キャラ弁のアイディア
厨房の棚には使用人に買いに行かせた醤油と味噌が山のように積まれていた。香りだけで、異国の市場を思わせるほど強い。
大柄な傭兵たちが並ぶと、広いはずの調理場が妙に狭く見える。鋼の体格をしたガルドは腕まくりをして、群青の髪を後ろで束ねていた。
深緑の瞳をしたゼルドは鎧の一部を外さず、無骨な姿のまま包丁を握っている。
金髪碧眼のキルは無邪気な笑顔を浮かべながら、玉ねぎを手にくるくる回していた。
料理人ではなく、どう見ても戦場向きの面々がキッチンに立つ光景は、初めて来た使用人たちには衝撃だったらしい。
「さて、バーベキューソースと焼き肉のタレを作りましょう。まずニンニクとショウガを、すりおろしてちょうだい。玉ねぎもね」
私が指示すると、傭兵たちは一斉に動き出した。戦場で鍛えた反射なのか、誰も迷わない。
新しく来た使用人の1人が、ぽかんと口を開けている。
その横で、琥珀色の瞳をした新しいメイドのゾフィが優雅に首を傾げた。
「これって、私たちも手伝っていいんですか?」
「さっきのバトルで皆、怪我してるでしょう?」
ゾフィは、使用人入れ替えバトルの勝者だ。
「このくらい平気です。か弱いお貴族様じゃあるまいし」
その言い方に思わず笑ってしまう。彼らの逞しさは知っているけれど、こういう時だけ妙に誇らしげだ。
「そうね。では米を炊いてもらおうかしら」
「「「炊く??」」」
全員の声が揃って跳ね上がった。
戦場の猛者たちが、米を炊くという行為だけにはどうしても慣れないらしい。
私は思わず、また笑ってしまった。
王城裏の訓練場。
整列した騎士団員は、規律正しく並んでいる。
その前で、私は積み上げた薪に火をつけた。乾いた木が爆ぜる音が響き、炎が立ち上がると同時に、タレを絡めた肉を鉄板に並べる。甘辛い香りが一気に広がり、訓練場の空気ががらりと変わった。
傭兵たちは、すでに準備万端だった。
ガルドは、鋼のような体格に似合わず器用に串を返している。
深緑の瞳をしたゼルドは鎧の一部をつけたまま腕を組み、焼け具合をじっと見つめていた。
キルは、肉が焼ける音に合わせて無邪気な笑みを浮かべているが、その目の奥にはいつもの狂気じみた光が揺れている。
「味見して」
私が皿を差し出すと、3人は無言で肉を掴んだ。
そして──ガツガツと、まるで戦場で奪い合うような勢いで食べ始めた。
鉄板の上で肉が焼ける音、タレが焦げる香ばしい匂い。
その匂いが風に乗って騎士団の列へと流れ込む。
騎士たちは顔を動かさないが、視線だけが肉に吸い寄せられている。喉を鳴らす音があちこちから聞こえ、列の中で足がそわそわと動いた。
私は前に進み、整列した騎士たちを見渡した。
「あなた達の中には仲間を解雇されて、私に恨みを持つ者もいるでしょう。でも私は、正しいことをしただけ。
今、ロベルトは重傷で動けない。すなわち、王子宮の実質トップは私。私の指示に従えないものは今すぐ、ここを去りなさい。悪いけど、自己都合扱いになるから退職金は出さないわ」
騎士たちの背筋が、わずかに揺れた。
ざわり、と空気が震え、数人が立ち去った。
私は微笑んで、鉄板の上の肉を指した。
「そして残った者は、火を起こして肉を焼いてちょうだい。
ソースは3種類。バーベキューソース、焼き肉のタレ、ケチャップ。あとマスタードもある」
騎士たちは互いに目を見合わせた。
マスタード以外は聞いたこともない調味料だろう。だが、漂う匂いがあまりにも魅力的で、列のあちこちで腹の鳴る音が響いた。
その瞬間、訓練場の空気は完全に“戦場”から“食欲の戦い”へと変わった。
肉が焼ける音が途切れない。タレが焦げる甘い香りが訓練場いっぱいに広がり、整列していた騎士たちはもう完全に集中を失っていた。
皿に盛られた肉は次々と消えていく。騎士たちは礼儀も忘れ、ガツガツと肉を噛みしめていた。胸元に肉汁が飛んでも気にしないほどの勢いだ。
私はその様子を見ながら、ふと思い出したことを口にした。
「言い忘れてた。ロベルトが私を倉庫に閉じ込めて、使用人達が嫌がらせする計画だったのは皆、知ってるでしょう?」
その瞬間、あちこちで噎せる音が響いた。
焼き肉のタレを絡めた肉を喉に詰まらせ、咳き込む者までいる。
「私の傭兵を、あなた達の元仲間が追い返そうとしたのも、そのためよね?」
騎士たちの視線が揃って逸れた。
誰も否定しない。誰も目を合わせない。
