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千里眼は闇を視る  作者: 弥生紗和


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第12話 おくりもの

 一緒に活動写真を観に行ってから、薫は高臣の態度が少し変わったように感じていた。朝食の時、普段通りにダイニングルームに現れた高臣に薫が挨拶をすると、高臣は「おはよう、薫さん」と名前を呼んだ。ご飯を食べている時に「このご飯、美味しいよ」といきなり言ってきて薫を驚かせた。ご飯を炊いていることは高臣に話していなかったのだが、いつの間に彼は気づいていたのだろう。

 食べ終わって新聞を読んでいる高臣に薫がお茶を淹れると、高臣は顔を上げて「ありがとう」と言った。今まではお茶を淹れても無言か「ああ」などの一言が返ってくるだけだった。


(なんだか高臣様、妙に機嫌がいいような)


 出勤を見送る時も、高臣は薫の目を見て「行ってくる」と告げた。今までは靴を履きながら「行ってくる」か、背を向けたままこちらをちらりと見ての「行ってくる」だったのだ。高臣は明らかに機嫌が良かった。何かいいことでもあったのかと思ったが、変にこちらから聞いて彼の機嫌を損ねたくないので、薫は黙っておくことにした。




 また別の日、薫が部屋で勉強していると、本屋が妙前家にやってきた。てっきり高臣が本を注文したものが届いたのかと思ったら、本は全部女性向けの雑誌だった。


「これ、本当に高臣様が頼んだものですか?」


 応対に出た薫は数冊の雑誌を見ながら困惑して本屋に尋ねた。


「ええ、間違いなく妙前高臣様からのご注文ですよ。女性向けの雑誌をいくつか持ってきて欲しいと」


 それは女性の絵が描かれた表紙のもので、中身は女性向けの娯楽雑誌である。この手の雑誌はいくつも発行されていて、流行りの服や髪型、化粧の仕方やお勧めの料理レシピなんかも載っている。

 薫はとりあえず雑誌を受け取り、後で高臣に雑誌のことを尋ねることにした。



♢♢♢



「ああ、届いたのか。雑誌は全て薫さんのものだよ。どれがいいか分からないから、とりあえず適当に持ってきてもらった」

「……私の、ですか?」


 帰宅した高臣に早速本のことを尋ねると、高臣は当然といった顔で頷いた。


「新聞を読んでいると前に話していただろう? なら娯楽雑誌にも興味があるんじゃないかと思った。嫌なら無理に読まなくてもいいが」

「嫌だなんて! どれも面白そうです。ありがとうございます」


 慌ててお礼を言うと、高臣は目を細め、嬉しそうな顔をした。


「よかった」


 一言言い残して、高臣は部屋へと向かった。


(高臣様が私の為に雑誌を……?)


 薫は高臣の背中を見ながら心の中で呟いた。どうも最近彼の様子が普段と違う。どことなく高臣の目つきが優しく見えるのは薫の気のせいだろうか。以前話した「新聞を読んでいる」という何気ない話を高臣が覚えていたことも、薫は嬉しかった。書類上の夫婦関係である二人だが、少しずつ本物の夫婦に近づいている、薫はそんな気がした。



