7. 美味いって言え!
路地裏での一件以来、パンクの働きぶりは目を見張るものがあった。
かつてつるんでいたゴロツキ仲間を一人ずつボコボコにしては、首根っこを掴んで未亡人の家の前まで引きずってくる。そして土下座をさせ、二度と狼藉を働かないよう誓わせているらしい。
先日も顔を腫らした男たちが未亡人の家の薪割りを手伝っているのを見かけた。
上手くやった。これでこの一帯の治安は劇的に改善するだろう。
だが、問題が見え始めていた。
通りがかるたびに、パンクたち自警団の連中が少しずつ痩せていくのだ。
目の下に隈を作り、頬がこけている。
まともな飯を食えていないらしい。
よくよく考えれば当たり前の話だった。
未亡人たちが住むエリアの警護をしてトラブルを解決する。その合間を縫って自分たちの食い扶持を日雇いの労働で稼ぐ。
そんな生活をしていれば、体力も続かなくなるのは道理だ。
ワシの誤算だった。
前世のヤクザ社会では若い衆がどこからともなくシノギを見つけ、上納金を持ってきたもんだった。
だがこいつらはただの素人。組織立った金の稼ぎ方など知るよしもない。
「ありゃ限界じゃのう」
馬車の窓からヨロヨロと歩くパンクの姿を見て、ワシは眉をひそめた。
「空腹は人間から理性を奪うけえ。このままじゃまたゴロツキに戻りかねん」
腹が減っては戦ができぬが、腹が減っては善行も続かんのだ。
少し、テコ入れすることにした。
◇
まずは美味い飯を食わせにゃならん。稼げて腹も膨れる美味い飯。
ワシの脳裏に浮かんだのは前世の記憶。
戦後の焼け野原に未亡人たちが鉄板一枚で切り盛りしていたあの店の光景だ。
「あれしか、ないのう」
翌日。
ワシは王城から拝借した分厚い鉄板とヘラを護衛の騎士に持たせ、パンクたちのたまり場へと向かった。
路地裏の広場ではパンクたちが力なく座り込んでいた。
ワシの姿を見つけると慌てて出迎えてくる。
「王女様!本日はどのようなご用向きで?」
パンクが代表して前に出てきた。その顔色は土気色で声にも張りがない。
「今日は面白いものを見せようと思うての」
ワシの合図で騎士たちが重そうな鉄板を地面に下ろす。
ゴオン、と鈍い音が響いた。
「誰か下で火を焚け」
ワシの命令に自警団の一人がおずおずと前に出て鉄板の下に火を焚き始めた。
パンクたちがみるみるうちに青ざめていく。
彼らの視線が熱せられた鉄板とワシを交互に行き来している。
……次は一体何を始めるんだろう?
今度はこの鉄板で人でも焼くのか?あるいはこの上で踊らされるのか?
そんな心の声が聞こえてきそうなほど彼らは戦々恐々としていた。
ワシはため息交じりに首を振った。
「いや、今回は美味いもんを食わせようと思うただけじゃ」
ワシがそう言うと、全員が「ごくり」と喉を鳴らした。だが、それは食欲からくるものではなさそうだ。
あまり信じてもらえていないようだが、まあいい。食えば分かる。
「材料を持ってこい」
護衛が王城の厨房で捨てる寸前だったクズ野菜――キャベツの芯や人参の皮などが持って来られる。
ボウルに小麦粉を溶いたものを流し込み、そこにクズ野菜を叩き込んだ。
「混ぜろ」
自分でやろうとしたが、五歳児の腕力では効率が悪すぎる。途中から護衛騎士の一人にやらせることにした。
騎士が必死の形相でボウルの中身を混ぜ合わせる。
「よし、そこじゃ」
十分に混ざったところで、ワシは騎士に命じて、それを熱々の鉄板の上にぶちまけさせた。
ジュワアアアアア!!
水蒸気と共に小麦の焼ける香ばしい匂いが立ち上った。
「おぉ……」
パンクたちの間からどよめきが漏れた。
本当に料理をしだしたことで、自警団らはホッとしているようであった。
拷問器具ではなく、調理器具としての鉄板だと認識されたらしい。
だが、まだ終わりではない。これだけではただの「野菜入り焼き小麦」だ。
味気ないことこの上ない。
ワシが懐から取り出したのは王城の料理長に作らせた特製タレ。
ハチミツや塩漬け肉の煮汁などを煮詰め、なんとなく「これが入っていそうかな?」というものをぶち込んだ、甘くてしょっぱくて黒いワシ特製のソース。
鉄板の上でこんがりと焼けた生地をひっくり返す。
両面が焼けたら仕上げだ。
ワシは刷毛を手に取り、そのドス黒いソースを生地の上にたっぷりと塗りたくった。
ジュワアア!!
