崩した彼女の腕をとっさにつかんだら、その場にへたり込んで小柄な体はさらに小さくなってしまった。

 放した手は力なくひざに落ちて、ゆるゆると口元へ運ばれた。


耀(あきら)!」


 ものすごい勢いで浅川が飛んできた。

 全身でかばうように妹を抱きかかえる。


「こ、ふ」

「喋んな!」


 言い放って震える妹を軽々と抱き上げ、廊下に飛び出す。

 俺にできたのは道を開けることくらいで、見ているだけだった。

 よく覚えていないがしばらくの間そこに立って、クラスのざわめきを遠くに聞いた。

 浅川が押しのけた机や椅子がぐちゃぐちゃで、それだけあいつがなりふりかまわなかったことを表していた。

 彼女の変調の原因は俺だろうと、ぼんやり考えた。




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