表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドアマット・ヒロインが、やり返さなくてイライラしたので代わりにやってみました  作者: 星森 永羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

離婚の原因は価値観の不一致


 焼き上がったラザニアは、表面がこんがりと色づき、湯気と共にチーズの香りが広がった。

 ホワイトシチューはとろりとした白い海のようで、深い香りが漂っている。


 皆でテーブルを囲み、皿を手に取った。


「ミートソースに醤油を入れると酸味が消えて、ホワイトシチューに味噌を入れるとコクが出るの」


 私が説明すると、ゾフィがスプーンを口に運び、目を細めた。


「んー美味しい」


 傭兵たちは言葉もなくガツガツと食べている。

 その勢いは戦場と変わらない。


 ふと視線を感じて振り向くと、元からいる使用人たちが厨房の入口から覗いていた。

 香りにつられて来たのだろう。

 皆、遠慮がちに皿を見つめている。


「食べたいの? 王子宮にいる使用人、全員分のシチューならあるわよ?」


 使用人の1人が驚いたように目を見開いた。


「良いのですか?」


「ええ、後で感想を聞かせてもらえると嬉しい」


 その瞬間、使用人たちの顔がぱっと明るくなった。



 ホワイトシチューとラザニアの香りが厨房いっぱいに広がり、元からいる使用人たちが次々と皿を手にしていった。

 皆、最初は遠慮がちだったのに、一口食べた瞬間、表情がぱっと明るくなる。


「美味しい……!」「こんな味、初めてです……!」


 涙ぐむ者までいて、私は思わず笑ってしまった。


「もっと美味しいものを食べたくない?」


「え?」


 使用人たちは一斉に私を見た。

 その目は期待と驚きで揺れている。




 食後。厨房を出て廊下を歩くと、控えていたアルペが小声で話しかけてきた。

 茶髪の青年は真面目な顔をしているが、目の奥には驚きが隠せていない。


「不穏な動きしている乳母派のメイド達を、まさかヒーイズル国に派遣するとは……」


「これで静かに暮らせるわね」


 私は軽く肩をすくめた。

 本当は使用人を全員入れ替えたい。

 でも悪事の証拠がなければ解雇できないし、1人ずつ調べるには人数が多すぎる。


 だから──怪しい人達を、まとめて国外へ飛ばすのが1番早い。


 金髪碧眼のキルが、無邪気な笑顔のまま感心したように笑った。


「天才の所業です。ヒーイズル国に貿易会社を作れなんて。一生、帰って来られない!」


「鎖国中だから、斬られるかもしれないものね。うまく行かなければ、解雇しちゃえばいいし」


 鋼の体格のガルドが腕を組んだ。


「どちらにせよ、もう帰って来られない」


 ヒーイズル国は、船で片道半年~1年かかる。

 路は海賊だらけだし、木製のちゃちな船は、嵐で簡単に壊れる。

 ヒーイズル国に辿り着いても、入国できるとは限らない。入国できても異人差別が酷いはずだ。


 キルが笑いながら続けた。


「使用人たちはヒーイズルが鎖国してると知らないから、むしろ栄転だと思ってますよ」


「滑稽よね」


 王宮の空気が、少しずつ私の望む形に変わっていく。


 ──静かで、清潔で、裏切りのない場所へ。






 夜の静けさを破るように、扉が勢いよく開いた。


「おい!」


 ロベルトが車椅子のまま突っ込んでくる。

 ハニーブラウンの髪は乱れ、翡翠色の瞳は苛立ちで濁っていた。


「着替え狙って入室してくるなんて変態よ」


「っ……! べ、別に、お前の着替え見たからって何とも思わん。それより、お前が部屋を片付けさせているせいで眠れないぞ」


 私は深くため息をついた。


「なんだ、そのタメ息?」


「本来、あなたが命じてラーラのもの撤去させるのが筋よ。

 あなたって、いつも逆ギレしてるわね。何の病気?」


 ロベルトは口を開きかけて、閉じた。

 翡翠色の瞳が揺れ、言葉を失っている。


「用事それだけ? 謝らないなら目の前から消えて」


 ロベルトは悔しそうに唇を噛んだ。


「白いスープは、どこで習った?」


「ああ、昼間のシチューのこと? どこってわけじゃない。オリジナル」


「オリジナルで、あれを? オムライスというのは何だ?」


「えいっ」


 私はロベルトの怪我している脇を殴った。

 ロベルトは情けない声を上げ、車椅子ごと横に倒れ、床を転がった。


「ぐっ……!」


 アルペが慌てて駆け寄る。


「本当に容赦ないですね……」


 私は肩をすくめた。


 ──容赦なんて、する必要がどこにあるのかしら。








 ミア邸の応接間は、王宮とは違う静けさに包まれていた。

 私は自分で買ったこの家で、ようやく落ち着いた生活を取り戻していた。


 そこへ、扉が乱暴に開く。


