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千里眼は闇を視る  作者: 弥生紗和


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最終話 本当の夫婦

「薫さん!」


 その時、扉が開く音と同時に高臣の声が聞こえ、薫はハッとなった。バタバタと人が走る音がして、応接室のドアが大きく開き、高臣が部屋に飛び込んできた。


 高臣は樋口を睨みながら、刀を握り青い炎の刀を構えた。


「二人に何をした!」


 高臣が構える青い刀を見た樋口は、不敵な笑みを浮かべた。


「高臣! しくじるなよ!」

「分かっている」


 後からやってきた直弥が高臣の背中に向かって叫び、高臣と同様に青い刀を構えた。


「今上様の命により、妙前高臣が怪異を斬る!」


 その時、樋口はジャケットの内側から拳銃を取り出して高臣に向けた。樋口が拳銃を持っていたことに、一瞬高臣は怯んだが、すぐに剣を握り直した。


 樋口が拳銃を発射する音と、高臣が飛びかかるのはほぼ同時だった。銃弾は大きく逸れて壁に当たり、高臣は突きの構えで樋口の心臓を貫いた。


 青い炎が樋口の体を貫いたその時、薫は目を疑った。樋口の背中から、彼の体よりも大きな黒い塊がぶわっと出てきたのだ。


「高臣様! 怪異が出てきました!」

「何!?」

「壁掛け時計の方です!」


 高臣は怪異を目視できない。薫の指示に合わせ、壁掛け時計の方角を向いて一文字に斬る。少し小さくなった怪異は、今度は天井に上がると頭上から高臣に襲い掛かる。


「真上です!」


 薫の声に合わせて高臣は再び怪異を斬る。更に小さくなった怪異は、今度は直弥の方へ向かう。


「直弥さん、正面です!」

「よしきた!」


 直弥も高臣と同じく怪異が見えない為、薫の声を頼りに刀を振るった。



――そして、ようやく怪異は姿を消した。その場に残されたのは、既に息をしていない樋口の体だった。




「薫さん! 無事でよかった」


 高臣は薫に駆け寄ると、迷いなく薫の体を抱きしめた。薫は高臣の腕の中、ようやく緊張していた身体の力が抜けていく。


「……助けに来てくれて、ありがとうございます」


 薫は震える声で呟いた。


「今上様が、すぐに家に戻れと命じた。何かおかしなものが入り込んでいると。だから急いで車を飛ばしたよ」

「今上様が?」

「榊の木は、今上様の眼でもある。この家におかしなものが入ったら、今上様はすぐに気づいてくださる。今上様の千里眼は、素晴らしい力なんだ」

「そうだったんですね……」


 念の為高臣に知らせようと、春江に電話を頼んでいたが既に帝は異変に気付き、高臣に指示を出していた。宮廷の御所から妙前家までは距離があるが、それでも異変を察知するとはさすが帝の力である。


 ひとしきり薫を抱きしめた後、高臣はハッと思い出したように体を離した。


「薫さん、怪我は!? 春江は大丈夫か!?」

「私は平気です。それよりも春江さんを……」


「私ならこの通り、問題ございません。この樋口という男、恐ろしいほどの怪力でございました。ためらいなく刃を掴み、薙刀を奪われた時はさすがに焦りましたが……」


 春江は平然と立っていた。とりあえず二人が無事な様子に、高臣はホッとしたようにため息をつき、直弥と目を合わせた。


「今は平気かもしれないが、念の為二人とも医者に診てもらおう」

「そうだね。僕がうちの宮廷医の所に連れて行こうか?」

「頼む、直弥。もうじきここに他の隊士がやってくる。彼らが来たら、二人を医者に」

「任せてくれ」


「ところで、この男のことなんだが……薫さん、こいつは千里眼実験の時にいた学者の男に間違いないか?」

「はい、高臣様」

「やはりそうか。薫さん、なぜこいつがあなたを訪ねてきたのか、説明してくれるか?」


 薫は頷き、樋口から聞いた話を全て高臣と直弥に伝えた。




「……こいつ、月縣一族だったのか!?」


 薫の話を聞いた直弥は、驚きながら樋口に目をやる。


「驚いたな。月縣一族が宮廷に気づかれることなく、帝都で学者として暮らしていたのか……しかも、怪異を身体の中に『飼っていた』とは。あり得ないことだ」

「信じられないね。とにかくすぐに、今上様に報告しなければならないな」


 高臣と直弥は深刻そうな顔で、何やらひそひそと話している。


「あの……申し訳ありません。私がこの男を家に入れてしまったせいでこんなことに……」


 薫は二人に向かって頭を下げた。高臣と直弥はきょとんとした後、笑顔で揃って首を振る。


「薫さんが気にすることはない。千里眼実験の時に会っていた学者なら、薫さんが気を許すのも仕方がない」

「そうですよ。誰も彼も疑っていたら、薫さんは誰とも会えなくなっちゃいますよ? 何かあれば我々がお守りしますから、薫さんはそんなこと気にしない!」


 二人の言葉に薫は少しホッとしたが、やはり自分の考えが甘かったと反省するばかりの薫である。樋口が暴れてめちゃくちゃになった応接室を見回しながら、薫はため息をついた。


