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傍観者の記録。  作者: チシャ
14/22

11 すこしくらい

 昼休み、その前の十五分休憩の空気のままに、なんとなく俺たちテニス部と浅川で喋っていた。

 池田の提案で授業が終わってすぐ四人でじゃんけんをして、なぜか勝った池田が買出しに行って帰ってきたところだ。


「池田、つり銭多い多い」

「れ? そか?」

「池田、数学浅川にお願いして教えてもらえ。あ、算数だな算数」

「浅川さまぁ」

「ちょっと勘違いしただけだよな、池田」

「っわ浅川がかっこいい! でも数学は教えてくださいこのとおり」

「だから俺、妹の数学と自分の国語の赤点回避に必死なんだって」

「浅川国語だめか? オレもオレも。一夜漬けできるやつはなんとかなるんだけどさ、わかってないと解けないような問題ダメなんだわ」

「一夜漬けってどれすんの?」

「暗記系。用語とか。公式は覚えても使えねえから捨てる」

「用語って授業でやるだろ」


 何を言ったのか一瞬理解できなかった。

 池田も石井も同じだったらしい。


「浅川、あのさ、テスト勉強って何してる?」

「課題やる」


 確かに各教科ごとに出される課題は多い。山のようだ。

 でもだからといってそれだけをやって数学で浅川の点数が取れるなら、


「課題あれ溜めると地獄だよなあ! オレ国語丸写しだもんよ」


 俺や石井は、池田ほどではなくても不真面目な態度で課題を片付けたことになってしまう。

 何かコツでもあるんだろうか。

 その点は石井も気になったらしくて、


「ノートまとめるとか、ないのか?」

「テスト期間に改めてやったりはないな。休み時間に気になるとこだけ書き直したりはする」

「サブノート作らないのか!?」

「ぁんだよ、ぅっせえ。だからテスト前はあいつの数学見てやって国語と英語やんので精一杯だ」

「他の教科の勉強って課題だけか」

「だけだ」


 荒む。

 そんなつもりが欠片もないのはわかる、わかるが自慢に聞こえてしまう。

 しかし俺以上に石井が、沸点近くまでいろいろ高まっている感じがした。

 一触即発ってほどでもないがこの空気は緊張する。


「なあ、浅川の得意教科って数学だけか?」


 正直、ふだんの池田は空気読めないんじゃなくて、わざと読んでないんじゃないかと思った。

 浅川が淡々と答える。


「国語と英語以外は平均超える」

「へえ、数学がいちばんいいんだっけ?」

「そうだな。次が化学か現社か」

「来年理系?」

「ああ、文系いくと数学も化学も減るから」

「そっか、浅川って数学得意っていうより好きなんだな」


 それは池田の何気ない一言だった。

 けどそれだけにぐさっと刺さった。

 俺は勉強が楽しかったことなんて一度もない。

 点数がよかったら嬉しい、けどそれで終わる。

 俺と浅川の違いはそういうことなんだろうか。

 考え込んだ俺を置き去りに、三人の会話は流れる。


「問題解けるとおもしろくねえ?」

「それはちょっとわかるけどそれまでがなー。浅川は数学好きなまんまでいられるくらいわかるのかぁ」

「あのな池田、浅川のすごいおもしろい模試の結果、見てないだろ」

「えっうそなになに!?」

「見てないのか。お前自分が英語三番だったのは?」

「全然気づかなかった。誰にも言われないしさぁ」


 いや池田自分のことだろ。

 じゃない。

 三番?

 顔に出たらしく、石井が俺に言った。


「飯桐、こいつ帰国子女だから」

「初めて聞いた! どこ?」

「小三から小五までシンガポールだけどさ、三年ぽっちじゃ帰国子女って呼ばないんじゃねえ? そんでシングリッシュ直すのに英会話教室行ったから、ほとんどこっちで覚えたようなもん」

「シングリッシュ?」

「シンガポール英語。なまってんだってさ。中学のときALTが正しくないとか言いやがったから勉強した。英語以外も混じってるけど通じないほどじゃないし、友だちあれで喋ってたっての」


 上京して方言をからかわれた人みたいなことを言う。

 俺も地元をばかにされたら嫌だと思って、なんとなく池田の気持ちがわかった。

 しかし池田周辺がまじめな空気だと、ぶち壊しにかかるのが石井という男だ。


「結果池田は中学時代ほとんど英語しかしなかったので、残念なことに」

「残念て言うなよな器用貧乏っ」

「総合で上位になったほうがいいだろうが」


 言い合う二人を見てまたのどの奥で笑ってから浅川が、


「池田、俺と似てんのな」

「浅川休み明けどうだった?」

「国語やばかった」

「点数、点数は?」

「四十四、四十一、四十は出るんだけどな。どれがどれだか」


 うちの赤点は四十点未満だ。


「じゃあ期末も国語やばかった?」

「おお、国語がのきなみ赤点すれすれ、英語が平均点に足りなくて、美術は筆記でどうにかパスして、あと大体よかった」


 美術の配点は筆記と実技が五十点ずつだった。

 B5の紙に鉛筆で手を描くだけだったんだが……『どうにか』?

 俺と石井が考えている横で、浅川と池田の話は進む。


「なあなあ妹は? 点数ダブったりしねーの?」

「それはお前だろ。休み明けが現国八十一、古文八十七、漢文八十九、現社九十六、あと忘れた。模試以外だとなんでか国語下がるんだよあいつ」

「すげ、点数もすげーけど一月に返ってきたテストの点数覚えてるのがすげえ。もう一ヶ月軽くたってんじゃん。しかも自分のじゃねーし」

「次の試験の結果出るまで、お互いの点数自分のと並べて貼っとくんだよ。目につくとこに。そしたら国語と数学以外は同じくらいだからやる気出る」


 『同じくらい』?

 さっき『現社九十六』って……


「俺らもそれやらねえ!?」

「聞いてたか? 実力が拮抗してないと意味ないからな?」


 池田の提案を石井がぶった切った。手厳しいが池田限定でいつものことだ。


「キッコウってカメのやつ?」

「同じくらいって今浅川が言っただろ!」

「かんたんに言えよー」

「付き合いきれん」




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