初代以外
知人の文江さんは、某化粧品会社のベテラン営業ウーマンである。
車であちこちの店舗をたずねては商品の補充をしたり、売れ行きを調べたり、世間話混じりに店員さんたちから商品の評判を聞いたり、と毎日忙しく飛び回っている。
ある日の昼下がり、文江さんは某大手量販店内の薬店を訪問し、薬剤師でもある店長の男性に挨拶してから、売場の自社商品の棚を整理していた。
まずは棚の埃を掃い、商品を補充し、売れ残っている商品のパッケージに汚れや破れが無いか、開封されていないか、などをチェックしていた。
そしてその途中ふと後ろを振り向くと、人の背丈程の陳列棚が両脇に並んでいる通路のつきあたり、文江さんより10メートル弱離れた棚の前に、長い白衣の後ろ姿があった。
男性の姿だったので店長さんかな、と思った。が、店長よりは少し背が低い様に思え、また、先程挨拶した時店長が着ていたのは、腰が隠れるくらいの短めの白衣だった。
他の店員さんなのだろうと思い、作業を続けていた。するとしばらくして
カツン
と後ろで足音がした。
再び振り向くと、先程見かけた白衣の後ろ姿が、いつの間にか5メートル程離れた、文江さんから見て右手側の棚のそばに立っていた。
今度は真後ろ向きではなく、顔は見えないが少し斜め右を向いており、棚に右手を伸ばしていた。が、何の作業をしている様でもなく、ただ立っていた。
「お邪魔してます」
と文江さんは愛想よく声をかけた。
しかし返事は無く、男性は振り向きもしなかった。
何だろ、クレームでもあるのかな、と思い、散らかしていた空箱を片付けて抱え込み、振り向くと
すぐ目の前に白衣の男性が立っていた。
三十代くらいの、青白く痩せた不機嫌そうな顔の、知らない男性だった。
「きゃっ!」
文江さんは悲鳴を上げ、手にしていた空箱をバラバラと床に落とした。
「どうしました?」
どこかから店長が出てきて、声をかけた。
「す、すいま……」
そう言いながら前に向き直ると、あの男性の姿は無かった。
ついさっきまで目の前にいたのに。
「?」
文江さんが一瞬呆けていると
「あれ、大丈夫ですか?ゴミはあそこの台車使って運んでくださいね。……どうしたんですか?」
店長は文江さんの様子に妙な顔をして首を傾げた。
「いえ、あの、すいません。さっきそこに、もう一人の店員さんがね……薬剤師の先生だと思うんですけど。新しく入ったかたですか?」
「え?」
「長い白衣着たお若いかたで」
「……」
それに店長はより妙な顔をして何故か、あー、と言いながら何度か一人でうなずき、
「いますよね、やっぱり」
と唐突に言った。
「え?」
「いやね、いるみたいなんですよ、ここ。もう一人」
「はぁ?」
「長い白衣で、後ろ向いてたでしょ?」
「ええ」
「それ、うちのもんじゃないんですよ。何だかわからないけど、時々いるんですよね」
その薬店は最近になって量販店の一角に新規開店したのだが、開店当時から、その薬店の店員ではない白衣の男が姿を現していたらしい。たいがいは少し離れた場所に、後ろ姿で。
他の店員も見たものが何人かおり、中には文江さんの様にいきなり真後ろに立たれて驚き、他の売場の担当に変えてもらった人もいるという。
「ここ、こないだ出来たばっかりでしょ。だから僕がここの初代の店長で薬剤師だし。前にこの店で薬剤師さん雇った事もないらしいし。だからどうして白衣着てる人が出るのかもわからなくて。気味悪いし……どうしたらいいのか。やっぱりお祓いしないといけないんですかね。でも店は嫌がってるみたいで。ほら、噂になってもねぇ」
と店長は何か助けを求める様に言った。が、そう言われても文江さんにはどうしようもない。
その日は手早く切り上げて、文江さんは早々とその店を後にした。そしてその店では自社製品はそんなに沢山扱ってくれてはいない事をいい事に、しばらく訪問しなかった。
それから二週間程してたずねた時には、話を聞かせてくれた店長はすでに辞めており、新しく入ってきた女性の薬剤師が薬店店長になっていた。
挨拶がてらに色々と話してみたが、新店長はあの白衣の後ろ姿の男性の事は言わなかった。
その薬店は今も某量販店の中で営業している。




