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傍観者の記録。  作者: チシャ
15/22

12 俺にも分けろよ。

 考えるのをやめて俺も会話に混ざる。


「でもやってみないか? 短距離だって一人より二人で走ったほうが速いだろ?」

「俺と飯桐はそんな変わらないけど、浅川と池田違いすぎるだろ。俺全教科八割だぞ?」

「浅川、期末の平均点は? 教科のほう」

「七十ちょっと」


 絶望的な国語を抱えてどうしてそうなる。

 やっぱり現社と化学もそうとう得意らしい。


「池田」

「低かった」

「わかんねーよ」

「でも石井英語得意だろ? 英語が池田、他が俺とかで競争してみないか?」

「あ、でもオレ点数もうわかんねえ」

「中Tにでも訊けば記録はあるだろ、担任なんだし」

「模試じゃだめなのか?」

「本番じゃないとか言って手抜くやついる。学年全体が必死で勉強した結果のほうがやる気出そう」

「確かにな」




 そのままこの面子では珍しく勉強法やノートの取り方の話なんかをしていて、ふと見ると浅川妹が戸口に立っていた。

 ノートをぎゅっと胸に抱きしめている。

 兄貴をつついて教えると、指の長い大きな手をひらりとふって妹を呼んだ。

 浅川妹はすこし笑って、小さな歩幅で騒がしい教室のなかをあぶなっかしく歩いてきて、兄の斜め後ろに立った。

 俺たちとの間に兄が入る形だ。


「どうした」

「話してるとこごめんね。この問題解いて?」

「もっと早く来いよ」

「当たってたのさっき教えてもらったから……」

「あーほら貸せ」


 シャーペンを出すと自動筆記かと言いたくなるスピードで解いていく。

 一問解くごとに軽快にペン先で叩いてチェックして、次へ移る。

 さっきの延長で気になって、俺たちはそろって邪魔にならない程度にノートを覗き込んだ。

 余白をたっぷり取った式は見やすい。

 段階を踏んで解を出していて、省略がない。模範解答よりも丁寧だ。

 何より字が読みやすい。

 すこし斜めに流れる数字は、書くのが速い割にはっきり読み取れる。

 初めて見る俺でさえそうなんだから、妹なら筆記体の間違いもないだろう。

 男の書く字っていうと書きなぐってて汚いか、角ばってるかってところだと思ってたから、いかにも片手でバスケットボールつかめますっていうような指の長い大きな手でそんな風に書くことがなんとなく意外で、俺はぽかんと見ていた。


「浅川手ぇでかいよな」

「見るのそこだけか」


 池田が石井に小突かれていたが、俺も途中からちょっとそっちに目がいっていた。

 俺の手は大きくない。

 女子よりはごついけど、利き手の右ですらラケット握って四年にしてはひ弱な見た目だ。

 気にするってことがもう我ながら嫌になるところだがしかし、浅川の手はちょっと理想的に過ぎた。絶望する。

 この体格でこの手なら一生妹守っていけそうだよな。……待て、ちょっと待て俺。

 なぜか変な方向に考えがスリップして横転しそうになって気がついて、何考えてんだなんてひとりで内心焦ってとにかく口を開いた。


「浅川さん、今日、弁当がんばったんだって?」

「迷惑かけたので」

「そうだ、浅川さんて土日、どこか遊びに行ったりする?」

「図書館くらい、かなあ」

「あのさ、ふたりで俺のうち遊びに来ない? 勉強会でもいいけど、うち兄弟女三人だからうるさいんだ」


 解き終わったのかシャーペンを置いて、浅川がノートに視線を落としたまま、


「年離れてるってよ」

「四つ上の大学二年と、三つ下と四つ下の中一小六。どうかな」


 兄とはまったく違う小さな手が、兄の肩をつかむ。

 やわらかそうな白い手。ピンクの爪。


「みなさん甘いもの、お好き?」

「お菓子もらうと争奪戦だよ」

「じゃあ、うかがいます」


 これは、持ってきてくれるってことだろうか。

 料理ができるなら当然お菓子だって作るだろう。

 クッキーか何かかと考えていたら浅川が、


「でもみんながみんな、お前みたいに燃費悪いわけじゃないんだからな?」

「あぁ、ニキビとか嫌だよね」


 この流れだとお土産変更にもなりうる。避けたい。


「いや全然平気。妹空手やってるのとソフト部だし、姉貴は筋トレ趣味だから」


 人の目って、本当にまるくなるんだとわかった。

 浅川妹の目はゆっくり元に戻って、笑うかたちに細められた。


「すごいですね」

「みんな強くてまいるよ」


 笑う浅川妹は花みたいだった。

 俺もつられて笑う。

 こんなに手放しで喜ぶような、無防備な笑い方をする女の子が、しかもそれがたった一人の妹なら、可愛くないはずがないと思った。

 そのときぐいっとノートが差し出されて、ふき出しそうになったのを必死でこらえた。


「ほら、できたぞ」

「ありがと」

「今度の土日になるかはまだ決まってないから、ゆっくり準備しとけ」

「うん」


 これでこの話は終わり、と思ったとき、


「ねーオレらも行っちゃだめ?」

「ばかたれ黙ってろ」

「だって学年末今月末、」


 石井が無言で池田の頭をはたく。

 どう言おうか一瞬迷うと浅川が、


「飯桐と池田と石井は同じテニス部でさ、池田が飯桐の家行きたがってんだ。そんでこいつ英語めちゃくちゃできるんだけど、教えてもらわねえ?」


 浅川妹は尊敬のまなざしで池田を見た。

 マンガだったらキラキラしてるような感じだ。

 俺も、今日から英語もうすこしがんばってみようか。


「ぃやそれほどでもないっス」

「それから池田は英語以外はできないらしいから、お前教えてやれよ。こういう体育会系は平気だろ?」

「うん」

「『こういう』ってなんだよ浅川ぁ」

「文武両道っぽくない明るい体育会系」

「あーオレそんな感じ。んで石井と飯桐はできる感じ」

「でも英語は真面目にやってるから、勉強方法聞くだけでも参考になるだろ。飯桐んちの都合がまだわかんないからいつか決まってないけど、勉強しに行くか?」

「うん」

「石井も来ていい?」


 勢い、というか便乗して訊いてみた。

 こういうのちょっとずるかったよな、と思ったが、


「迷惑じゃなかったら」

「こいつが石井にとってってことな。俺いるとくせで言葉省略するから、わかりにくかったら聞き返してくれていいし」

「だってさ。石井、来いよ」

「行かせてもらう」


 ちょうど予鈴が鳴った。


「よし、じゃあ都合ついたら言うから待っててくれよ」


 勉強会、楽しみだ。




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