「お前がいないせいで、飯が不味くなった。ここで何をしてる?」


 ロベルトが車椅子のまま乗り込んできた。

 襲撃から1ヶ月ほど経過して、怪我は回復傾向にある。


「自分が買った自分の家で、暮らしてるだけだけど? 食事なら、料理人を呼び戻せば? まだ近郊都市にいるでしょう」


「……料理人が作ったものより、お前の発明の方が旨い」


「それで?」


「王子宮の料理係りに任命する」


「はあ……」


 私はロベルトの脇を蹴ろうとしたが、護衛騎士が素早く盾を出し阻まれた。


「そう何度も同じ攻撃を食らうか」


「あなたオブアートは、どうしたの」


「描いてきた」


 ロベルトは懐から数枚の紙を取り出した。

 繊細な線、柔らかい色彩。

 原作で“天才画家”と持ち上げられていた片鱗が、確かにそこにあった。


 ロベルトは政治家としても画家としても優秀──というのが原作設定だ。

 だが、物語の“優秀キャラ”は大抵優秀ではない。

 ドアマット・ヒロインが夫(もしくは父)の仕事を押し付けられて、領地を立て直すテンプレストーリーが大量にある。

 ──それこそが矛盾である。


 領地経営も商売も、基礎知識なしでは不可能だ。

 執務室には法律書が並び、弁護士や法務官と会うのが普通。

 宗教上離婚できない国でも、抜け道はある。

 日本にだって駆け込み寺があった。


 ──つまり、優秀設定のドアマット・ヒロインは自分を保護する法や制度を知ってる、もしくは詳しく調べられるのに逃げない。

 すぐ離婚できなくても、教会に訴えて別居するくらい出来るのに。

 本当に優秀ならイージー・ゲームなはずだ。


 中には自分が仕事しないと領民が困る、という理由で自己犠牲を発揮するヒロインもいるが、クズで無能な領主など交代させた方がいい。余計なことすんなって話である。


 話を戻すとロベルトは、優秀という設定なだけで中身はゴミだと思っていたけど、絵を見ると意外に地頭はいいかもしれない。


「これ……匿名で出すの?」


「よくわかったな」


「王妃陛下に暗殺されたくないんでしょう」


 ロベルトは側室腹。

 王妃にとっては邪魔な存在だ。

 彼はポテンシャルを見せると安全を脅かされるので、能ある鷹は爪を隠してるらしい。


「……やはり、間者を忍ばせていたとしか思えん。いいだろう、お前の味方を見つけ出してやる」


 私は肩をすくめた。


 原作の知識を言ってるだけなので、予め間者を入れてただけではない。

 この世界に転生か憑依したのは、結婚式の時だもの。





 それから王子宮の空気は、以前とはまるで別物になっていた。

 ロベルトが「間者かもしれない」と疑心暗鬼になって、前からいた使用人を片っ端から解雇したのだ。

 私は、その隙に自分で面接した使用人を次々と雇い入れた。


 ──願ったり叶ったりである。


 王子宮は、ようやく“まともな家”になった。

 裏切り者も、乳母派のスパイもいない。

 料理も掃除も、すべてが清潔で静かで、私の望む環境に整った。




「王子宮も落ち着いたし、そろそろ自分ち帰るわ」


 人の総入れ替えのため、女主人としての仕事が増えてしまい、王子宮暮らしに戻って2ヶ月経った。

 私がそう言うと、ロベルトは椅子から跳ね上がった。もう怪我は、殆ど良くなっている。


「はあああ?! 俺を置いていくのか?」


 私はコテンと首を傾けた。


「近くにいない方が、互いに幸せじゃない」


「っ……! お、俺のオブアートは誰が見るんだ?」


「食べる人」


「お、お前は見たくないのか」


「気にならないこともないけど、どうしてもってほどじゃない」


 ロベルトの翡翠色の瞳が揺れた。

 “見てほしい”という気持ちが透けて見える。


 でも私は、あえて軽く流した。


 するとロベルトは突然、胸を張って言い放った。


「お、お、俺は怪我が治ったから夜会に行くぞ」


 私は思わず吹き出しそうになった。


 ──ああ、この人、本当にわかりやすい。


 私が離れると言った途端、

 “他の女に囲まれてやる”

 とでも言いたげな、子どもみたいな意地。


 でも、そんな脅しで私が動くと思っているあたりが、やっぱり甘い。


「行ってらっしゃい」


「お前も行くんだろう!」


 翡翠色の瞳が焦りで揺れている。


「え、もう社交シーズン終わるじゃない。ドレス仕立てて終わる頃には皆、領地じゃないの?」


「夜会など自分で開けばいい。そこでオブアートの御披露目をする」


「匿名で?」


「違う。俺名義で。俺が世間に認められたら見直すか?」


 私はため息をついた。


「見直して欲しいなら、まず私が許すまで誠心誠意謝りなさいよ」


「王族が間違いを認めてはならない」


「おやすみ、バイバイ」


 ロベルトは言葉を失い、口をぱくぱくさせていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