第23話 薫の決意
薫が帝に恨みを持つ一族の末裔であることが分かった以上、帝の一族にあたる妙前高臣との結婚は認められない――侍従の話を聞いた薫は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「お待ちください! 薫さんが本当に『月縣』の子孫かどうか分からないでしょう。ただちに離婚せよというのは、いささか乱暴ではないですか」
高臣は眉を吊り上げ、侍従を睨むように言った。
「こちら側の調査で、薫殿が月縣の一族側であることは疑いようがないと判断したのだ。月縣の子孫と妙前家の人間が夫婦になることは前代未聞であり、許しがたい」
「しかし、薫さんはどうなるんです!」
「冷静になりたまえ。薫殿については心配無用。我々の目が届く場所で暮らしていただく。薫殿の千里眼も有効に使い、今後の怪異退治にも……」
「……あの!」
その時、薫の甲高い声が広間に響いた。侍従達は一斉に驚いた顔で薫を見る。
「わ、私にも発言をお許しいただけませんでしょうか!」
正座をしたまま手を揃え、口元をきゅっと結び、薫は侍従達に訴えた。
「……よかろう。簡潔に話したまえ」
「……私は、高臣様に見世物小屋から救っていただき、契約結婚という形でしたが、高臣様と夫婦になれて幸せでした。生まれも育ちも全く違う私達ですが、この方と出会えたことは運命だったと思っております」
薫が必死に訴える横顔を、高臣はじっと見つめていた。
「私が月縣という一族の子孫だと聞かされても、私には何がなんだかさっぱり分かりません。私はこれまで通り、高臣様をお手伝いして人々を傷つける怪異を倒したい。この気持ちに少しの迷いもありません。どうか、どうかお願いいたします。私と高臣様を……引き離さないでくださいませ!」
薫は頭を深く下げ、絞り出すような声をだした。それは薫の精一杯の訴えだった。広間はしんと静まり返り、侍従達は困惑したように顔を見合わせた。
その時だった。御簾の向こう側から突然、男の声がしたのだ。
「私が直接話す。御簾を上げよ」
その場にいた全員が驚き、御簾に視線が集中した。薫と高臣が初めて聞くその声は、間違いなく帝のものである。
「き……今上様! よろしいのですか?」
「構わぬ」
帝の返答を聞き、侍従達は大慌てで御簾を巻き取る。くるくると巻かれて次第に御簾の向こう側が見えて来る。高臣はさっと頭を下げ、呆然としていた薫もそれに倣った。
「頭を上げよ」
帝の声に、おずおずと二人は体を起こした。そこには若く、中性的な美しさを持つ男が座っていた。切れ長で涼やかな瞳に透明感のある肌。艶のある髪を長く伸ばし、頭に烏帽子をつけている。
(……こんなに若い方だったなんて)
薫は帝の姿を意外に思った。公には三十歳だとされている帝だが、実際に見るともっと若いように思える。
「妙前薫殿、そなたを近くで見たい。こちらへ」
「は……はい!」
薫は動揺しながらも、言われた通りにおずおずと帝の近くまで進む。帝の正面に座った薫を、帝は体を乗り出してじっと睨むように見始めた。薫は蛇に睨まれたカエルのように、ただじっとその場から動けない。
すると薫を見ていた帝の瞳孔が、青く輝きだした。その輝きには見覚えがある。高臣達が使用する刀に宿る青い炎の光と全く同じだった。帝の瞳はすぐに消え、元通りになった。
「下がってよい」
帝に言われ、薫はゆっくりと後ろに下がる。高臣は戻って来た薫を心配そうに見つめていた。
「確かに、薫殿には邪悪なものは感じられない。そして素晴らしい千里眼を持っているのも間違いない……して、薫殿」
「はい」
薫は帝に話しかけられ、こわばった表情で返答した。
「そなたは、私につくと誓うか?」
「は……はい! もちろんでございます」
「妙前高臣を、裏切らないと誓うか?」
「もちろんでございます!」
今度ははっきりと、帝の目を見て薫は言い切った。
「妙前高臣」
帝は次に、高臣に話しかけた。
「はい、今上様」
「お前は、月縣の子孫である薫殿を妻とし、月縣から妻を守ると誓うか?」
「誓います。僕の全てを、薫さんを守ることに捧げます」
薫の胸がどくんと大きく動いた。高臣は少しも迷わずに、帝にそう言い切った。
「もしも薫殿が月縣の手に落ちるようなことがあれば、妙前家は月縣と同じ運命を辿ることになる。それでも構わないと申すか?」
高臣はじっと帝を見据えたまま、きっぱりと言い切った。
「覚悟の上です」
「ならば、よい。二人の結婚を認める」
「今上様!」
侍従達は再び慌て出したのと対照的に、薫と高臣の表情には喜びが広がった。
「ありがとうございます!」
「この度の恩情、感謝いたします」
二人は揃って頭を下げる。一方で侍従達は次々と帝に訴えた。
「この決定は宮廷として正式なもので……!」
「今上様のお気持ちは分かりますが、この女はあの月縣の子孫ですぞ……!?」
「どうかお考え直しくださいませ!」
「私の千里眼が、薫殿に疑いなしと出たのだ。お前達は私の千里眼が信用できぬと申すか?」
「そんなことは……! 申し訳ありません」
帝に睨まれ、侍従達は青くなって頭を下げた。
「話は以上だ。下がりたまえ」
帝はそう言い残し、御簾は再び侍従の手によって下ろされた。薫と高臣はようやく解放され、御所の外に出されたのだった。
♢♢♢
御所の外で迎えの馬車を待つ間、薫と高臣は二人で並んで立っていた。
「……薫さん」
「はい」
薫が横を向くと、高臣は神妙な顔をして薫を見つめていた。
「あの時、薫さんが僕と引き離さないでくれと言ってくれたこと。僕は嬉しかったよ」
「あ……あれはつい無我夢中で」
薫の顔が突然熱くなる。あの時は高臣と離れ離れになるのが悲しくて、思いのたけをぶつけてしまった。冷静になってみると、帝の前でなんてことを言ったのかと薫は恥ずかしさでいたたまれない。
「薫さんが僕と同じ気持ちでいてくれたって知ることができた。夫婦で同じ気持ちになれることが、こんなに幸せだとは思わなかった」
高臣は薫の頬を愛おしそうに撫でた。
「改めて、あなたに誓うよ。僕はあなたを生涯守り抜くと」
薫は目を潤ませ、何度も頷いた。
「はい……私も、高臣様を生涯お守りします」
二人は目を合わせ、照れたように笑い合った。




