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傍観者の記録。  作者: チシャ
13/22

10 ああもうこの果報者

 三、四限の間の十五分休憩、昨日と同じように浅川の机で弁当を広げる。

 質より量。夕飯の残りと常備菜。

 作った相手との続柄は違うが、どちらもそのあたりのことは同じはずだった。

 のに。


「あのばかっ」

「それひどくないか? ケンカしたら手抜きなんだろ?」

「いつもどおりでいいんだよなんだこれ、昨日倒れたうえに低血圧が朝からこんなもん作るな!」

「ほー低血圧。それなのにがんばってこれだけ作ってくれたんだ」


 上の段は玉子焼き、ピーマンの味噌炒め、切ったかまぼこ、ミニトマトに、いわゆるタコさんウインナー。

 下の段は種を取ってたたいた梅干をのせた白飯。

 添えられた小さい容器にはデザートのよもぎ白玉。小豆あんがかかっている。


「女子高生が作ったとは思えないよなぁ」

「何その弁当誰作?」

「池田わかりきったこと訊くな頼むから。邪魔した」


 石井と池田は退場したが、浅川兄はいらだった勢いのまま、愛妹弁当をかき込む。


「あああもったいないもうすこしなんか味わってさあ」


 思わず言ったけれど浅川は頓着せずに咀嚼、嚥下ののち、


「ほとんど毎食あいつの飯食ってるんだぜ?」

「朝昼晩作ってんの!?」

「作り置きとか多いけどな」

「今どきの女子高生が……なんかもう姉貴と妹たちに会わせたい」


 やつら絶望して性転換でもしそうだ。

 いや、女という意識がなければ絶望もしないか。


「年近くなかったら会わせてやってくれよ。同年代苦手なんだあいつ」

「四つ上と三つ下と四つ下。大二中一小六だな」

「それならたぶん平気だ」

「性格とかあるだろ?」

「飯桐の姉妹なら大丈夫だと思ったんだけどな」

「そればっかりはわかんないから、今度うち来いよ。ひとりででも」


 浅川だけなら誘うのになんの問題もない。


「俺らも行ったことないのに飯桐んち!」

「バカお前聴いてたって宣言するな」


  い け だっ!

 まったくこいつはと内心頭を抱えながら、どうしよう、と浅川を見ると、


「別に気ぃ遣わなくていいぞ?」


 きょとんとしてさえ見える顔で言ってくれた。

 つい凝視してしまうと視線をそらして、


「いや、あいつ、大人数で騒ぐの好きなんだ」


 いつもの無表情だが照れているらしい。思わず出た言葉だったんだろう。


「よしっ! 今度の土曜か日曜空いてるか飯桐!」

「なんにもなかったはずだけど訊いてみてからな」

「だめだったら来週でも再来週でもいいから行く! そんで最終目標泊まり!」

「それは年寄りいるから難しいわ」

「がーん」

「お前空気読むとか遠慮するとか、そういうスキル身につけろ」

「飯桐ぃ石井が冷たいー」

「お前のために言ってくれてるんだって。あーもうすぐチャイム鳴るぞ?」

「うっわ、かっ込まなきゃ」

「弁当しまわなきゃじゃないのがお前だよな」


 小さくふき出す音がして、見ると浅川の表情が笑顔からいつもの仏頂面に戻っていくところだった。見逃した。

 でもそれ言ったらやばそうだからスルー。いつか見れるさきっと。


「どうしたよ浅川、おもしろかった?」

「耀に見せたら笑うだろうなって」

「ていうかオレ、浅川の笑ったとこ初めて見たんですけど」

「俺ら中三からクラス一緒だけど初めてだ」

「そんな激レア!?」


 確かにいつだってなんにも興味なさそうな無表情だったけど、それほどのものだと。

 しかも見られなかったの俺だけか。


「正直無表情かイラついてるか、キレてる顔しか見たことなかった」

「なんだその危険人物」

「池田はまず黙るってことを覚えような」

「ほら石井が生温かくほほ笑んで言ってくれてるぞ?」

「冷たく言われるよりよっぽどこたえた!」

「あー、こたえたならまだ人間として手遅れじゃないよな」

「ほら再起の見込み有だって浅川も。よかったなあ池田、手遅れじゃなくて」

「石井なんか嫌なことでもあった!? 笑顔怖いしいつもより多く回ってますけど毒舌!」

「毒舌が回るとは言わない。慣用句勉強しろ」


 また浅川がふき出す。

 大きな手で顔の下半分を覆ってうつむくから、またしても笑った顔を見ることはできなかった。

 のどの奥で笑うのだけが聞こえる。

 猫がのどを鳴らすように思えて、大きな猫みたいだと思った。

 いや浅川なら猫科の猛獣だな。虎、ほどにはごつくないから、豹とかチーター。妹にだけ懐いてるイメージ。猛獣使いか。

 まあ案外、構ってるうちに近づけそうな気がするけど。この三日でこれだけ打ち解けたんだし。

 池田が言うように誰かの家に泊まって遊べたら楽しいだろうと、俺は都合のいい未来を思う。




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