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千里眼は闇を視る  作者: 弥生紗和


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第16話 お茶会

 翌朝、薫は台所でもくもくと鰹節を削っていた。味噌汁に使う為の鰹節を、削り器に当てて小気味よく削る。鰹節を睨むように見つめながら、薫の心は上の空である。


(私、高臣様とあんなことを――!)


 屋形船での出来事を思い出すと、薫は顔から火が出そうだ。


『あなたは――とても綺麗だ』


 そう言って自分を見つめる高臣の優しい目を思い出すと、薫はますます落ち着かなくなった。男性からあんな風に気持ちを伝えられたことはなかった。下心にまみれた薄汚れた男達の顔は大勢見てきたが、薫を愛おしそうに見つめ、優しく抱きしめてくれる男は高臣が初めてだったのだ。


(あんな男の人もいるんだ……)


「薫様、そろそろ鰹節の用意はできましたか?」


 高臣のことを考えながらひたすら鰹節を削っていた薫は、春江から声をかけられて飛び上がりそうなほど驚いた。


「あ! ごめんなさいぼんやりしちゃって。もう用意できてます!」


 慌てて削り器の引き出しを開けると、みっちりと詰まった鰹節がぶわりと溢れ出てきた。


「……すみません、削り過ぎちゃいました……」

「構いませんよ。でも薫様、今日はお疲れのようですからあまり無理なされない方が……」

「いえ! 疲れてないので平気です」


 心配そうな春江に、ごまかすような笑顔で応える薫であった。




 ダイニングルームに現れた高臣は、薫の予想に反していつも通りの顔だった。


「おはよう、薫さん」

「お、おはようございます」


 そわそわしているのは自分だけか、と薫は少し恥ずかしくなる。高臣はいつもと同じようにご飯を食べ、食事を終えるとお茶を飲みながら新聞に目を通していた。だが、心なしか高臣は薫と目を合わせないようにしているようにも見える。


「あの……高臣様」


 薫が新聞を読む高臣に話しかけると、高臣の肩がビクッと揺れた。


「何だ?」


 顔を上げた高臣の顔は、明らかにこわばっている。


「昨夜は……花火大会に連れて行っていただき、ありがとうございました。とても……楽しかったです」


 薫は俯きながら恥ずかしそうに言い、湯呑みを手に取ると一口飲んだ。高臣は薫のはにかんだ顔を見つめた後、視線を落ち着きなく動かした。


「……僕も、楽しかった」


 ボソッと呟き、ごまかすように高臣は新聞をガサガサと広げた。高臣の言葉を聞き、薫はパッと目を輝かせて顔を上げる。


(高臣様も、私と同じ……?)


 どうやら昨夜の出来事の後、落ち着かなかったのは薫だけではないらしい。そのことに気づいた薫は吹き出しそうになるのをこらえながら、湯呑みに口をつけた。



♢♢♢



 ある日の午後、黒塗りの大きな自動車が妙前家の前で停まった。運転手がドアを開け、中から降りてきたのは派手なワンピース姿の茉莉恵だった。真っ白な日傘を開き、傘の向こうに見える西洋風の一軒家を見上げた茉莉恵は、ゆっくりとした足取りで玄関に向かった。


「茉莉恵さん、お待ちしておりました!」


 玄関で出迎えた薫は、青紫色の着物姿だ。日傘を持ち、花柄のワンピースを着ている茉莉恵は、まるで活動写真に出てくる女優のように華やかである。


「突然お誘いしてごめんなさいね、薫さん」

「いいえ、茉莉恵さんに誘っていただいて嬉しいです!」


 この前日、妙前家の電話がいきなり鳴った。妙前家には、巷ではまだ珍しい個人用の電話がある。怪異対策零隊に所属する隊士は、緊急の呼び出しに応じる為に宮廷と電話で連絡が取れるようにしてある。もちろん、妙前家の本家にも電話はあるというわけだ。

 電話をかけてきたのは茉莉恵だった。茉莉恵は薫を呼び出すと、明日用事で帝都に行くから一緒にお茶でもどうかと誘って来た。先日本家に行った時に「ぜひお茶でもいかが?」と茉莉恵から言われていたが、社交辞令などではなく彼女は本気だったのだ。


