第24話 訪問者・1
高臣は宮廷での出来事を報告する為に、一人実家へ帰っていた。あの場では仕方のなかったこととは言え、独断で妙前家の運命まで約束してしまったのだ。だが結果的に二人の結婚は帝のお墨付きとなったこともあり、父は高臣の決断を認めざるを得なかった。帝の千里眼は、人の心の奥底まで覗く力があると言われている。誰もが帝の千里眼の前では嘘をつけない。その力で帝は薫の心を覗き、薫に問題なしと判断したのだ。妙前家がそれに異を唱えることはない。そんなことをすれば、帝の千里眼を疑うことになる。
「――我が妙前家としても、薫さんをお支えすると約束しよう。高臣、薫さんのことをしっかりと守るのだぞ」
「分かっています、父上。妙前家には迷惑をかけないとお約束します」
きっぱりと言い切る息子の顔を、どこか誇らしげに見ていた父親は「うむ」と頷いた。
「……しかし、まさか『あの一族』の末裔が薫さんだとは予想もしていなかったな。ひょっとしたら奴らは、想像以上に我々の生活に入り込んでいるのではないか?」
「そう考えるのが自然でしょうね。我々もより注意をしなければなりません」
「そうだな。高臣、薫さんを向こうに一人残してきたのだろう? 大丈夫なのか?」
ふと心配そうに尋ねる父親に、高臣は笑みを浮かべた。
「平気ですよ。今上様から『榊の木』を賜りました。僕がいない間、怪異は決して入り込めません。それに僕が留守をする間、宮廷が家に警護をつけてくれていますから」
「ほう、手厚いな。ならば安心だ」
♢♢♢
それは高臣が実家に戻る前のこと。家の庭に一本の苗木が植えられることになった。
「これは『榊の木』だ。今上様から賜った、いわゆる『怪異除け』だよ」
直弥が手伝い、高臣と二人でまだ若く小さな苗木を庭に植える。薫は二人が植える様子をじっと見守っていた。
「これが怪異除けなんですか?」
「ああ。今上様のお力で、怪異は家に入ってこられなくなる。あなたの両親のようなことにはならないから安心するといい」
「それなら良かったです」
微笑み会う二人を、直弥はニヤニヤした顔で見ていた。
「薫さん、これからは僕達『怪異対策零隊』もあなたをお守りしますから、ご安心ください」
「ありがとうございます、直弥さん。何から何までお世話になってしまって……」
「気にする必要はありませんよ。これが僕らの役目ですからね。さて、高臣。木も植えたことだし、そろそろ宮廷に戻ろうか」
「そうだな。それじゃあ薫さん、僕は仕事に戻るよ」
「はい、お気をつけて。直弥さんもありがとうございました」
「どういたしまして」
薫に見送られ、直弥と高臣は車に乗り込んだ。
「すっかり夫婦らしくなったじゃないか」
「からかうな」
「別にからかってなんかいないよ。二人が上手くいってるのを見て安心してるだけさ」
「そりゃ、どうも」
ハンドルを握りながら笑顔で話す直弥に、高臣は迷惑そうな顔で答えた。
♢♢♢
高臣が実家に帰っている間、薫は勉強部屋に籠って多くの書物を読んでいた。
彼女が興味を持ったのは、昔の帝一族についてのことである。今と言葉が少し違う為、非常に読みにくいものばかりだが、それでも薫は机にかじりついてなんとか読もうと頑張っていた。どれを読んでも、やはり『月縣』という名前は出てこない。宮廷の話通り、月縣一族は歴史から完全に抹消されたようだ。
祖母と関係を持ったと思われる田中という男は、恐らく月縣一族の末裔だった。名前を変え、身分を隠し、各地を点々としながら生きていたのだろう。そしてある時、滞在していた町の食堂で田中は祖母の志乃と出会ったのだ。
妊娠したことを田中は知っていたのか知らなかったのか、今となっては確かめることはできない。だが志乃は夫の子として父の銀次を生み、そのまま夫の子として育てたのだ。銀次には千里眼の力は現れなかったが、三人姉妹の末っ子である薫にだけ、その力が現れた。銀次は千里眼のことを全く知らなかったので、恐らく銀次は自分の出生の秘密を知らないだろう。祖母の志乃は、生前友人に田中が帝の血を引いていると話していたそうだが、千里眼のことまで知っていたかどうかは分からない。銀次には姉がいるが、姉弟仲も特に悪くなかったようなので、銀次が不貞の上でできた子だということは、家族にも知られることはなかっただろう。
(あんな平和な田舎町でも、大人達は秘密を抱えて生きているものなのね……そう言えば、茉莉恵さんもそんな話をしていたけど)
薫は本から顔を上げ、ため息をついた。
♢♢♢
高臣は二日向こうに泊まり、ようやく妙前家に帰って来た。実家との話もうまくいったようで、高臣の表情も明るい。
「ついでに結婚式についての話もしてきた。だいぶ準備も進んでいて、順調だよ」
一緒に夕食を食べていると、高臣は嬉しそうに報告してきた。
「なんだか、緊張してきますね」
「そんなに肩肘を張ることはないよ。式は本家で行うけど、呼ぶのは身内ばかりだから」
「そうなんですけど……やっぱり緊張します」
高臣は薫が難しい顔をしているのを見て、フッと笑った。
「何ですか?」
「いや、何でもないよ」
ますます眉間にしわを寄せている薫に、高臣は含み笑いをしながら答える。
「……可愛い人だと思っただけだ」
照れたように呟くと、高臣は味噌汁で顔を隠すように飲んだ。
(……可愛いって!)
