37. 腹いっぱい食って寝とけ!
次の日、オズ王国で誕生パーティーが開かれた。
大広間には所狭しと豪華な食事が並び、楽団が軽やかな音楽を奏でている。
急ごしらえの誕生日パーティーなのに、どうしてなかなか堂々たるもんじゃ。
ワシが呆気にとられていると、侍女が誇らしげに胸を張った。
「城の者も皆、マフィ王女殿下をお慕いしているのです」
「あ?」
「殿下がヒョーラント共和国から大量の兵糧支援を取り付けてくださったおかげで、今まで食料を前線に回していた王都の食料事情も改善したのです」
侍女は目を輝かせて言う。
「今や城下の民草は殿下のことを神のように崇めております。殿下のお誕生日となれば城の者たちも腕によりをかけないわけには参りません!」
「……おう」
そこまで言われると、さすがに背中がむず痒くなる。
ヤクザが神様扱いなど、ちゃんちゃらおかしい。
ワシが何とも言えない顔をしていた、その時だった。
「マフィ!」
背後から伸びてきた手がワシの首筋を撫で回し始めた。
馬の首を撫でるようなリズミカルな手つき。明らかに愛玩動物に対する慈しみの態度だった。
「無事に熱が下がってよかったわ、マフィ!毛艶……じゃなくて、顔色もすっかり良くなって!」
ワシは自分の首筋にある手をバシッと払いのけた。
「ワシは馬か!」
振り返ると、そこにはポニーナがいた。
相変わらず愛馬を愛でるような態度をするやつだ。
文句の一つも言ってやろうと口を開きかけたが、ポニーナはワシの言葉を遮るようにガバッと抱き着いてきた。
「心配させて……!」
耳元で聞こえた声は、震えていた。
「死んじゃったらどうしようかと……っ」
ポニーナの体温が伝わってくる。
その腕には痛いほどの力がこもっていて、毒気はすっかり抜かれてしまった。
「……おう。悪かったのう」
歯切れの悪い返事しか出てこん。
泣く女と湿っぽい空気は苦手なんじゃ。
ひとしきりワシを抱き締め、涙を拭ったポニーナは急に表情を切り替えた。
そして、バシッと一枚の紙をワシの目の前に突き出してくる。
「これ!プレゼントよ!」
「あ?なんじゃこりゃ」
そこにはホルシア王家の紋章。
内容を読んで、ワシは目を剥いた。
『ホルシア王国王女ポニーナの魔王軍討伐部隊への随行を正式に許可する』
「お前……」
「お父様に早馬を出して急いで書いてもらったの!」
ポニーナは胸を張って言い放った。
「私がいないと、あなたは髪がぼさぼさで帰ってくるもの。次は絶対に置いていかせないんだからね!」
ワシは思わず苦笑いした。
魔王軍の討伐隊に参加させるのは危ないと思っていたが……これでは連れて行かないわけにはいかなくなった。
「こんなもんを用意したんか。……上等じゃ。地獄の底までついてきてもらうけぇ、覚悟しとけ」
「望むところよ!」
そう言ってポニーナがニカっと笑った。
――相変わらずのじゃじゃ馬娘め。
◇
パーティーも中盤に差し掛かった頃、侍女が小走りで駆け寄ってきた。
何やら興奮した様子で耳打ちしてくる。
「マフィ殿下!ヒョーラント共和国からの兵糧部隊が到着いたしました!」
「そうか」
「それと……ブレント様がご同行されているとのことで、ご挨拶をしたいと」
「……なんじゃと?」
ワシが眉をひそめた瞬間、扉が勢いよく開いた。
「マフィ!」
大声で名前を呼びながら入ってきたのはブレントだった。
帝国ではろくに挨拶もできなかったが、今日見るとヒョーラント会った時よりも体がたくましくなっていることに気づく。
「マフィ、あの会場で暗殺されかけたと言っていましたが、無事でしたか!?」
ブレントはワシの目の前まで駆け寄り、まじまじとワシの顔を覗き込んだ。
「なんじゃおどれ。なんでここに来とんじゃ」
「心配だったからに決まっているでしょう!」
ブレントは息を荒げた。
「いてもたってもいられず、お父様に頼み込んで兵糧の支援部隊に入れてもらったのです!」
そこまでしてワシに会いに来たんか……。ご苦労なことだ。
そんなワシの態度に、ブレントは首をかしげる。
「しかし、僕が来ると知らなかったのですね。ちゃんとご挨拶に伺うと早馬も飛ばしましたが?」
なんじゃ、誰かはこいつが来ることを知っとったわけか。
「あらあら、まあまあ」
突然、背後から楽しそうな声が聞こえた。
母上だ。
その目は獲物を見定めた仲人のように光っている。
「マフィはモテるのねぇ?他国の大統領のご子息にここまで熱烈な好意を寄せて頂くなんて!」
「お、お母様!?」
そして、ワシに耳打ちしてくる。
「……ヒョーラント共和国は世襲制ではないから、お婿にもらうにはちょうど良いと思うのよ」
か、勘弁してくれ……。
ワシは怒りと困惑のままに、目の前のブレントの太もも目掛けて蹴りを放った。
ドゴッ!