 高臣には何と言われるだろうと心配した薫だったが、帰宅してきた彼に茉莉恵から誘われたことを話すと、高臣は笑顔で「行ってくるといい」と話した。


「いいんですか?」

「もちろん。最近は怪異の情報も少ないし、すぐに出動することもないはずだ。夜までに帰るのであれは、問題はないよ」

「……ありがとうございます! 茉莉恵さんお勧めのケーキがあるお店に連れて行ってくださるそうなんです。私、ケーキを食べたことがないので楽しみです!」

「それは良かったな。楽しんでおいで」


 薫は嬉しそうに微笑み、その顔を高臣は眩しそうに見つめる。花火大会へ行ってから、二人の仲はまた一段と近づいた。高臣は薫によく笑顔を見せるようになり、薫も高臣に話しかける機会が増えた。


 契約結婚の条件として薫は『怪異退治に備えて、呼び出しにすぐ応じられるようにしておく』という約束を結んでいる。それ故に薫は、これまで一人で自由に外出することがなかった。欲しいものがあれば春江に頼んでお店側から来てもらう、という生活だったのだ。


 薫はこれも契約だからと、妙前家での生活を受け入れていた。だが正直なところ、家にいて華族やマナーについて学ぶ毎日にうんざりしていたのは事実である。そんなところに来た茉莉恵からのお誘いは、薫にとっても楽しみだった。



♢♢♢



 茉莉恵が薫を連れて行った先は『帝都ホテル』だった。

 ここは外国人や宮廷の役人などがよく利用するホテルで、薫はホテルを間近で見ることすら初めてである。車を降りた薫は、大きなホテルを見上げてあぜんとしていた。


「茉莉恵さん、あの、美味しいケーキを食べに行くと聞いていたんですが……」

「そうよ? ホテルの中にあるの。さあ、行きましょう」


 すました顔で茉莉恵はバッと日傘を開き、当然のような顔で堂々とホテルの玄関へ向かう。薫はそれを追いかけるようについていくことしかできない。ドアマンは茉莉恵を見ると「お帰りなさいませ」と言って頭を下げた。


(茉莉恵さんはここに泊まっているのかな?)


 ホテルの中に入り、天井の高いロビーを見て薫はぽかんと口を開ける。妙前家の本家に行った時もそうだったが、ここもまた別世界だった。本家はお殿様のお屋敷みたいだと思ったが、帝都ホテルはまるで違う国に迷い込んだような空気の違いがある。すれ違う客らしき男性は明らかに外国人で、もう一人の外国人と耳慣れない言葉を話している。


 茉莉恵は慣れた様子で先を歩き、薫を連れて喫茶店のような場所に入った。ここはラウンジという所のようで、珈琲や紅茶、ちょっとした軽食などが食べられるのだという。店員に案内され、二人は窓際のテーブルに着いた。窓からはホテルの庭園が見える。ラウンジはとても静かで、客はわずかだった。


 茉莉恵に勧められるまま、薫はケーキと紅茶を頼んだ。頼んだものが来るのを待つ間、二人は早速世間話に花を咲かせる。


「今日は父の手伝いで帝都ホテルに来ているの。今夜、父がお客様を招いてパーティーを開くのだけど、お客様が外国の方ばかりだから、通訳の手が足りなくて」

「じゃあ、このホテルに泊まってるんですか?」

「今夜だけよ。息子を置いてきたから明日には帰らなきゃいけないしね。せっかく帝都に来るから薫さんに会いたくて、今日は早めに出てきたというわけなの」

「そうだったんですね、わざわざすみません」


 恐縮する薫に、茉莉恵は微笑みながら首を振った。


「こちらこそ、急にお誘いしてごめんなさいね。ご迷惑じゃなかったかしら?」

「とんでもない、私もお会いしたかったです」

「良かった。ここのケーキはとても美味しいのよ。私も数えるほどしか来たことはないけど、帝都ホテルに来たら必ず食べると決めているの」

「楽しみです。ケーキを食べたことがないので……」

「まあ、そうだったの? それなら尚更食べた方がいいわ」


 二人は顔を見合わせて笑い合う。そうこうしているうちに、二人の前にケーキと紅茶が並べられた。上に白桃が飾られたショートケーキ。その美しい見た目に薫は目を奪われた。


「美味しそうです……!」

「本当ね。さあ、いただきましょう?」


 一口ケーキを口に運ぶと、ふわふわした食感と甘い香りが口の中いっぱいに広がり、薫は思わず目を閉じて「美味しい!」と呟いた。


「でしょう? 薫さんが喜んでくれてよかったわ」

「ありがとうございます、茉莉恵さん。こんな素敵なお店に連れてきていただいて」

「いいのよ、私もケーキが食べたかったからいい理由になったもの」


 薫と茉莉恵は見つめ合い、お互いに笑う。先日会った時の印象のまま、茉莉恵は気取りがなく楽しい女性だ。その後も二人は世間話をしながら、美味しいケーキと紅茶を楽しんでいた。


