第19話 薫の葛藤
「……高臣様。怪異を退治していただいて、ありがとうございました」
改まって薫がお礼を言うと、高臣は穏やかな笑みを返した。
「あなたの両親が無事でよかった。怪異の気配はもうないね?」
「はい、もう感じません」
「それなら安心だ。二人はじきに目を覚ますだろう。これまでのことをどこまで覚えているか分からないが……怪異に取り憑かれ、おかしくなっていたのだろうな。さっきは僕に金の無心をしてきた」
薫の顔がますます暗くなった。
「……やはりそういうことでしたか。この二人が私をわざわざ訪ねて来るなんて、見世物小屋にいた頃だってただの一度もなかったのに」
睨むように両親を見下ろしている薫を見た高臣は、心配そうな顔をしている。さっきからずっと暗い顔をしている薫が気になった高臣は、薫の前に立った。
「薫さん。両親とのことで、何か気になることでもあるのか?」
薫は目を見開き、次にふっと微笑んだ。
「本当に、高臣様は何でもお見通しなんですね」
「あなたの様子がずっとおかしいのが気になっていた。両親を助ければ元に戻るかと思ったが……あなたの顔は暗いままだ」
薫はちらりと両親に目をやると、窓辺まで歩いた。窓の外を眺めながら、薫はぽつりぽつりと話し始めた。
「……さっき、高臣様は私に『今なら二人を救える』と言いましたよね。私はあの時、別のことを考えていたんです。私は……あの二人がこのまま助からなければいいと思ってしまいました」
高臣は薫の話を、表情を変えずにじっと聞いていた。
「両親のことを思い出していました。私は両親の店を手伝っていて、あの日も買い出しから帰ったところでした。家に永田が訪ねてきていて、私の千里眼の力は金になると言われ……両親は永田の話にすっかり乗り気で、私に帝都へ行けと言ったんです」
薫はぎゅっと目を閉じた。永田と両親は部屋でずっと話をしていて、薫は店の掃除をしてこいと追い払われた。まさか帝都から来た男の話など真に受けないだろうと薫は思っていた。だが、薫が両親の所に戻った時には既に話はついてしまっていた。
「何で……? 何で私が帝都に行かなくちゃいけないの?」
「薫は帝都で有名になれるんだって! 有名になったらいっぱいお金を稼げるそうだよ! いい話じゃないか。ここにいたって好きな着物一つ買えやしないだろ? 帝都に行ったら好きな着物でも何でも買えるようになるとさ!」
目をギラギラさせた母の敏江が薫に詰め寄り、父の銀次もそれに同調した。
「お前のその、千里眼とかいうおかしな力がまさか金になるとはな! 帝都に行って散々稼いだら帰ってくればいいさ。永田さんはお前の住むところも食うものも、何もかも面倒見てくださるそうだぞ!」
「嫌よ、お父さん、お母さん。私は帝都なんか行きたくない」
「我がまま言うんじゃないよ! こんないいお話、二度とないんだよ!?」
「そうだぞ、もう永田さんとは話がついてるんだ。今更断れん」
薫は両親に食い下がったが、結局そのまま帝都に行くことになってしまった。両親が永田から金を受け取ったと知ったのは、薫が永田の見世物小屋についてからのことだった。
「お前はあの親に売られたんだよ。俺が金を見せたらころっと態度を変えてな。悲しいか? 親なんてそんなもんだ。俺の親だって似たようなもんだったよ。子供なんて金喰い虫か金づるか、どちらかしかねえんだ。分かったら現実を受け入れろ」
絶望の中で始まった生活の中で、薫は徐々に希望を失っていった。両親に裏切られた悲しみと憎しみは、彼女の生きる力となった。薫は永田から給料をもらえたが、それは僅かなものだった。薫の舞台衣装代、食事代、布団代……永田は様々な理由をつけては給料から引いていき、薫に金を持たせないようにしていた。自由を奪われた薫はやがて考えることをやめ、ただ客の前で千里眼を披露し続けた。
「突然永田に連れ出され、お前は両親に売られたんだと言われた時のことは今でも忘れられません。私は、怪異に取り憑かれた両親がこのまま助からなければいいと……そんなことを思ってしまう自分が恐ろしくて……」
薫は高臣に背を向けたまま、自分の気持ちを打ち明けた。こんなことを話せば彼に軽蔑されるかもしれないと思いながら、薫の言葉は止まらなかった。溢れ出す水のように彼女の体から言葉が次々と出てきた。高臣は薫の背中をじっと見つめながら、黙って話を聞いていた。
薫の言葉がようやく止まると、高臣は前に出て薫の肩にそっと手を置いた。薫は体をビクッとさせて振り返る。そこには薫をじっと見つめる高臣の顔があった。
「すまなかった。僕は、あなたの気持ちを分かっていなかった」
「……いいえ。高臣様は私の心にいつも寄り添ってくれます。いつも、いつも……高臣様は私の支えになってくれました」
高臣はそっと薫を抱きしめた。高臣の体に包まれた薫の凍った心はやがて溶けていき、薫の口から温かい吐息が漏れた。
薫は顔を上げ、高臣をじっと見つめる。高臣はそれに応えるように唇を薫の唇に重ねた。薫の熱が高臣に流れ、高臣の熱が薫に流れた。
この時、二人の気持ちは完全に一つになっていた。




