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千里眼は闇を視る  作者: 弥生紗和


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第13話 実家訪問

 ある晴れた休日。今日はいよいよ高臣の実家へ訪問する日である。高臣の実家は帝都より西にある横濱よこはまという街にあるといい、帝都にある高臣の家からは車で向かうことになった。

 薫は春江に手伝ってもらい、三坂屋で註文した華やかな訪問着に着替えた。帯留めはもちろん高臣にもらったものだ。まとめ髪にきらりと光るかんざしも高臣からのもの。暑いので高臣からもらった扇子もしっかり帯に差している。

 高臣は三つ揃えのスーツを着ていて、中折れ帽を被っていた。夏らしい淡い灰色で、高臣の爽やかな雰囲気によく似合っている。


 運転手の牧野がハンドルを握り、二人は自動車の後部座席に乗った。お昼過ぎに向こうに到着予定だ。宿泊はせずに日帰りである。

 車の窓を開け、夏のカラッと乾いた風が車を通り抜ける。なんとなく外の景色を眺めていた薫は、あちこちに花火大会を知らせるポスターが貼られていることに気づいた。


「花火大会……」

「興味があるのか? 花火大会に」


 思わず呟いた薫の一言に、高臣が反応する。薫はごまかすように笑い、首を振った。


「有名な花火大会ですよね。行ったことはないんですけど、見世物小屋から音だけは聞こえたんです」

「ああ……確かにあの場所なら、音は聞こえるだろうな」

「高臣様は、観に行ったことは?」

「僕も観に行ったことはないんだ。仕事中に偶然花火が上がっているのを見かけたことはある。花火大会当日はあの辺りの混雑が酷くて、移動もままならないんだ。困ったものだよ」


 高臣は顔を歪めながら話す。どうやら彼は花火大会には少しも興味がないようだ。


「そんなに混雑するなんて、きっと凄い花火が見られるんでしょうね」

「まあ、そうだな。帝都一の花火大会だとは聞いている」

「へえ……」


 薫は笑みを浮かべながら頷き、再び通りの景色に目をやった。再び車内は静かになり、景色がどんどん流れて行った。



♢♢♢



 やがて着いた高臣の実家である妙前家の本家。港町を通り抜けて山道を上がった先に、周囲を木々で覆われた大きなお屋敷があった。まるで武家屋敷のような、古めかしい日本家屋である。高臣と暮らす家は西洋建築の小さな(本家と比べれば、である)一軒家だが、本家は薫が思わず身をすくめるほどの迫力あるお屋敷だ。正門から屋敷に繋がる道は細かい砂利が敷き詰められ、手入れされた美しい庭園が目に入る。松の枝一つとっても完璧で、どこを切り取っても絵のような美しさだ。


 車から降りた薫は、本家の迫力に圧倒されていた。


(高臣様って、こんな家で生まれ育ったの……?)


 まさに『世界が違う』と言うほかない。本来ならば道ですれ違うことすらなかったであろう二人が、今こうして並んでいることが、薫には不思議でならない。

 ちらりと薫が横を見ると、彼は彼でなんだかこわばった顔をしていた。


(私が何か粗相をしないか、心配しているのかな)


 薫が失敗すれば、それは夫である高臣に恥をかかせることになる。薫は今一度気を引き締めた。昨夜遅くまで妙前家についてのことは復習しておいたし、同席する親族のことも調べてある。屋敷での振る舞いも、春江に見てもらいながら練習した。


(春江さんも大丈夫って励ましてくれたんだから、きっと上手くいく)


 屋敷を見上げ、薫は深呼吸をした。


「では、行こうか」

「はい」


 高臣に声をかけられ、薫は小さく頷いた。



♢♢♢



 一体何人入れるのかと思うほどの広い座敷に、薫と高臣は並んで座っていた。二人の正面に大きな座椅子が置かれている。これは恐らく妙前家当主、つまり高臣の父親である「妙前志堂みょうぜんしどう」が座る場所だ。座椅子の横には更に三つ座布団が敷かれている。


 薫が緊張しながら待っていると、いよいよ高臣の父親と、それに続いて他の家族もやってきた。まず父親の志堂が座った後、横にそれぞれ家族達が座った。


(お父様の隣は、お母様の鶴子つるこ様ね。その隣は高臣様のお兄様で、修吾しゅうご様。妙前家の次期当主になられる方ね。そして修吾様の横にいらっしゃるのが、奥様の茉莉恵まりえ様。貿易商の娘で、本人も海外に行った経験があるとか……)


 彼らの顔を見ながら、薫は頭の中で復習する。高臣の兄、修吾は怪異対策零隊の横濱支部にいるので、高臣と顔を合わせることは殆どない。春江からの情報によると、高臣との兄弟仲は「非常に悪い」という。

 修吾にも千里眼の力は授からなかった為、元々は千里眼を持つ高臣の双子の弟、高明が妙前家を継ぐ予定であった。だが高明が病で亡くなってしまい、代わりに修吾が跡を継ぐことになった。修吾は高臣よりも更に威圧的な顔つきで、近寄りがたい雰囲気がある。