「この際だから聞いちゃうけど……あなた達、夫婦として上手くいっているの?」


 茉莉恵は興味を隠し切れない顔で薫に聞いてきた。二人が契約結婚であることは、当然茉莉恵も知っている。薫と高臣がぎこちない夫婦なのも見ているのだ。


「上手くいっているかは分からないですけど……でも、高臣様にはよくしていただいています」


 薫は少し恥ずかしそうに答えた。


「そう、安心したわ。嫌な思いはしていないのね?」

「はい、毎日楽しく暮らしています」

「良かったわ……いきなり環境の違う所に連れてこられて、薫さんも大変だったでしょう? 高臣さんも愛想のいい方じゃないし……」

「そうですね。最初は……大変でした」


 薫はすっかり冷めた紅茶を見ながら呟いた。いきなり華族の妻になり、夫となった男は薫に素っ気なく、これからこの冷たい人と夫婦となるのかと薫は落ち込んでいた。春江に華族について学べと言われ、毎日机に向かう日々。その他にもテーブルマナーや挨拶の仕方など、様々なことを一から学んだ。逃げ出したいと思ったことがないと言えば嘘になる。


「でも、私の『千里眼』が誰かの役に立つかもしれないと……そう思ってからは、ここで頑張ってみようと思ったんです」


 薫は人々に気味悪がられ、見世物として面白がられるばかりの人生だった。このまま見世物として一生を終えるか、高臣についていって怪異退治の手伝いをするか――見世物小屋に高臣がやってきたあの日、薫は人生の選択を迫られ、高臣を選んだ。今の人生も大変だが、少なくとも見世物小屋にいた頃のような絶望感はない。


「そうね。千里眼は本当に貴重な力なの。私の息子も、まだ力があるかどうか分からない。もしかしたらこのまま力が現れないかもしれないわ。今のままでは、百年も待たずに千里眼を持つ者は絶滅すると言われているの」

「そんなに、深刻なんですか」


 薫は息を飲んだ。千里眼を持つ者は減っていると聞いていたが、どうやら薫の想像以上に状況は深刻なのかもしれない。


「だからこそ、薫さんにはみんな期待しているわ。志堂様も省吾さんも、口ではあれこれ言っているけど薫さんを手放したくないのは本当なのよ。ただね、華族の中にはいまだに血筋がどうだと口うるさい人も多いの。でもね……怪異退治ができなくなった華族を、宮廷が守る価値があるかしら? このままでは華族の存続自体も危ぶまれるというのに。彼らは現実を見つめるべきなのよ」


 茉莉恵はため息をついた。彼女は妙前家のことや華族の未来について憂いている。特権階級と言われる華族に嫁いでも、茉莉恵はどこか不安なのかもしれない。


「そんな貴重な力なのに、どうして私に千里眼があるんでしょう……」


 ふと呟いた薫の顔を、茉莉恵はじっと見つめた。


「宮廷も薫さんのことに随分関心があるみたいよ。あなたの実家のこととか、色々調べているらしいわ」

「そうですか……でも、私の実家は何もない家です。調べても何も出ないと思うんです」

「分からないわよ、あなたの生まれる前のこととか……ほら、大人って色々隠すから」


 茉莉恵はニヤリと笑い、紅茶を一口飲んだ。薫も苦笑いしながら茉莉恵を真似るように紅茶を口に運んだ。



♢♢♢



 一方、妙前家では春江が慌てた様子で廊下を歩いていた。廊下には電話が置いてある。春江は思い詰めたような顔で受話器を持ち上げると、どこかへ電話を掛けた。

 妙前家の電話は、普段使われることはあまりない。基本的には宮廷との連絡に使われる。高臣がいない時に何かあった場合には、すぐに電話で知らせるようにと春江は高臣から言われていた。


 妙前家の応接室には来客が二人いた。着物を着た中年の男女で、部屋の内装を見ながらあれこれ話をしている。


 春江は電話に出た高臣に、慌てた声で告げた。


「高臣様、すぐお戻りください。薫様のご両親が訪ねてきました」

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