「ぐっ!?」
いい音がした。
ブレントが呻き声を上げて膝をつく。
「さっさと帰れ!ここはお前のようなボンボンが来てええ場所じゃないわ!」
ワシが怒鳴りつけるとブレントは蹴られた太ももをさすりながら、しかし顔を上げて笑った。
「その蹴りの強さならもう大丈夫そうですね」
そしてブレントが真っ直ぐにワシを見た。
「兵糧も、いつもより多めに運んできました。マフィたちの戦いに必要なものでしょう?」
そう言って右手を差し出すブレント。
「……チッ」
ここで追い返すのは仁義に反するか。
「ぜひとも、これから行う魔王軍討伐にお役立てください!」
「だから、女を兵糧で釣ろうとするなと……」
ワシはため息をつきつつ、しかし、その手をガシッと握り返した。
「まあ、有効に使わせてもらうけぇの」
ブレントの顔がパッと輝いた。
単純な奴じゃ。
◇
城でのパーティーがひと段落した後、ワシは侍女に言う。
「おい、この余っとる料理を包んでくれ」
せっかくのご馳走だ。下町の人間にも振る舞ってやらんとバチが当たる。
ワシの意図を察したのか、侍女たちが「心得ております」とばかりにテキパキと動き出した。
バスケットに食べきれなかった豪華な料理が次々と詰められていく。
「おいパンク、荷持ちじゃ。ついて来い」
「へい。姫様は本当にじっとしてられないんすね」
パンクは苦笑いしながらも、大量のバスケットを軽々と担ぎ上げた。
ワシらはそのまま挨拶を済ませて城を抜け出し、下町へと向かった。
城下町は活気に満ちていた。人々の顔にも余裕が見える。
わあぁぁぁっ!!
ワシらの姿を見るなり、凄まじい歓声が上がった。
「王女様だ!」
「マフィ様が来てくれたぞ!」
広場には、大勢の住民が集まっていた。
そして、そこら中から香ばしい匂いが漂っている。
鉄板の上でソースが焦げる匂い、ニンニクと油の混じった食欲をそそる香り。
「こりゃあ……」
ワシが目を丸くしていると、自警団メンバーが駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、姫様!」
「なんじゃこの騒ぎは」
「いやぁ、姫様の誕生日だって聞いたもんで、みんなで祝いの準備をして待ってたんですよ!」
男は照れくさそうに鼻をこすった。
「本当は誕生日の当日にやるつもりだったんですが、姫様が熱で倒れたって聞いて……」
「でも、いつか絶対に来てくれるって信じて、毎日準備して待ってたんです!」
十日前から毎日か。
「こちらのお好み焼きをぜひ!」
「いやいや、うちの焼きそばを食ってください!ニンニク増し増しです!」
屋台のたちが競うように皿を差し出してくる。
まあ、どれも前世の味ではないが……。
「……お前ら」
ワシはパンクが抱えている大量のバスケットを見た。
城のご馳走を持ってきてやったつもりが、逆にこっちがもてなされる側になるとは。
「馬鹿タレが。こんなに食いきれるか」
悪態をついてみたが、悪い気はしなかった。
自警団だけじゃない。周囲の住人たちも声を上げる。
「マフィ様のおかげで、毎日腹いっぱい食える!」
「俺たちの守り神だ!」
パンクが「すごいっすね……」と呟く。
隣にいる侍女も「本当に人気なんですよ?」と、なぜか自分が褒められたかのように得意げだ。
ワシは差し出されたお好み焼きを一口頬張った。
熱い。
そして、ソースの味は相変わらず甘ったるい。
だが。
「……美味い」
ワシがそう呟くと、広場が割れんばかりの歓声に包まれた。
「任侠姫、万歳!」
「任侠姫ー!」
誰かが叫んだその呼び名は、瞬く間に広がっていった。
――任侠姫、か。
王女には似つかわしくない二つ名。
だが。
不思議と悪くない響きじゃ。
守るべきもんがここにある。
ワシは食いかけの皿をパンクに預け、広場の中央にある台の上に飛び乗った。
「おう、よう聞けお前ら!」
ワシの声が響くと、歓声がピタリと止んだ。
数百人の視線がワシに注がれる。
ワシはドレスの裾を翻して胸を張り、天を指すように右手を突き出した。
歌舞伎役者のように、ビシッと見得を切る。
「任侠姫の名に誓うて、魔王軍は必ずぶっ潰しちゃる!お前らはワシの帰りを待って、腹いっぱい食って寝とけ!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、爆発のような熱狂が巻き起こった。
「うおおおおお!」
「一生ついていきます!」
「任侠姫!任侠姫!」
ある者は涙を流して拝み、ある者は拳を突き上げて叫ぶ。
ワシはその光景を目に焼き付けた。
――この笑顔を守るために、ワシはここにいるのだろう。