 隣に座る茉莉恵は貿易商の娘で、何不自由なく育ったお嬢様だ。変わった柄の着物を着ていて、帯の色も鮮やかだ。髪の毛は下ろした状態でふんわりと巻いていて、頭に大きなリボンを付けている。薫から見てもかなりお洒落だ。横濱は外国との貿易が盛んで、外国文化が多く入っている土地だという。そこで育った茉莉恵も外国の影響を受けているのだろう。


 そして妙前家当主である高臣の父、志堂は鋭い目つきで息子をじっと見ている。一体何を言われるのだろうと、隣の薫にも彼の緊張が移る。


「高臣。ようやく薫さんを連れて来たな」

「ご無沙汰しております、父上」

「どんな女性かと思ったが、素敵な人じゃないか」


 薫は志堂の反応が意外だった。てっきり嫌味の一つも言われるかと身構えていたのだが、志堂の口ぶりから敵意は感じない。


「可憐なお嬢さんね。何か高臣が迷惑をかけていないかしら?」


 横の鶴子も穏やかな笑みを浮かべながら、薫を気遣ってきた。


「薫でございます。高臣様にはいつも良くしていただいております」


 薫は慌てて頭を下げた。修吾も茉莉恵も、薫に刺々しい所はない。型通りの挨拶を済ませると、志堂は再び、高臣に対して厳しい顔に戻った。


「薫さんには『契約のあいだ』不自由なく過ごしてもらわんといかん。ちゃんと面倒を見ているんだろうな?」

「はい、父上」


(契約のあいだ?)


 急に薫の胸がざわつき始めた。二人の契約結婚については、特にいつまでと期間を決めているわけではない。高臣が離婚を言い出さない限りは、ずっと契約婚を続けていくものだと薫は思っていた。


「薫さんも、いつまでもお前に縛られていては年を取る一方だぞ。早くお前の妻となるべき人を探し、薫さんを解放して差し上げなければ」

「父上!」」


 薫は指がすうっと冷たくなるのを感じた。一方の高臣は明らかに慌てている。


(解放って?)


 薫は不安を隠せない表情で高臣の横顔を見た。


「何だ、高臣」

「以前から申し上げている通り、僕はこの結婚を解消するつもりはありません。大体、今まで散々探しても『千里眼を持つ令嬢』など見つからなかったではないですか。今後薫さんの他に千里眼を持つ令嬢が、都合よく現れるとは思えません」

「分からんじゃないか。東にはいなくとも、西を探せばいるかもしれん」


――ああ、そういうことか――薫はこの時、ようやく腑に落ちた。薫が妙前家に来てすぐ、高臣は本家に帰り色々と説得をしていたと直弥が話していた。志堂は千里眼を持つ令嬢と高臣が結婚することを望んでいた。だが相手は見つからず、両親は仕方なく平民の薫を「条件の合う令嬢」が見つかるまでの間、妻として認めることにしたのだろう。高臣はその条件を飲んだのだ。


(だからこの人達は、私に優しいんだわ。私が本当の妻じゃないから――)


 薫は段々夢から覚めてくるような感じがした。考えてみれば当たり前のことだった。いくら千里眼があるからと言って、由緒正しい妙前家の男と平民である薫が結婚など許されるはずがなかった。妙前家が欲していたのは薫が持つ千里眼の力だけだ。薫の力を利用する為、契約結婚という形で独占しようとしたに過ぎなかったのだ。


(千里眼を持つ、ちゃんとした方が見つかれば、私は捨てられる。当然のことよね……)



「父上、母上。兄上も茉莉恵さんも聞いてください」



 その時、空気を引き裂くような高臣の鋭い声が広い座敷に響いた。



「この際だからはっきりと申し上げておきます。仮に、千里眼を持つ他の令嬢が見つかったとしても、僕の妻は薫さんです」



 薫は思わず高臣を見た。高臣は背筋をすっと伸ばして真っすぐに父を見据え、その表情には少しの迷いもない。


「僕は薫さんが望む限り、彼女と別れるつもりはありません。そのことを今日はお伝えしようと思い、ここに来ました」


 高臣の言葉が信じられず、薫は横を見ながら呆然としていた。


「……フン、高臣。その平民にかどわかされたか」


 兄の修吾は小馬鹿にしたように笑った。高臣は兄を強く睨みつける。


「兄さん。薫さんに失礼な言い方をするな」

「お前こそ、次期当主の僕に向かってその言い方は何だ?」

「おやめなさい、二人ともみっともない」


 母の鶴子が睨み合う兄弟に割って入る。


「高臣、お前とは少し話し合った方が良さそうだな」

「ええ、構いませんよ父上。分かっていただくまで、今日は帰りません」


 志堂と高臣も睨み合い、険悪な雰囲気だ。どうしようと思っていると、それまで黙っていた茉莉恵が口を開いた。


「それなら、親子でじっくりと話し合ってくださいな。ねえ、薫さん。待つ間、私と一緒にお茶でもいかが?」

「……は、はい」


 茉莉恵は突然薫を誘って来た。彼女の意図は分からないが、ここは茉莉恵に従わざるを得ない。ここにいても親子喧嘩に巻き込まれるだけだ。

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