 そうこうしているうちに、仲間の隊士達がぞろぞろと妙前家にやってきた。通常ならば、怪異退治で亡くなった人間の後始末は警察が行うが、樋口は月縣一族の人間だということで、一旦怪異対策零隊が引き取ることになった。おそらく樋口を色々と調べるのだろう。

 薫と春江は直弥の運転する車で、宮廷に向かった。近衛隊を擁する兵部省の中には宮廷医がおり、二人は医者に診てもらった。薫も春江も自分では怪我はないと思っていたが、どうやら興奮状態で痛みを感じていなかったようで、二人ともあちこち打撲をしていた。幸い大きな怪我にはならなかった為、湿布をもらって帰宅した。



 こうして、樋口の事件は幕を閉じた。樋口は心臓麻痺として処理され、妙前家は平和を取り戻した。



♢♢♢



 月明りの下、薫と高臣は並んで榊の木を見ていた。


「こんな小さな木でも、私達を守ってくれているんですね」


 月に照らされる榊の苗木は、まだ小さく頼りない。それでも帝はこの木を通して妙前家を守っている。そう思えばどことなく、この木に神々しさを感じる薫である。


「榊の木はこれからもずっと、僕達とこの家を守ってくれるだろう」


 高臣は薫に微笑むと、そっと薫の手を握った。薫は高臣のぬくもりを指で感じながら、同じように握り返した。


「……薫さんが無事で、本当に良かった。もしもあなたに何かあったらと思うと、僕は……」

「心配させてしまって、ごめんなさい」

「いや、いいんだ。僕はあなたがこうして無事でいてくれたら、もう他に何も望むことはない」


 真っすぐに、少し照れくさいほど正直に気持ちを話す高臣の顔を見つめていると、薫はなんだか恥ずかしくなり、うつむいた。


「高臣様にそんな風に思っていただいて……少し、恥ずかしい気がします」

「すまない。僕はどうも女性との付き合いが上手くないというか……ちょうどいい言葉を選べない」

「違うんです。その……私は、男の方にそんなふうに想ってもらったことがないので……」


 高臣は恥ずかしそうに俯く薫の顔を、愛おしそうに見つめた。そっと顎に指を添え、薫の顔を持ち上げると高臣は薫に優しく口づけをした。


「私……幸せです」

「僕も幸せだ」


 お互いに見つめ合い、二人は月の柔らかな光の中、静かに抱き合った。



♢♢♢



 樋口の襲撃から一月後のこと。薫の姿は妙前家の本家にあった。


 今日は薫と高臣の結婚式当日である。書類上では既に夫婦である二人だが、近しい身内を呼んで結婚式をすることで、二人が本当の夫婦であることを周囲に知らせる意味がある。


 薫が着ている黒引き振袖は、兄嫁の茉莉恵が着用したものだ。鶴が描かれた豪華なもので、薫はその派手さに躊躇したが、茉莉恵がどうしても薫に着て欲しいと言い張ったのだ。実際に着て見ると見た目よりも上品で、さすが茉莉恵らしい趣味の良さだと薫は思う。


 高臣は「身内を呼ぶだけだから」と言っていたが、実際に結婚式が始まると薫はそれが嘘だったと知る。襖を外し、大きく開け放たれた座敷には大勢の招待客が並んでいたのだ。


(騙された!)


 青くなりながら、隣に座る高臣を見る。高臣も和装姿で、背筋を伸ばした夫の姿はいつもよりも凛々しく素敵だ。思わず見とれそうになりながら、薫は高臣に小声で囁いた。


「……身内だけ招待する、と言っていましたよね?」


 高臣は苦笑いしながら、薫に囁き返した。


「すまない。両親が張り切ってしまって、いつの間にか招待客が増えてしまったんだ」


 座敷にいる招待客は、薫の知らない顔ばかりだ。横濱の財界人や政治家、警察関係、近衛隊の上官らも来ている。知った顔と言えば、妙前家の人間以外は直弥と春江くらいのものだ。これは結婚式という場を借りた、社交の場なのだと薫は理解した。式が終わって宴席が始まると、招待客があちこち歩き回ってペコペコ頭を下げ、挨拶を交わしているのが見える。


 薫と高臣は完全に、座敷に飾られたお人形状態だ。宴席が進み、挨拶にやってくる知らない者らと言葉を交わしながら、薫はただ凝り固まった笑顔を浮かべるのみだった。


「この埋め合わせは、必ずしよう」

「……期待しています、高臣様」


 さすがに疲れた表情を浮かべた高臣に、薫はわざとらしく微笑みを返した。お互いに顔を見合わせ、二人はプッと吹き出す。


 この先もきっと、薫の知らないことが沢山あるだろう。だが高臣がいれば怖くない。薫は気を取り直すと、再び前を向いて両手を揃え、招待客に挨拶をする。


「妙前高臣の妻、薫でございます」



 完

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