「先にハッキリさせておくけど、私に不利益を与えた者は、斬るかデモンストレーションに使うから覚えておいてね」
肉の匂いに満たされていた訓練場の空気が、一瞬だけ冷えた。
騎士たちの背筋がぴんと伸び、誰もが息を呑む。
私は言いたいことが伝わったため、表情を変え、鉄板の横に置いていた木桶を指差した。
「では白米を配りましょう」
騎士たちの緊張が、今度は別の意味でざわつきに変わる。
ジャポニカ米は手に入らなかったが、もち米はあったので、インディカ米と混ぜて炊いた。
粒は細長く、ところどころにもち米の粘りが混ざっている。現代日本で食べるものとは比べ物にならないが、香りは悪くないし、食べられないほどではない。
フライ返しでよそった白米を、焼き肉のタレをまとった肉と一緒に皿へ盛る。
湯気が立ち上り、タレの香りと混ざってさらに食欲を刺激した。
騎士たちは皿を受け取ると、もはや我慢できないとばかりに肉と米を一緒に頬張った。
肉とタレの香りが訓練場に満ち、騎士たちは皿を抱えたまま夢中で食べ続けていた。焼き肉のタレを絡めた肉を白米と一緒に頬張るたび、目が潤む者までいる。
新しく来た使用人たちも同じだった。
灰色の瞳をしたグリナは無表情のまま、しかし目尻だけがわずかに震えている。
琥珀色の瞳をしたゾフィは、皿を胸に抱えながら涙をこぼした。
「城勤めにして頂いた上に、こんな美味しいものを」
その隣で、耳の大きなペルミが鼻をすすりながら頷いた。
「そうです。平民の私達が城で妃殿下の、お作りになったものを食べるなんて」
騎士の数人も同じように目を赤くしていた。
戦場では泣かないくせに、食べ物で泣くあたりが実にこの国らしい。
午後は傭兵たちを使って騎士団を再編した。
ついでに彼らの実力も確認したけれど、やはり傭兵の方が圧倒的に強い。騎士たちはその差に愕然としていたが、現実を知るのは良いことだ。
夜になり、私はロベルトの部屋で作業を終え、伸びをした。
ロベルトが寝たきりのため、部屋を交換したまま戻していない。
「うーん、今日も充実してた。そろそろ寝ましょう」
「おい! ふざけるなお前!」
怒鳴り声と共に、車椅子の音が近づいてきた。
ハニーブラウンの髪を乱し、翡翠色の目を怒りで濁らせたロベルトが私を睨みつけている。
「死に損ないが、何か用?」
「なっ……お、俺の乳母を……何でメイドでなく、コイツが着替えを手伝っている?!」
ロベルトの視線が、私の後ろに控えるアルペへ向いた。
控えめな茶髪の青年は、驚いたように肩をすくめている。
彼は原作で、不遇なヒロインに同情し駆け落ちた使用人。
そして、追ってきたロベルトの手先に2人とも斬られて死んでしまう。
「何でって、この人しか信用できないから。他の使用人は、どさくさに紛れて毒針で刺すかもしれないでしょ」
だから料理人にも調理させず、私が雇った傭兵やメイドに頼んでいるのだ。
ロベルトは唇を震わせた。
「な……何故、こいつなら信用できると言いきれる?」
「んー、勘!」
「……」
ロベルトは言葉を失い、私はあくびをした。
「ねえ、もう寝るから帰ってよ」
「いや、用事が……そう、俺の乳母をよくも!」
「乳母? あー、広間でのデモンストレーション? だから誘ってあげたのに。あなたみたいな失敗作育てたバカの末路、見せてあげたかった」
ロベルトの乳母は、私を虐げる計画を立てた主犯だった。
今日、広場で戦わせたが、高齢だったためすぐに倒れ、今は瀕死。
もうじき息を引き取るだろう。
「よくも……!」
ロベルトが手を振り上げた。
私は、すかさず彼の傷口を殴った。
ロベルトは痛みに耐えられず、車椅子ごと横に転がった。
床にぶつかる鈍い音が響く。
「ででで、殿下?!」
アルペが慌てて駆け寄ろうとする。
「放っておきなさい」
私はそう言って、寝台へ向かった。
今日もよく働いた。
明日も忙しくなる。
本来なら“妻の部屋”と呼ばれるはずの寝室は、朝の光が薄く差し込み、白いカーテンが揺れていた。
大きな天蓋付きベッドにはロベルトが横たわっている。昨日、車椅子ごと転んだせいで怪我が増え、翡翠色の瞳は不機嫌そうに濁っていた。王子らしい整った顔立ちも今は台無しだ。
「ねえ、キャラ弁作るから、まずはオブラートを作ってちょうだい」
私が声をかけると、ロベルトは眉をひそめた。
「まず昨日の一件忘れたか? 次にキャラ弁って、何だ? オブラートとは、医療用具のことか?」
昨日の一件って何だ?
