42. 卑怯だなどと言わんよな
先陣を切ったパンクが雄叫びと共に戦斧を振り下ろした。
「オラァ!どけぇ!」
大気を裂くような一撃。まともに食らえば城門ごと粉砕しかねない威力だ。
だが槍を持つ門番は眉一つ動かさなかった。
カィィン!
硬質な音が響く。
門番は透き通った長槍の石突だけでパンクの戦斧を受け止めていた。
いや、受け止めたのではない。
「ぬっ!?」
パンクの表情が驚愕に歪む。
渾身の力で叩きつけたはずの衝撃が、まるで泥沼に吸い込まれたように消えた。
門番は槍を滑らかに回転させ、パンクの力学を完全に殺していた。
「力任せな一撃だ」
静かな声と共に門番の手首が返る。
ドゴォッ!
今度は石突がパンクの鳩尾にめり込んだ。
最小限の動きから放たれたとは思えない、強烈な打撃。
「がはっ……!」
パンクの巨体が馬の鞍から軽々と弾き飛ばされた。
受け身を取る余裕もなく、地面に激しく叩きつけられる。
「パンク!」
ワシが叫ぶのと同時に門番の長槍が閃いた。
倒れたパンクの喉元へ無慈悲な切っ先が突き出される。
と、その瞬間。
ヒュンッ!
鋭い風切り音と共に一本の矢が飛来した。
矢は正確に門番の槍の穂先を弾いた。
ガギンッ!
金属音が火花を散らす。
わずかに軌道を逸らされた槍はパンクの首の皮一枚横の地面を穿った。
「っ……!」
門番がバックステップで距離を取る。
パンクはその隙に転がるようにして起き上がり、戦斧を構え直した。
ワシは後ろを見る。
そこには残心の構えを取っているポニーナがいた。
その手には鞍に備え付けていた短弓が握られている。
「……ほう。さすがホルシアの王女様じゃ」
ワシが感心して口笛を吹くと、ポニーナはふんっと鼻を鳴らして胸を張った。
「騎射は我が国の伝統なんだから!目を閉じてても当てるわ!」
震えていた手はもうない。
愛馬と共に戦場に立つ覚悟が彼女の技を研ぎ澄ませている。
伊達に馬バカはやっとらんということか。
ワシはニヤリと笑い、槍の門番に向き直った。
「おい、まさか二対一を卑怯だなどと言わんよな?」
門番は槍を構え直しながら、冷ややかな視線を向けてくる。
「数で勝るならそれを使え。人に与えられた試練は人の持つすべての力で乗り越えるがいい」
こちらの戦い方に文句をつけるつもりもないらしい。
随分と余裕なこっちゃ。
「ポニーナ! 馬上から矢を放って相手を翻弄しろ! パンクのサポートじゃ!」
「分かったわ! シロ、行くわよ!」
ポニーナが手綱を操り、シロを走らせる。
機動力を活かした遠距離攻撃。
パンクが前衛で注意を引き、ポニーナが死角から射抜く。
即席だが悪くないコンビネーションだ。
ワシは鞍から飛び降りた。急激に目線が低くなる。
ワシの仕事はあっちだ。
視線の先では、ケイトがもう一人の門番――剣を持つ男と斬り結んでいた。
キィン! ジャリッ!
凄まじい剣戟の音が響き渡る。
ケイトの剣技は騎士団長の名に恥じぬものだ。
帝国製の剣の性能も相まってその連撃は疾風の如く鋭い。
だが。
「くっ……!」
ケイトの顔には脂汗が滲んでいた。
押されている。
敵の門番は大剣を片手で軽々と扱いながら、ケイトの渾身の斬撃を涼しい顔で受け流していた。
剣の腕前だけで言えば、ケイトよりも上らしい。
ケイトが踏み込む。
門番が受ける。
その衝撃でケイトの体勢がわずかに崩れた。
「……」
門番が大剣を振り上げた。
ガラ空きになった胴。
いや、違う。
ワシの背筋にゾクリとした寒気が走った。
あの構え、あの視線。
あれは獲物を誘い込む罠だ。
ケイトは崩れた体勢から無理やり剣をねじ込み、カウンター気味に敵の懐へ飛び込もうとしていた。
起死回生の一撃。
普通なら決まるタイミングだ。
だが、今の奴はそれを『待って』いる。
「引けッ!!」
ワシは喉が裂けんばかりに叫んだ。
ケイトがビクリと反応した。
思考するよりも早くワシの命令に体が従う。
踏み込みかけた足を止め、全力でバックステップを踏んだ。
ヒュンッ!
