表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千里眼は闇を視る  作者: 弥生紗和


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/26

第22話 薫のルーツ

 薫の両親の怪異退治が終わり、束の間の平和な時間を薫と高臣は過ごしていた。二人が仲睦まじくリビングルームで音楽を聴く姿を、女中の春江は微笑ましく見守っていた。

 休日には薫が台所に立ち、朝食を作るようになった。これまで春江はろくに休みも取らずに休日も働いていたので、これは春江を休ませるという意味もあった。妙前家の台所にも、ガスコンロの扱いにもすっかり慣れた薫は、手際よく朝食の用意をしていく。高臣は薫のご飯を美味しいと言って全て平らげる。そんな毎日に、薫はささやかな幸せを感じていた。


 仲睦まじい二人ではあるが、夜はまだ別々に寝ていた。お互いの気持ちを確かめ合った今、夫婦として一緒に夜を過ごすこともあるだろうと薫は覚悟しているが、今の所高臣からは何も言われていない。

 もうすぐ二人の結婚式が行われるので、高臣はそれまで待つつもりなのだろう。薫は今のままで十分幸せであり、この先の夫婦関係が変わっていくことに少しの恐れがある。薫の気持ちを知ってか知らずか、高臣は薫に対してとても紳士的であった。不用意に触れたり、薫を怯えさせるようなことはしなかった。


 結婚式の準備は着々と進んでいる。高臣は何度か横濱の本家に戻り、両親と打ち合わせをしているようだ。仕事の合間を縫って出かけているので忙しそうだが、いつも上機嫌で楽しそうである。


 そんな平和な毎日を送っていたある日、宮廷から突然呼び出しがあった。高臣と薫、二人で来るようにとのことであった。


「宮廷に行くって、私もですか?」


 仕事を終えて帰宅した高臣を出迎えた薫は、高臣から宮廷に行くように言われ、面食らった。


「ああ。どうやら薫さんに話があるようだ」

「私に話……? 一体何でしょう」


 薫は心配そうな顔で高臣に尋ねる。


「あなたの千里眼について、何か分かったのかもしれない。宮廷はずっとあなたの千里眼のことを調査していた。そんな顔をしないで、大丈夫だ。悪い話じゃないさ」

「……はい」


 高臣はまだ不安そうな薫の手を取り、ぎゅっと握って目を細める。突然宮廷に来いと言われ不安な薫だったが、高臣と一緒ならば安心だと自分を励ますのだった。



♢♢♢



 宮廷からの呼び出しを受けた日。薫は初めて宮廷の敷地内に足を踏み入れた。薫は正装として黒留袖を着ていて、その隣には隊士の制服を着た高臣が付き添っている。宮廷内はとても広く、徒歩ではとても移動できない。二人は宮廷が用意した馬車に乗り、広く整備された道を進んでいた。


 馬車から降りた薫は、帝が暮らす御所を前にして体をこわばらせていた。どこまでも広い青空を独り占めするように建つ巨大な建物に、この国の最高権力者である帝がいる。平民の薫はその姿を見るどころか、近づく機会すらなかったのだ。彼女が緊張するのは当然である。


「薫さん、心配ない。僕がついてる」


 明らかに緊張している薫を気遣い、高臣は薫に向かって微笑んで見せた。だが高臣の表情にも少しの緊張が見える。高臣にとっても帝は雲の上の存在である。帝とは遠縁にあたる彼でも、帝の顔を見ることすら許されないのだ。


 御所に到着した後は、近衛隊士に見張られながら中を移動する。彼らは高臣とは違い『通常の』任務を行う者達だ。制服もそっくりで、傍目には見分けがつかない。彼らは高臣とは顔見知りのようで、お互いに顔を見合わせると無言で頷き合っていた。


 とても長い廊下を、薫と高臣はひたすら歩かされた。途中誰ともすれ違わず、中は不気味なほど静まり返っている。何度か角を曲がり、また真っすぐ歩き、どこまで行くのだろうと薫が不安になったところで、ようやく目的地に到着である。

 通された場所は三つに区切られた畳敷きの大広間で、二人は『上段の間』の前にある『中段の間』に座った。上段の間は御簾みすで目隠しされているので、こちらから上段の間を見ることはできない。

 二人は並んで座り、しばらくその場で待つだけの時間が過ぎていく。やがて入って来たのは帝の侍従達で、全員着物に烏帽子をつけている。まるでここだけ時代が遡ったかのような空気に、薫はどこか現実感がない。



今上様きんじょうさまが参られる。頭を下げよ」


 侍従が薫達にそう告げる。高臣はゆっくりと頭を下げ、薫は慌てて頭を下げてぎゅっと目を閉じた。


 たった今、明らかに空気が変わったと感じ、薫は思わず目を開いた。御簾の向こう側に何かが現れた気配を感じる。周囲に緊張が走ったのも分かった。布がこすれる音がして、誰かが御簾の向こう側に歩いて行ったのが分かった。


(……今、私は帝の前にいるんだわ)


