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隣室に場所を移し、テーブルに着いてから医師はナターリエの経過と所見を説明し始めた。
「……感染症の類だと疑っていましたがね、どうにも薬の効きが悪い。一旦、教会から人を呼んで視て貰った方が良いかもしれん。精霊の声を聴ける神官様が居れば尚良い」
「娘は、呪や穢れに……という可能性が有るという事だな?だが、この屋敷は定期的に守護の札も替えておる。……いや、先ずは教会へ人をやってくれ。話はそれからだな」
思考に沈みそうになったダビットだが、先ずは動く事が優先だと使用人に指示を出しながら、フレードにも視線で同意を得た。
老医師は、今はナターリエの呼吸が安定しているが、急変に備えて屋敷へ滞在してくれる事となった。取り敢えずは、今から睡眠を取ってくると告げて客室に下がっていった。
「……お祖父様、僕は母さんの部屋にいて良いですか?何も出来ないけれど……」
「構わないよ。お前がついていてくれるなら、急ぎの仕事だけ片付けるとしよう。ナターリエ付きのマーヤが部屋にいるから、このまま向かうと良い」
現状出来ることもなく、歯痒い思いをしながら其々の部屋へと移動した。フレードは精霊や神々へ、ただ祈りを捧げるだけ、という事がこんなに難しい事なのかと息をついた。
母を元気にしてほしい、その身から苦しみを取り除いてほしい。願いと祈りの違いがどうであろうと、今の思いはそれだけだった。
ナターリエの部屋に入り、昨夜から何度も顔を合わせているメイドのマーヤに、書き物の用意と、少し考えてから小さなハサミを用意できないか相談すると、一旦充てがわれた部屋へ戻り、自分の槍を持ち込んだ。
ナターリエの顔色に変わりがないか確かめて、静かに眠っている様子を暫く見つめていたが、小さく頷くと、フレードは魔法の補助杖の役割を果たす魔石を、持ち込んだ槍の穂の根本から外して、陽の光の当たる窓辺へ一先ず置いた。魔と穢れは光に弱いと孤児院のシスターにも聞いた事があったので、気休めだ。
用意してもらった礼をして、真っ白な紙へ向き合う。精霊の話を教えてくれたフレードの祖母は、『お守り』だと言って幾つかの守護の陣や文言を教えてくれていた。修行もした事の無い素人が、効果の有る物を作れるとは彼も思っていないが、ただナターリエの横に座っているだけよりは、何かしたかった。
穢れか呪の類の可能性と聞いたので、一番単純に、退魔を願う一般的な陣を紙に描き込んだ。冒険者が験担ぎに服や小物に刺しているのもよく見かける。
精霊のそよ風が、魔の歩みを緩めてくれますように。
神々の光が、魔を寄せ付けませんように。
聖なる闇が、魔を飲み込んでくれますように。
描き込んだ陣の周りに文言を更に書き加えてから、ナターリエのベッドの端へ置いた。
精霊は綺麗な物が好き、というのも誰かに聞いたのか、何かで読んだのか。フレードの髪はくすんではいるが金髪だ。そこそこ長さがあるし、使えるだろうと襟足から一束摘んで、借りたハサミで切り取った。
窓辺から魔石を取り、細く編んだ髪を巻き付けてから陣を描いた紙の上に置いた。
気休めにもならないだろうが、一応、簡易な魔除けの完成だ。