♢♢♢



 兵部省の中にある食堂はとても広く、長テーブルに近衛隊士らがずらりと並んで昼食を食べている。その中には高臣と直弥の姿もあった。

 隣に座っている直弥に、高臣は小声で話しかけた。


「直弥、これは例えばの話なんだが」

「何だい?」


 箸を止め、直弥は高臣を見る。普段無駄口を叩かずに黙ってご飯を食べる高臣が、こうして食事中に話しかけてくることは珍しい。


「例えばだぞ、お前が……女性に何かちょっとしたものを贈るとしたら、何を贈る?」

「女性に?」


 ますます直弥は驚いた顔をしたが、すぐに何かを察したように微笑んだ後、天井を見上げながら考える。


「そうだな……薫さんは普段着物を着ているから、帯留め辺りかな。かんざしも悪くないね、他には……今は暑い時期だし扇子辺りも喜ばれるんじゃないかな?」

「帯留めにかんざし、扇子か……いや、直弥。僕が薫さんに贈るなんて話はしてないぞ」


 ハッとなった高臣は急に慌て出した。高臣の慌てる顔を、直弥は含み笑いしながら見る。


「お前が女性に物を贈りたいだなんて、相手は薫さん以外に考えられないだろう? それとも別の女性でもいるのかい?」

「いるわけないだろう!」


 急に大きい声を出した高臣に、周囲の視線が集まる。高臣はごまかすように咳払いした後、直弥に声を潜めた。


「茶化すなよ、直弥」

「悪かったって。別に隠すことないじゃないか。その様子だと先日の逢引デートは上手くいったみたいだね?」

「……直弥に教えてもらったカフェーは、悪くなかったよ」

「そりゃ良かった。僕も女性を誘う時はよくあの店を利用するんだよ」

「まさか、あの美鈴とかいう芸者か?」


 高臣は眉をひそめながら直弥を睨む。


「……まあ、そういう時もあるかな。高臣は美鈴が気に食わないだろうけど、彼女は顔が広いから色々役に立つんだよ」

「だとしても、深入りはするなよ」

「分かってるよ。僕だってその辺はわきまえてる」


 直弥は高臣に素っ気なく返した。



♢♢♢



 数日後、帰宅した高臣は手に荷物を抱えていた。


「お帰りなさいませ、高臣様」

「ただいま、薫さん」


 高臣はこわばった顔で薫をじっと見ていて、玄関に立ったまま靴を脱ごうとしない。


「あの……?」

「あ、いや。その……」


 高臣は何やらモゴモゴとはっきりしない。首を傾げる薫に向かって、高臣は急に荷物を押し付けてきた。荷物を持てという意味かと思い、薫は黙って荷物を受け取る。それは綺麗な包み紙で包装された箱のようなもので、一つだけではなかった。一つ一つは小さいが、全部で三つある。


「それは……薫さんのものだ」

「私のもの? 私、何も頼んだりしてませんが……」

「いいから、受け取ってくれ」


 高臣はもどかしそうに靴を脱ぐとスリッパに足を突っ込み、さっさと階段を上って行ってしまった。薫は首を傾げながらとりあえず近くの台所に入り、テーブルの上に荷物を置くと包み紙を開いた。


 中から出てきたのは、帯留めとかんざし、それと扇子だ。


「何で、これを私に……?」


 高臣の考えることがますます分からない。誕生日でもない薫に、何故急に三つも贈り物をしてきたのか。特に薫が欲しいとも言っていなかったものばかりである。もう一度じっくりと品々を見ると、どれも綺麗で繊細な造りが素敵なものばかりだ。


「あら、薫様。それは『三坂屋』の包み紙ですね」


 急に後ろから春江の声がして、薫は飛び上がりそうになった。


「あ、春江さん! これ、高臣様に頂いたものなんですが……」

「まあ、帯留めにかんざしに扇子……どれも素敵なものですね。高臣様ったら、直接三坂屋に行って買われたのかしら」


 春江は嬉しそうに笑いながら、高臣からの贈り物を見ている。


「高臣様が自分で買いに?」

「外商を呼ばずに品物を持ち帰って来たということは、ご自分で三坂屋に行かれたのでしょう」

「ど、どうしてでしょう? こんなに沢山、いきなり……」


 薫は嬉しいと言うよりもむしろ困惑していた。雑誌を買ってもらった時は素直に喜べたのだが、一度に三つも買ってもらう理由がないのでむしろ怖い。何か思惑があってこうしているのだろうか。


「理由は、直接高臣様に尋ねられるのが一番かと」

「そうですよね……後で聞いてみます」


 さすがにこんなに沢山の贈り物をもらって平然としていられない薫は、高臣と話をしようと決意した。




 夕食もお風呂も済んだ高臣は、リビングルームで一人寛いでいる。部屋の中にある蓄音機から流れるレコードの音楽を聴きながら、彼は本を読んでいた。


「失礼します、高臣様」


 恐る恐る、といった態度で薫はリビングルームに入った。リビングとは言え、ここに薫が来ることはあまりない。高臣は時々、今日のようにリビングで寛ぐことがある。薫はここを『高臣の場所』と思っているので、どこか入りにくいのだ。


「どうした?」


 高臣は本から目を上げ、薫を見た。高臣は窓を向くように置かれた一人掛けのソファに座っていた。風呂上がりの無造作な髪型と浴衣姿は、なんだか見てはいけない姿のようで薫は思わず目を逸らした。


「あの……いただいた帯留めとかんざしと扇子……どれも素敵で、気に入りました。ありがとうございます」

「わざわざお礼を言われるほどのことじゃない。気にするな」


 高臣は再び本に目を落とした。薫も風呂上がりなのでこちらも浴衣姿である。長い髪の毛は後ろで簡単にまとめただけで、おくれ毛がはらりと首筋に落ちている。高臣にとっても薫の格好はどこか気まずい。


「ですが……どうしてあんなに沢山? 嬉しいんですが、頂く理由が分からなくて」


 高臣が顔を上げると、薫は困ったような顔をしていた。その表情を見た高臣は急に慌て出す。


「あ、あれは……今度、一緒に僕の実家へ挨拶に行ってもらおうと思っているんだが、その時にでも使うといいと思ってだな」

「ご実家ですか?」


 今度は薫が慌て出した。書類上の夫婦なので、実家への挨拶は後でいいと聞かされていたが、とは言えいつまでも顔を出さないわけにもいかないだろう。高臣の実家へ行く話がいよいよ近づいてきたことに、薫は身を引き締める。


「挨拶とは言っても、そんなに気負う心配はない。薫さんの事情は話しているし、本家の人達もあなたに会いたがっている」

「分かりました。だから色々私の為に用意してくださったんですね? では訪問の時に使わせていただきます」


 薫は微笑んで高臣にお辞儀をした。高臣は複雑な顔をしながら「ああ、そうしなさい」と返した。そもそも薫の訪問着を三坂屋で註文した際に、小物類なども一緒に買っているので本来ならば新しく買う必要はないのだ。薫は少し変だと思ったが、言われた通りに彼にもらった小物を使うことにした。

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