 ぞわぞわと鳥肌が立つのを薫は感じた。体の上に感じる帝の気配は重く、そして大きい。圧倒的な権力者の匂いを、この時薫は初めて感じた。



「頭を上げよ」


 ようやく御簾から出てきた侍従に促され、二人はようやく頭を上げる。続いて侍従は一歩前に出ると分厚い書物を開き、それを見ながら薫と高臣に向かって話を始めた。


「妙前薫殿の千里眼について、我々宮内省が調査した結果をお伝えする。薫殿の祖母、一ノ倉志乃殿は大工の夫が怪我をして働けなくなった為に自分で食堂を開いた。このことは知っておるな?」

「は、はい……その通りです」


 宮廷はそこまで調べているのかと驚きながら、薫は返事をした。


 薫の祖父は祖母の食堂を殆ど手伝わず、昼間はふらふら飲み歩いて夜に寝に帰るような毎日だった。乳飲み子を抱えながら一人で頑張っていた祖母に、ある常連客の一人が子守りや買い物などを手伝うようになった。その常連客はよそから引っ越してきた男で、名を田中と言った。


 しばらくすると、田中はまた別の場所へ働きに行くと言い、町から姿を消した。祖母の妊娠が分かったのは、それから少し経った頃のことだった。そうして生まれたのが、薫の父である銀次であった。


 祖母と田中という男の話は、薫にとって初めて聞くものだった。祖父母は薫が幼い時に亡くなっていたこともあり、彼らに関する話は殆ど知らない。薫が知るのは、実家の食堂を開いたのは祖母で、父が食堂を受け継いだということくらいのものだ。


(ということは、まさか……お父さんとお祖父さんは、本当の親子じゃない?)


 薫は侍従が話す声が、どこか遠くに聞こえるような気がした。祖母が不貞を働いたかもしれない、などということは全く考えもしてこなかったことだ。父がそのような話をしていたこともなければ、周囲から噂を聞くこともなかった。


「田中という男を調べたが、その後の行方を突き止めるには至らなかった。我々の結論としては、この田中という男が『千里眼』を持っていた可能性が高い。千里眼の力は孫の薫殿に現れたと思われる」


「田中という男は、何者なのですか」


 じっと話を聞いていた高臣が、侍従に尋ねた。


「まず、その男の名前だが『田中』というのは本名ではないと思われる。一ノ倉志乃は生前、友人に『田中さんは帝の血を引いている高貴な方だ』と話していたそうだ。友人は田中の嘘だと思い、本気にしていなかったようだが」


「今上様の血を……?」


 怪訝な顔で高臣は眉をひそめた。帝の血を引いていると嘘をつく人間はどこにでもいる。祖母の友人がその話を真に受けなかったのは当然と言える。


「妙前殿。名前を変え、姿を隠し、ひっそりと生きる一族をそなたも知っているであろう。我々はその男こそが、一族の生き残りに違いないと考えている」


「まさか……」


 高臣は小さく呟いた。薫が横を見ると、高臣は目を大きく見開き、動揺しているようだった。高臣は侍従の話に心当たりがあるようである。薫には何の話かさっぱり分からずオロオロしていると、侍従が薫の方を見た。


「薫殿にご説明しよう。これは遥か昔、わが国が創られた頃の話である。今上様の一族の中に、反乱を起こし自らが帝になろうとした者がいた。反乱者は処罰され、一族全てが帝都から追放された。そしてこの国の歴史から、彼らの存在そのものが抹消されたのだ」


 侍従から聞かされた話の全てが、薫にとって初耳であった。高臣と結婚するにあたり、春江からこの国の歴史についても学んでいたが、今の話は聞いたことがない。息を飲みながら薫は侍従の話を真剣に聞いていた。


「奴らは宮廷に恨みを抱き、やがて一族の中に黒い蛇を身体から生み出す者が現れた。それが、我々が『怪異』と呼ぶものの正体である。人々の心の隙に取り憑き、やがて命を食らう化け物。一族は東北へ逃れ、自分達を追放した宮廷を恨み、怪異を増やすことで我が国を混乱に陥れようとしているのだ」


 帝の一族との権力争いに破れ、東北に追放された彼らは名前を変え、正体を隠しながら東北でひっそりと生きていた。苗字を奪われ、歴史から消された一族。彼らはやがて恨みから『怪異』を生み出すようになった。元々は同じ一族であった帝は、怪異を見破ることができた。そうして長い歴史の中、宮廷は怪異と戦ってきたのである。


 薫に宿った千里眼の力は、追放された一族が持つ力だったのだ。宮廷がいくら調べても、薫の力が誰から受け継いだのか分からなかったわけである。


「その一族の名は『つきがた』という。苗字を奪われた一族を我々が公に呼ぶことはない。名前は怪異に力を与えることになる。それゆえ我らはあの化け物を『怪異』と呼び、名前をつけることをしない。人々に怪異を伝えることもない。人々に知られるほど、怪異は力を増すからである」


(月縣……その一族が、怪異の原因?)


「そして薫殿の祖母と関係があったと思われる『田中』という男は、月縣の子孫であった可能性が高いと思われる。この調査結果を踏まえ、宮廷からの結論をお伝えする」


 薫と高臣は同時に顔をこわばらせた。


「薫殿が月縣の子孫である以上、二人の結婚は以降認められない。ただちに離婚するよう、二人に申しつける」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