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「店には使いと人手をやっておくから、ナターリエが落ち着くまでは泊まっていけ、フレード」
ダビットは娘の回復を疑いたくないのだろうと、フレードはその言葉を受け止めた。自身も、母はきっと大丈夫だと言い聞かせているので、不安をこれ以上見せるのはお互いに良くない気がした。
「急だったので、孤児院の使いもお願いします。いつも二人か三人の手伝いを頼んでいますので」
部屋に飲み物を用意してくれた先程のメイドが、ダビットの指示を受けて下がっていった。取り敢えず明日から暫くは店の心配はあまりしなくて済むので、フレードは母の側にいられる。
用意してくれた飲み物を言葉少なに飲み終えると、どちらともなく就寝の挨拶をして其々の寝所に別れた。
フレードの頭の中は不安が薄靄の様に居座っていたが、無理にでも眠っておかないと明日以降が辛いので、桶に貰った湯で簡単に体を拭ってからベッドで仕方なく目を瞑った。
(父さんの最後の連絡が、西の隣国からで……。お祖父様は連絡を入れてくださっただろうけれど、きっと着くのは月を跨ぐだろうな……)
母の声が聞けない状態は経験がなく、誰かに胸の内を聞いてほしいが、ダビットは祖父であるけれど幼少の頃ならいざ知らず、成人も過ぎた歳で流石に甘えられない。
(成人を過ぎても、僕は大人になんてなれた気がしない。……なんで父さんはこんな時に。)
(……でも、強く引き留める事をしなかった僕も、結局何とかなるって何処かで能天気に思っていたのか)
ぐるぐると考えると、何もかもに八つ当たりしてしまいそうで、父方の祖母から教えてもらった精霊のお話を頭の中で諳んじて、頭を切り替えた。
『小さな精霊が 子供の祈りを 聞きました。 その精霊には 願いを叶える力が ありません』
『けれど 小さな精霊は そよ風を吹かせる事が 得意です』
『子供の気持ちが 負けそうな時には 背中を押す風を』
『涙を拭う時には 頬を乾かす風を』
『嬉しい時には 髪を踊らせる風を。 そうしてずっと側で 見守っていてくださりました』
『子供は 大人になり その生涯を終えるまで 精霊に気づく事は ありませんでした』
『けれども 祈りは確かに 精霊が 聞いていてくれたのです』
『願いは叶えられずとも 祈りは 聞こえているのです』
『子供の様に ただ祈りなさい』
『精霊に聞かれて 恥ずかしい様な そんなお願いは してはいけません』
『精霊には いつでも 聞こえているのですから……』
お話を頭の中で諳んじているうちに、フレードはいつの間にか眠っていた。お話を思い出す時は、ゆったりとした祖母の声が併せて思い出されるからか、騎獣を飛ばしてきた肉体の疲労によるものかは分からない。
そんな、眠るフリードの周りで、心配そうに小さな精霊達が見守っている。けれども、神官でもいない限り、優しいその光景は誰も目にしない。
月明かりが入る部屋の中で、精霊達は誰にも気付かれないままずっと、ただ側に居続けたのだった。




