13 兄妹って
勉強会はその週の土曜日に開かれることになって、一時半、という約束に浅川兄妹はちょうど五分遅れてきた。
石井は一時半ちょうどに来て、池田はまだ来ていない。遅れるという連絡もないが、まあそこは、池田だから。
玄関に出るまでは誰が来たかわからないわけで、最初のチャイムには心臓が跳ねた。
時間ぴったりにチャイム鳴らされるとどきっとするでしょう、だからほんのちょっと遅れていったほうが相手も細かいところ見る余裕ができていいの、といううちの母親がときどき言う言葉を思い出す。
支度に時間をかけすぎた言い訳というだけでもなかったらしい。
時間がきて片づけきれず、まだすこし姉や妹たちの私物が残る居間について石井は何も言わなかったが、なんとなく居心地が悪くてまとめて見えないところに隠した。
(他人のそういう行動に無関心なのが石井の長所かもしれない。池田が必死で課題やってても、手伝わないかわりにからかいもしないし)
往生際悪く片付けて、これ以上はみっともないところを見せずにすむという安心感からか、緊張の原因がやって来ても落ち着いて応対できた。
浅川兄妹相手だと、心臓より表情筋や腹筋が問題だったが。
「お邪魔します」
「しあっす」
兄まで一応あいさつしたことに、思わず笑いそうになった。
狼がお手をするようなイメージだ。女だったらかわいいなんて言って騒ぐだろう。
そんな浅川の私服は、着古してすこし色のあせた黒いパーカに膝のあたりが傷んだカーキのカーゴ。
見ていて悔しくなるくらい、なじんで様になっていた。
妹のほうは白っぽい灰色のポンチョに、オリーブグリーンのカーゴ。
ぐるぐる巻かれたマフラーにあごがうもれてる。
兄のとよく似た、もしかしたら色違いかもしれないカーゴパンツをロールアップにして、それでも裾が余っているのが子どもっぽくてよく似合う。
ニットのポンチョはフリンジもなくいたってシンプルで、てるてる坊主みたいだとつい思って必死で笑いをこらえた。
(くどいようだがフリンジだのロールアップだのという言葉は、女の多い家だから自然に覚えた)
失言しないうちにと、石井がいる居間に通す。
「そのあたりに座ってもらえるかな」
「あのこれ、ちょっと重たいかもしれないんですけど」
そういって出された紙袋には、ラップにくるまれたパウンドケーキが二本入っていた。いい焼き色だ。
「ありがとう、あとでみんなで食べよう。そうだ、うちの万年欠食児童呼んでもいい?」
こくこくとうなずく。
せわしない動きがうさぎやリスみたいで、兄がなんだかんだ言いながら可愛がっているのもわかる。
「じゃあちょっとうるさくなると思うけど、呼んでくる」
二階へ上がって妹たちの部屋のドアを叩く。
「お客さん来たぞ。パウンドケーキくれた。お礼言ってこい」
きゃあっと声が上がって、チビたちが飛び出す。
すぐ下の妹の寧子と、一番下の寿子。
年子だからか仲がいい。俺も姉も年が離れているし。
ただ、騒がしいのが難点だ。
「ケーキ?」
「パウンドケーキ?」
「どんなの? チョコ?」
「ココア? ドライフルーツ? プレーン?」
つばめの雛みたいなチビたちだ。答えるのはとっくの昔に放棄している。
「手作りでうまそうだった。何が入ってるかは自分で訊いてこいよ。愛想よくな」
「うんっ、寧姉行こ!」
寿子は駆け下りていったが、寧子は立ち止まって俺をふり返る。
「にいちゃん、彼女?」
「全然ちがう。行ってこい」
「寂しいせーしゅーん」
からかうわけじゃなく、単なる感想として言い捨てられた。
そのほうがダメージ大きい気がするのはなぜだろう。
そこへ姉の潔子がのそりと出てきて、
「コウ、客?」
「昨日話した同級生四人。勉強するからうるさくしないよ。手作りのパウンドケーキ持ってきてくれた」
「いつ頃食べる?」
「ころあい見てかな。双子がすごく仲良くておもしろいけど、下に来ない?」
「チビたち行ったなら行こうかな。あ、誰か来た」
チャイムが鳴った。池田だろう。
「ひとりまだ来てなかったら、たぶんそいつ。先居間行ってて」