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傍観者の記録。  作者: チシャ
11/22

9 方向が違うというか。

 予鈴が鳴ってみんな席に着き始めると、浅川はC組に近い戸口のやつに席替えを申し込んだ。

 男子だったが、今のあいつなら相手が女子でも関係なかったと思う。

 無事席替えをして退屈な現代文が始まり、正直俺は期待していた。

 たぶんみんなも同じだったろう。

 先生が席替えに気づかないことさえ、先生自身待っているんじゃないかと思ってしまったくらいだ。

 実際は今日だけやけに私語がないと繰り返し言っていたから、そんなはずもないけども。

 授業開始から三十分を過ぎた、いちばん退屈なころ、


「浅川が倒れたぁーっ!!」


 お前今絶対廊下に向かって叫んだよな、という声が聞こえて、教室中が色めきたった。

 廊下側のやつは窓を開け放ち、飛び出していった浅川の背中を見送る。

 窓を開ける音や立ち上がる音は反対側からもしたから、A組でも生徒が窓に群がっているだろう。

 そしてうちのクラスと同じように教師が必死で授業を再開しようとしているだろう。


「あれ今浅川バッシュ履いてた」


 だれかが言う。(誰に聞かせるわけでもなさそうな声で、どうして聞こえたのかと思ったら教室が怖いくらい静まりかえっていた)

 俺も内履きじゃないなとは思った。

 階段や廊下で滑るのを気にしてるんだろう。

 バスケ部でよかったな浅川。

 C組から短い口論が聞こえて、俺すぐ授業に戻りますからという声(そんなに大きくはなかった。それが聞き取れるんだから、うちのクラスだけじゃなく一年全体、もしかしたら廊下の向こうの二年まで黙っている)のあとに、妹を抱えた浅川が廊下に飛び出してきた。

 さすがバッシュ、このやけに摩擦の少ない廊下をものともせずにこちらへ方向転換し、BC間の階段へ向かってくる。

 B組でよかったとクラスの誰もが思っただろう。その兄の姿を見れたなら。

 俺は同時に、C組に二番目に近い席に席替えしておいて良かったと思った。浅川が座ってた席の前。

 頭下げろと言われながらも特等席で見ていられる。

 浅川は教師が追ってこないのを確かめると、早歩きまで速度を落として、見つめる俺たちを一瞥さえすることなく通り過ぎていった。

 腕に妹を抱えて。


「やってくれると思ってたよ浅川兄妹っ!」「入学式とともに語りつぐ!」「しかもグレードアップだよスカートだいじょぶなように包んでた!」「きゃぁああっ!」「お姫抱っこぉ!」「生お姫様抱っこ見ちゃったーっ!」「王子ー!」


 女子のほうが多いけど男子も叫んでいた。

 ひとしきり騒いだあと、ため息をついたり浅川すげーありえねぇなんて言ったりしながら席に戻っていく。

 なぜだろう、そんなみんなが純粋に思えるのは。

 自分でつかまる力がなかったら抱える、その方が落とさないから、という判断基準を聞いたせいだろうか。

 それとも立つな歩くなと注意するのを聞いて、ひざ掛けで巻いたのを見たせいか。

 あれって運ぶの見越してたんだろうか。

 スカートも気にしてたから、両方だろう。

 やつは間違いなく重度のシスコンだが、あの妹ならわからないでもない。

 ……待て俺、今何考えた?




 五限が終わるなり浅川は保健室へ走り、妹を背負って戻ってきた。

 六限まで数分を残して教室に帰ってくる。


「妹大丈夫だったか?」

「貧血だから寝とけばなんとか」

「へぇ、俺母親以外で貧血見たことない」

「俺もあいつ以外で見たことねぇ」


 じゃあ妹だけ見てあれだけ世話できたんだ、とは言わずに、


「Cのやつらとか教師とか、うるさくなかったか?」

「授業中は初めてだけど、休み時間に運んだことなら何回もあるしな。同じ中学のやつは慣れてるからからかわないようにしてくれてるし。教師がなんか言ってきたら放課後話つける」


 石井と池田が同じ中学だと言っていたから、ここからいちばん近い中学だろう。

 地元で人数も最多だが、普通科では三割足らずのはずだからこの騒ぎになるのも頷ける。


「中学のときも教師に説教とかくらった?」

「最初はな。スケベ心で真似しようとしたやつが出てからはスルー」

「運ぶのを? 同い年でそれって勇者だなぁ」

「教師が。独身の中年、クラスの担任もできない数学教師。池田が言ってただろ、『ウスゲ怒鳴りこみ事件』。その原因」


 抑えたなかに、複雑ないろいろが洩れ出る声と表情だった。

 あのときと同じだ、池田がそれを言ったとき。

 あのぞっとするような変化の理由がわかった。

 きっと思い出したくもないはずのことを今こうして話すのは、たぶん俺が池田に尋ねるとでも考えたんだろう。

 信頼されていないということがすこしつらかった。


「悪い、嫌な話させた」

「噂信じ込まれるよりは事実言ったほうがいいからな。あいつ飯桐のことは平気みたいだし」


 そう言った浅川は普段どおりの様子だ。

 俺は悲観的すぎたかもしれない。池田ほど楽観的でもいられないが。

 チャイム鳴る、と言われて席に戻り、次の授業の準備をしながら考えた。

 思ったよりずっと浅川は妹のことが大切らしい。

 理由の一端を聞けば過保護とも思えない。

 だけどあれは兄妹なんかよりもっと近くて男女でもない、まるで、そう、


親鳥と雛じゃないか。




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