14 普通は
玄関に出るとやっぱり池田で、
「全教科しょってきたら疲れたぁ」
「開口一番それか。みんな来てるから上がれよ」
「おじゃましまーす」
池田と居間に入っていくと、もう台所に行ったらしく姉と妹たちの姿はなかった。
チビたちがちゃんとあいさつしたか不安になる。姉も俺くらいの年代の男はちょっと苦手だし。
みんなの雰囲気はいつもどおりだから、問題はなかったと結論を出した。
というより別の問題ですべてを忘れた。
浅川と石井が座卓に勉強道具を広げているのを、妹が兄の横から覗き込んでいる。
そのポンチョを脱いだ上半身を包むのは焦げ茶のタートルネックで、その上に黒い目の細かなニット。
重ねたニットの広いV字の襟ぐりと、隆起にそって流れるネックレスの細い金色の鎖とで胸元の豊かさが強調されていて、正直目のやり場に困る。
たぶん俺は数秒間固まってしまったが、同じ光景を視界に入れたはずの池田は石井のほうに座ってカバンを開けながら平然と、
「そういえば玄関のバイク誰の? 飯桐んちの?」
「や、うちバイクないし。どっち?」
エンジン音は聞こえなかったが、押してきたんだろうか。
俺、と言ったのは浅川だった。
「二人乗り?」
「いや、免許取って一年経ってないからできない。こいつは電車」
「駅から二人で歩いて、」
待ち合わせてきたらしい。
浅川の家は学校の近くだから、ここから二駅の距離だ。
俺もみんなも、全員自転車で来るとばかり思っていたからダイヤは無視して一時に集まると決めてしまった。
休日の昼間なんて一時間に一本しかないのに、悪いことをした。
謝ると、浅川妹は俺にすこし笑ってみせて、
「私も自転車のつもりだったけど、パンクしてて、だめで」
「ちょうど電車が来る時間だったから乗せて、別々に来た」
あれ、と言って池田が笑い出す。
「できないって言ったくせに」
「ノーヘルじゃなかったらそうそう捕まらない」
浅川もニヤッと笑っていて、わけがわからない。
池田が俺と石井に説明した。
「さっき見たらヘルメット二つかかっててさ、バイクに。でもここ来るのに二人乗りしてないって言うしおかしいと思ってたら、家から駅まで妹乗せてったんだって」
「あれだけの言葉からそこまで読み取るお前が怖いよ」
「言葉に頼ってないからさぁ」
怖いなんて言うくせに石井は全然表情を変えなかった。慣れだろうか。
それにしてもバイクとか、浅川がなんだか遠い。
いつ免許なんて取ったのか聞こうと思ったが、先に池田がくるっと浅川に向きなおって、
「そうだ浅川、あのバイク買ったの自分で? 親?」
「ふたりで。でも金はほとんどこいつ」
「ええ?」
俺も池田も石井も浅川妹を見た。
「ほら、なんつったっけあの店」
「『クラフト寺田』?」
あーあったなそんな手芸洋品店。駅から学校までのちょっとさびれた商店街に。
「こいつ、高校入ったときからそこの手伝いしてた」
「時給五百円と現物支給で」
「まさかのワンコイン!?」
池田、その驚きは俺も同じだよ。
「現物支給って何もらったの?」
「端切れとか、キーケースやがま口の金具とかです。それでいろいろ作って、喫茶店で売ってもらいました」
「へえ、どこのお店?」
「水族館に行く道の手前の、」
公園と水族館以外ほとんど何もない、数キロ先の海辺の景色が浮かんでくる。
ぽつんとあった喫茶店も。
「『貝殻』?」
「はい」
つい口をはさんでしまった。
そこには昔姉と母と三人で何度か行ったことがある。
カレーとオムライスのうまい、静かな店だ。
ここ数年でだんだん知名度が上がって、地元のグルメ特集なんかで取り上げられるようになった。
ランチタイムなんかは混みあうようになってしまって、最近は行ってない。
「夏ごろに雑貨を卸す人を募集してたから、お願いしたんです。そのあとお店が雑誌に載って、私が作ったものの写真も載って、なんとか値引きせずにすみました」
「ブログで宣伝してたよな」
「毎日書くの大変だった」
「あとはふたりで年末年始郵便局でバイトして、貯まった金で」
「免許は? それも金かかるだろ?」
「それは半分以上出してもらったけど、買出し行って働いて返すことになってる」
「買い物係と、作る係。でもいっぱい手伝ってくれるよね」
浅川妹は、言いながら兄、自分と指した。
スーパーで買い物をする浅川なんて違和感がすさまじいが、妹ひとりを働かせるようにはとても見えない。
普通に家事の手伝いもするんだろう。どうやっても想像できないが。
「厳しいな浅川家」
「ていうか浅川が買い物行くのか。全部?」
「親は働いてるからな。俺は土日にまとめて行くだけだけど、こいつなんか料理毎日だから」
今日は荷物ないから楽? おお、と言葉を交わす二人を見る。
そこへ池田が尋ねた。
「バイク買ったのってさぁ、そのうち二人で乗るため?」
兄妹は顔を見合わせる。
「言っちゃやだ」
「ん」
「なんか理由他にあんの?」
「言うなって言ってる」
「えー教えろよお」
からむ池田を見かねて石井が、
「あのなぁ池田、このド田舎で車がない不便さって計り知れんだろ」
「おぉ」
「親が車出してくれなかったら歩きかチャリだ」
「あーそうだな」
「そのためだとは思わんのかスカタン」
「だってチャリで行きゃいいのに」
「しつこい」
つくづくいいコンビだ。ちょっと疎外感。
浅川に目をやると、石井と池田のほうを小さくあごでしゃくって、妹に何か示したようだった。
妹がかぶりを振ると、
「あとあと訊かれるとしたら今のうちに言えばいいだろ。大したことじゃないし、もったいぶる方が、」
「シスコンて呼ばれるの大嫌い」
兄の言葉をさえぎってきっぱりと言い切る。池田も石井も黙った。
主語は兄だろう。そういえば妹は兄をなんて呼んでたんだったか。兄のほうは名前だった気がする。
待っていたら浅川がこっちに視線を向けた。
俺は池田と石井に確認する。どちらかというと念押しだが。
「誰も言わないよな、人に」
「オレ言わない」
「人をからかう趣味はないから」
「ほら」
うながす兄を上目遣いに見てから、下を向いて小さな声で浅川妹は言った。
「……バイク、あの、私の送り迎えにって」
うん、そんなところだと思いました。