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【第一部完】5歳王女「てめぇら、仁義ってもんを教えちゃる」 ~任侠姫マフィの一代記~  作者: ぜんだ 夕里
第一部 魔王討伐編

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36/45

36. 私の大事な家族なのです


 オズ王国の王都の空気を吸うのは久しぶりだ。


 ワシらは無事に王城へと帰還した。

 城門をくぐると兵士たちが驚きの声を上げた。


 ワシは泥だらけのドレスもそのままに、玉座の間へと向かった。

 報告は熱いうちにするもんじゃ。


 玉座の間では父上と母上が、そして重臣たちが待ち構えていた。


「ただいま戻りました。お父様」


 ワシは玉座の前で片膝をついた……つもりだったが、ドレスの裾が邪魔でうまくできずに適当に頭を下げた。


「ナギナ帝国より武具の支援増強を確約してもらえました」


 ワシの言葉に玉座の間がどよめいた。

 嫌がらせじみた招待状を突き付けられた状況で完璧な成果を持ち帰ったのだ。

 重臣たちが信じられないという顔をしている。


「……そうか」


 父王が深く息を吐き出した。その顔には安堵と、娘を無茶な旅に出してしまった父親としての苦悩が入り混じっていた。


「困難な道のりであっただろう。……よくぞ無事で戻ってくれた」


「もったいないお言葉です」


 ワシはニヤリと笑ってみせた。


「つきましては、武具が到着次第すぐに魔王軍討伐に……」



 言いかけた言葉は続かなかった。

 突然、視界がぐらりと揺れた。

 まるで地面が溶けたかのように、ワシの体が床へと崩れ落ちる。


「マフィ!?」

「姫様!」


 玉座から父王が飛び出し、後ろに控えていたパンクが滑り込むようにワシを抱き留める。


「すごい熱だ……」


 パンクがワシの額に手を当てて呟く。


 そういえば、帰りの道中、なんとなく体が重く、節々が痛むような気はしていた。

 だが、気合が足らんだけじゃ、と無視していたのだ。

 前世の体ならドスで刺されようが熱が出ようが、気合一発でどうにでもなった。


 だが、この体は違う。

 か弱く、未熟な子供の体じゃ。


「……チッ。軟弱な体じゃのう」


 ワシは悔しさに奥歯を噛みしめた。

 意識が朦朧とする中で、パンクの声が聞こえた。


「そりゃそうですよ……。暗殺者に襲われて傷ついた体で汚い下水道に入ったりしましたからね……」


 ん?

 おい、パンク。余計なことを言うな。


「な、暗殺者だと!?」

「下水道!?どういうこと!?」


 父王と母上の悲鳴に近い声が響いた。

 いかん。親に心配をかけんのも仁義の一つじゃというのに。


「詳しく聞かせてもらおうか」


 父王の声が低くなる。


「パンク、ちょ……」


 ワシは止めようと腕を伸ばしたが、指一本動かすのも億劫だった。

 パンクの奴はここぞとばかりに語り出した。


「へい。実は道中、ナギナ帝国の放った手練れの暗殺者どもに襲われましてね」


 パンクの話術は妙に巧みだった。

 最低限の休憩で街道を駆け抜けたこと。

 夜の森で襲い掛かる暗殺者をワシが岩で殴り、パンクが投げ飛ばし、馬で踏みつぶして返り討ちにしたこと。


「ひっ……!」


 母上が口元を押さえて青ざめる。


 帝都の門前で兵士に追い返された窮地を、ワシの機転でスラムからの潜入に切り替えたこと。

 そこで地元のギャング団に囲まれて蹴散らした武勇伝。

 彼らと意気投合して牛の内臓を鉄板で焼き、臭いアジトで肩を組んで歌った宴の夜。

 城への侵入ルートの下水道で汚水まみれになった苦労話。

 そこで再び現れた暗殺者を、ギャングたちの助太刀であっという間に制圧した経緯。


 そして最後は泥だらけの姿で煌びやかな夜会に殴り込み、大臣どもを恐怖のどん底に叩き落とした挙句、求婚してきた皇帝に中指を立てて『寝言は寝て言えクソガキが』とタンカを切って帰ってきた顛末まで。



 しん、と玉座の間が静まり返った。


 父王は「こいつは好き放題やってくれたな」と言わんばかりに、額に手を当てて天を仰いでいる。

 母上は顔を青くしたり赤くしたり、今にも卒倒しそうだ。

 重臣たちはまるで神話の英雄譚を聞いたかのように目をキラキラさせてワシを見ている。


 三者三様の反応を、ワシは薄れゆく意識の中でどこか他人事のように面白く眺めていた。


 しかし、現実は甘くない。


「そんな危険な旅をしてきたなんて……信じられません!」


 母上の金切り声が響く。


「暗殺者に、スラムに、下水道ですって!?一歩間違えれば命がなかったじゃないの!」


「お母様、しかし結果は……」


「結果なんてどうでもいいです!あなたはまだ子供なのよ!?」


 母上は猛烈な勢いで宣言した。


「これから一か月、療養して安静にするのです!」


 一か月じゃと!?