薫は思わず顔がにやけてしまう。妙前家に来た頃は、こんな日々がやってくるとは考えもしなかった。一緒に食事を取ることも拒絶した高臣を見ながら、薫はこの家がまるで監獄のように感じられ、絶望したものだ。
それが今では朝食はもちろんのこと、夕食も時間が合えば共に食べる。朝食は殆ど薫が用意し、夕食も時折薫が作ることもある。春江は料理上手なので薫の腕もどんどん上達している。最初の頃は薫が台所に立つことにあまりいい顔をしなかった春江だが、今では薫の料理が上達しているのを嬉しそうに見守っている。
♢♢♢
高臣が帰宅し、警護していた近衛隊士も帰り、束の間の穏やかな日々を送っていたある日の昼間。玄関のチャイムが鳴り応対に出た春江は、玄関で何やら誰かと押し問答していた。
「ですから……お帰りください。お約束のない方をお通しするわけには参りません」
「お願いします。せめて私が来たことを薫さんにお伝えいただけないでしょうか?」
(一体何の騒ぎ?)
薫は気になってこっそり玄関を覗いた。訪ねてきたのは男のようで、どうやら薫に用があるようだが、薫自身には全く心当たりがない。
(高臣様に連絡を取るべき?)
薫はちらりと廊下に置いてある電話に目をやった。何かあった時にはすぐに高臣に連絡を取るよう言われている。
「ほんの少し、話をさせていただくだけでいいんです。帝都大学の樋口が来たと言ってもらえれば……」
「……樋口さん?」
思わず薫は声を出してしまった。なぜならその男を知っていたからだ。樋口は大学で心理学を研究している学者だ。薫が見世物小屋にいた頃、客の間で千里眼が本物ではないかと噂になった。ある日樋口が見世物小屋を訪ねてきて力を見たいといい、薫は言われた通りに透視をして見せた。樋口は驚嘆し、この力をもっと詳しく調べるべきだと永田に訴えた。
永田は最初うさんくさい男だと相手にしていなかったが、学者のお墨付きをもらえば、薫の能力はますます有名になりもっと金稼ぎができると考えた。永田は自ら新聞社に売り込み、記者を集めて『千里眼公開実験』を行うことになったという経緯である。
永田の死後、樋口とは全く連絡を取っておらず、彼がどこで何をしていたのかも薫は知らない。そんな樋口が突然、妙前家を訪ねてきた。
薫の声に気づいた樋口は、家の中に向かって声を張り上げた。
「ああ、やはりご在宅でしたか! お久しぶりです、樋口です。実はまた、薫さんに実験のお願いをしたく……」
「ですから! お帰りくださいませ。薫さんはお約束のない方とはお会いになりません!」
春江は樋口の前に立ちふさがり、彼を通さないとやっきになっている。
「ですが、私と薫さんは実験のことで何度もお会いしたことがあるんですよ。知り合いなのに会うこともできないというのは……どうか、少しだけでも薫さんと話をさせていただけませんか? 話が終わったらすぐに帰りますから」
樋口はなかなか諦めない。春江は相変わらず仁王立ちして樋口を通さないようにしているが、薫はとうとう玄関まで出てきた。
「……少しなら、構わないと思います」
「よろしいのですか?」
樋口からは嫌な気配は感じない。それに、門から玄関に来るまでの間には『榊の木』が植えられている。怪異がいればここまで入って来られないはずだ。
春江と薫は悩んだ末、樋口を家の中に通すことにした。
「念の為、このことは高臣様にお伝えしておくべきかと」
「そうですね。春江さん、電話をお願いできますか?」
「お任せください」
少し不安だったが、樋口は純粋に『千里眼』に興味を持っていて、ずっと千里眼の力を研究している男だ。薫とも何度か顔を合わせており、樋口に対する印象も悪くはなかった。
(考えすぎだろうけど、念の為よ)
春江に電話連絡をしてもらうよう頼み、薫は応接室に待たせている樋口の元へ向かった。
♢♢♢
その頃、宮廷の御所にいた帝は、突然目をカッと見開いた。帝の瞳は燃える様な青色に輝いている。
「すぐに妙前高臣に伝えよ。家に妙なものが入り込んだと」
「は……はっ!」
侍従は帝の言葉に慌てて部屋を出ていく。帝は瞳を青く輝かせながら、険しい顔をしていた。