まあ、いいや。
「ねえ、車椅子押してあげるから、一緒にキッチンに行きましょう」
「人の話、聞いてるか?」
「あなた、自分を人間だと思ってるのね。厚かましいわ。
オブラートっていうの、デンプンを薄い紙みたくしたものよ。それに絵を描いて食べ物に貼るの。もちろん絵の具も食材でつくる」
ロベルトは、ぽかんと口を開けたまま固まった。
この世界には存在しない概念だから無理もない。
私は寝室の窓から差し込む光を見ながら、原作を思い出した。
──『姫なのにバイトしてます』。
冷遇された姫が、亡命資金を貯めるためにキャラ弁を作って売る物語。
料理が好きな私は、中世ヨーロッパ風の世界でキャラ弁を作るという発想が面白くて読みふけった。
姫は男装し、少年のふりして、街で弁当を売り歩く。
そこへ売れない画家でもあるロベルトが“お忍び”で買いに来て、少年の作る弁当に惚れ込み、専属にしようとする。
もちろん、少年が自分の妻だとは気付かない。
そして2人は、協力して“オブアート”を作るのだ。
デンプンの薄い膜に絵を描き、弁当に貼る。
その繊細な絵は、原作の挿絵でも特に美しかった。
私はロベルトのことが嫌いだ。
でも──原作に出てくるロベルト作のオブアートだけは、正直ちょっと見てみたい。
ベッドの上でロベルトが呻いた。
「でんぷん……」
「そうね。普通は芋からとるんだけど」
この国では、芋はメジャーじゃない。だから、デンプンよりコンスターチが使われる。
「まず作れそうな人を教えてくれない?」
「ヒューバード、薬師のグレイヴと絵師のリュシアンを呼んでくれ」
ロベルトが命じると、白髪の執事が深く頭を下げた。
「すぐに」
私はロベルトの顔を覗き込んだ。
「絵の具じゃなくて、食べられるもので絵を描くのよ?
例えば、
・赤はビーツ
・黄色は卵黄
・黒はイカ墨
・緑はほうれん草
みたいに、全部“食べられる色”で絵を描くの。
繊細な作業だから、優秀な料理人も必要よ」
「うちの料理長は、この国で10本の指に入る」
「うーん……まあ、いいや。まだ生きてるはずだわ」
「おまっ……料理長まで……」
ロベルトの翡翠色の瞳が揺れた。
私は思わず笑ってしまう。
「うふふ」
そして、ベッドの上に伸びていたロベルトの腕の包帯を指でつついた。
「イテテテ、やめ……!」
「きゃはは」
ロベルトは痛みに顔をしかめ、私はその反応が妙に可笑しくて笑いが止まらなかった。
王子らしい威厳なんて、どこにもない。
でも──原作で見た“オブアートを描くロベルト”を思い出すと、少しだけ期待してしまう。
この世界のロベルトが、どんな絵を描くのか。
それを見るのが、私はちょっと楽しみだった。
「ところで今日は、貧民街を視察に行きたいの。遠いかしら?」
部屋に戻り、傭兵達に質問した。
控えていたゼルドが、深緑の瞳を細めて答えた。
「王都に貧民街はありません」
「え? どういうこと?」
金髪碧眼のキルが、無邪気な笑顔のまま肩をすくめた。
「近郊の都市に、身柄を移されるんですよ」
「……」
私は頭を抱えた。
この国の“綺麗すぎる王都”の仕組みが、逆に気味悪く感じる。
「わかった、変えましょう」