ソースが焦げる強烈な匂いが辺りに充満した。暴力的なまでの「食欲をそそる匂い」だ。
「食え!」
ワシはヘラで切り分けた一枚をパンクの前に差し出した。
「はい……いただきます」
パンクは意を決して、端をちぎって口に運び咀嚼する。
「これは美味いぞ!」という顔をして、目を輝かせることを予想していた。
前世のあの味だ。飢えた若者なら泣いて喜ぶはずだ。
しかし。
パンクは眉間にしわを寄せ、なんとも微妙な顔をして咀嚼を続けていた。
「……」
飲み込んだ後も沈黙が続く。
他の団員たちも配られた分を口にして「食えるが……」とぼそりと言って隣の奴に脇を小突かれている者までいる始末。
「……おい」
ワシはパンクに声をかけた。
「料理で捨てる野菜クズと少量の小麦粉から作った『お好み焼きもどき』じゃ。美味いか?」
自信満々に問うワシに対し、パンクは一拍置いた後に真顔で答えた。
「腹は膨れます。あと、この奇妙なソースが……あ、いえ……」
――こいつ。
ワシはパンクの頬をぶっ叩いた。
パァン!!
乾いた音が路地裏に響く。
パンクが目を白黒させて頬を押さえる。
「美味いって言え!」
ワシの理不尽な恫喝にパンクは背筋を伸ばして直立不動になった。
「おいしいです……!」
震えながら答えるパンク。
「……チッ。まあええわ」
ワシは舌打ちをして、騎士たちに残りの生地を焼くように指示した。そして言う。
「パンク。今教えた『お好み焼きもどき』の作り方を、お前らが守っとる未亡人の女どもに教えるんじゃ。そして屋台を出させてこれを売らせろ」
ワシの言葉にパンクたちはきょとんとした。
「売る、ですか?」
「おう。材料費はタダ同然。手間もかからん。だが、匂いは強烈で腹にたまる」
ワシは後ろに控えていた騎士に、別の荷袋を持ってこさせた。
ドサリと置かれた袋の口を開けると、中にはたっぷりの小麦が詰まっていた。
「先日、騎士団長の屋敷から接収した備蓄の小麦の一部じゃ」
ワシはニヤリと笑った。
「軍資金としては十分じゃろ。あとは自分たちでなんとかせい」
その瞬間、パンクたちの目の色が変わった。
「はい! 必ずや!」
「これを元手に商売を始めろってことか!」
「王女様、一生ついていきます!」
自警団の連中が歓声を上げた。
現金な奴らめ。だがそれでいい。
理想だけで腹は膨れん。欲望と利害が一致してこそ組織は強固になるんじゃ。
◇
その後、この「お好み焼きもどき」は王都の下町の名物として爆発的に流行することになる。
安くて、早くて、腹にたまる。
王城の下働きや日雇い労働者たちが仕事帰りにこの匂いに誘われて屋台に立ち寄り、熱々のものを食べて帰るのが日課となっていった。
一枚の銅貨で買えるその料理は、庶民の胃袋を鷲掴みにした。
そして、未亡人たちの羽振りが良くなってくるとよその街から流れてきたチンピラが現れるようになる。
「姉ちゃん。景気がよさそうじゃねえか」
鉄板の前で絡む男たち。
女たちは悲鳴を上げるどころか呆れたようにため息をつき、視線を横に向けるだけだ。
「――おい」
そこへ現れるのは腹いっぱい「お好み焼きもどき」を食べて精をつけたパンクたち自警団だ。
「俺たちのシマに何手ぇ出してくれてんだ?」
屈強な自警団に囲まれればゴロツキどもの運命は決まったようなものだ。
あっという間に沈められ、翌日には箒を持たされて路地裏の掃除係に追加されることになる。
仕事が終われば、パンクたちは余った食材で作ってもらった特大の「お好み焼きもどき」を未亡人たちから振る舞ってもらう。
日頃の護衛のお礼として、笑顔と共に渡される熱々の鉄板料理。
「今日もご苦労様、パンクさん」
「へへっ、ありがとさん」
路地裏には笑い声とソースの焦げる匂いが満ちていた。
ようやく、ワシが思い描いていた互助関係が成り立ち始めたのだ。
後日、ワシは視察のついでに、繁盛している屋台の一角を訪れた。
行列ができるその店の横でパンクが嬉しそうに赤いソースのかかった平べったいものを頬張っている。
「王女様、見てくださいこの繁盛ぶり!あの時教えてもらった『お好み焼き』最高に美味いです!」
パンクは満面の笑みで親指を立てた。
この国の人間の舌に合うように改良されたのか、未亡人たちが独自にアレンジを加えたのか。
いつの間にかソースは赤っぽくなっていた。
ワシは差し出されたその『お好み焼き』を一口かじってみた。
――甘ったるい。
トマトがベースなのか、なんとも言えない洋風の味がする。
これはこれでありなのだろうが、ワシの求めていたジャンクで濃厚なソース味とは程遠い。
「……せっかくなら前世に近いお好み焼きが流行ると、たまに食べられて嬉しかったのにのう」
ワシは一人、誰にも聞こえないようにため息をついた。