風が鳴いた。
ケイトが先ほどまで首を置いていた空間を、見えない刃が通過した。
門番が振り上げた大剣はフェイク。
本命は死角から繰り出された抜き打ちの短剣だった。
もしワシの声がなければ、ケイトの首は今頃胴体にないだろう。
「は、はぁ……っ」
ケイトが蒼白な顔で膝をつく。
首筋に一筋、赤い線が走る。首の皮一枚で避けたようだ。
門番は短剣を納め、大剣を構え直した。
「……よく気づいたな。幼い人間よ」
感心したような、しかし底冷えする声で門番が言った。
その視線がワシに向けられる。
「今のフェイント、完全に殺気を消していたはずだが」
ワシはニヤリと笑ってやった。
「何度も命を狙われたけぇの。『本物の殺気』と『釣り餌』の違いぐらい嗅ぎ分けられるわ」
前世の抗争、今世での暗殺者。
どいつもこいつもワシの寝首を掻こうと必死だ。
おかげで殺意に対する勘だけは、野良犬並みに鋭くなってしまったらしい。
左にはパンクとポニーナ、対するは槍の門番。
右にはワシとケイト、対するは剣の門番。
戦場は二つに分かれた。
どちらが崩れても終わり。
まさに総力戦だ。
「この修羅場、乗り切るぞ!」
ワシの咆哮と共に、再び激突の火蓋が切られた。
◇
一方、フリント伯爵が指揮する前線もまた、地獄の様相を呈していた。
マフィたちが敵陣を突破した後、オズ王国軍は押し寄せる魔王軍の迎撃に徹していた。
だが状況は絶望的だ。
なにせ、敵の数が多すぎる。際限なく白い兵士たちが湧き出してくる。
「くそっ、キリがない!」
「交代要員を出せ! 第一列が持たない!」
兵士たちの悲鳴が上がる。
いくら帝国製の武器があろうとも、それを振るう人間の腕には限界がある。
疲労が蓄積し、剣速が鈍る。
その一瞬の隙を魔王軍が見逃さない。
「うわああああ!」
ついに、指揮が届きにくい後方の防衛線で均衡が崩れた。
一人の若手兵士が足を滑らせ、複数の敵兵に組み伏せられたのだ。
「ひ、ひぃぃっ! 助けてくれ!」
兵士はもがくが、白い腕が何本も伸びてきて四肢を拘束する。
魔王軍兵士の美しい顔に恍惚とした笑みが浮かぶ。
「美味そうだな」
白い兵士の口が裂けるように開いた。
「い た だ き ま す」
絶望的な言葉が発せられた、その時。
ズドオオオォォンッ!!
凄まじい轟音と共に、魔王軍の兵士たちが真横に吹き飛んだ。
「なっ……!?」
フリントが驚いて目を向けると、そこには信じられない光景があった。
土煙の中から現れたのは、複数の荷馬車だった。
「おらおらおらぁ! 轢き殺せ!」
御者台で手綱を操っているのは柄の悪い男たち。
マフィグループの元ゴロツキたちだ。
荷台から次々と男たちが飛び降りてくる。
その手には、戦斧やハンマー、そして包帯や回復薬が握られていた。
「遅くなりました!」
荷馬車から飛び降りた隊長格の男が、組み伏せられていた兵士の手を引いて起こした。
「大丈夫か! 喰われてねぇか!」
「あ、あんたたちは……!」
それは、後方で敵の無力化と捕縛を担当していたはずの歩兵部隊だった。
「ど、どうしてここに……」
手を引き上げられた兵士が問いかける。
「城が見え始めたところで人員を最小限に絞って、馬の尻を叩きまくってここまで駆けつけたんでさぁ!」
隊長格の男はニカっと笑って荷馬車を指した。そして、そのまま指示を出す。
「野郎ども! 姫様が魔王の首を取るまで、ここは俺たちが死守するぞ!」
「おう!」
「マフィグループの根性見せてやれ!」
荒くれ者たちの参戦が、沈みかけていた戦場の空気を一変させた。
彼らは正規の騎士のような洗練された戦い方はしない。
だが、泥臭く、強かだ。
何よりも仲間を守るという『仁義』に厚い。
「怪我人は後ろへ下がれ! 俺たちが前を張る!」
「荷馬車でバリケードを作れ!」
マフィグループの合流によって、崩壊寸前だった防衛線に一本の太い芯が通った。
フリントは震える手で剣を握り直した。
「全軍、踏ん張れ! 姫様が魔王を倒すと信じろ!」
オズ王国軍とマフィグループの雄叫びが重なり、荒野に轟いた。