「待ってつかぁさい!そんなに休んどる暇はないのです!」


 ワシは最後の力を振り絞って反論した。


「前線の魔王軍が『死』を戦術に組み込み始めたら今の戦力じゃ対抗できんように……」


「だめです!許可しません!」


 母上は頑として譲らない。

 ワシは助けを求めて父王を見た。

 だが、父王も気まずそうに目を逸らした。


「……王妃の言う通りだ。どちらにせよ、支援の武具がナギナ帝国から到着するまでには時間がかかる。物資がないまま攻め込んでも勝機は薄いだろう」


「ですが……!」


「姫様」


 横からパンクが口を挟んできた。


「前線は俺たち『マフィグループ』が守ってます。そう簡単に崩壊するほどやわじゃありませんぜ」


 パンクが白い歯を見せて笑う。



「俺たちをもう少し頼ってくださいよ。大将が倒れたら、それこそ組織はおしまいでしょう?」



 ……痛いところを突きよる。


 父王、母上、そしてパンク。

 完全に四面楚歌じゃ。


 ワシはため息交じりに降参した。


「しばらくの間、大人しくしとくわ……」


 そう言った瞬間、意識が急速に遠のいていった。

 まったく、この弱い体が恨めしい。

 ワシは深い闇の中へと落ちていった。



 ◇



 それから一週間、ワシは高熱にうなされ続けた。


 目が覚めるたびに、枕元には誰かがいた。

 ある時はパンクが、ある時は侍女が。


 そして何より、母上が頻繁に来ていた。


 母上はワシの額に濡れタオルを乗せながら、いつも悲しそうな顔をしていた。

 その顔を見るたびに胸がチクリと痛んだ。

 心配をかけるのは本意ではない。


 ようやく熱が下がり、意識がはっきりしてきた日のこと。

 窓から柔らかな日差しが差し込むベッドの上で伸びをすると、部屋の扉が静かに開いた。


 母上だ。


「マフィ!目が覚めたのね」

「お母様。……ご心配おかけしました」


 ワシが頭を下げると、母上は涙ぐみながらベッドの縁に腰掛けた。


「熱が下がって本当によかったわ……」


 母上はワシの額に手を当てて熱がないことを確認すると、深く息をついた。

 そして、少しの沈黙の後、意を決したように切り出してきた。


「ねえ、マフィ」

「はい」


「魔王軍との前線での戦いは……本当に、あなたがやらなければならないことなの?」


 その声は震えていた。


(いくさ)のような荒事を、まだ幼いあなたが指揮を執る必要はあるのかしら?騎士団長だって、新しく就任したケイトなら信頼できるわ。フリント伯爵だって歴戦の勇士よ」


 母上はワシの手をギュッと握りしめた。


「なぜか陛下に何度進言しても『マフィの行動を止めるつもりはない』と言って聞かないし……」


 一粒の涙が母上の頬を伝って落ちた。


「あなたはもう十分、外交で成果を出したわ。誰も文句なんて言わない。前線のことは大人たちに任せて、あなたはこの王城で健やかに過ごすだけでも良いはずよ?」


 母上の言葉は親として当然の願い。

 普通の娘ならお茶会をして、人形遊びをして、ドレスを着て笑っているのが仕事だ。

 戦場を駆け回り、暗殺者と命のやり取りをする必要などどこにもない。


 ワシはずっと、この人に心配をかけ通しだ。

 そのことには本当に申し訳なく思う。頭が下がるばかりだ。


 だが。

 それでもワシには譲れんもんがある。


 ワシは握られた母上の手に、自分の小さな手を重ねた。


「お母様」


 ワシは母上の目を真っ直ぐに見つめた。


「私はこの国の国民である『家族』を守りたいのです」


「……マフィ」


「路地裏の子供も、前線で命を張っている兵士たちも。私にとってはみんな『家族』なのです」


 シマの人間は家族だ。

 家族が脅かされている時に、布団を被って震えているような親分はいない。


 そんな奴は親分失格だ。


「それに……」


 ワシは少し照れくさかったが、はっきりと言った。


「あなたも、もちろん『家族』です」


「……」


「お父様も、お母様も、私の大事な家族なのです。だからこそ、私が守らないといけないのです」


 母上が息を呑む。


「どうか、私に『家族』を守らせてください」


 ワシの決意は揺るがない。

 魔王軍という理不尽な暴力からこの国を守る。

 それが元ヤクザの組長であるワシが、この世界に転生した意味だと思うから。


 しばらくの間、母上はワシを見つめていた。

 やがて、諦めたように首を振り、ワシを強く抱きしめた。


「……本当に、しょうがない子」


 母上の温もりが伝わってくる。

 甘い香りがした。


「……でも、約束して。危なくなったら必ず逃げるのよ。絶対に、無理はしないって」


「……はい」


 ワシは母上の背中に手を回した。


「六歳と言う幼い身で、心配ばかりさせて申し訳ありません」


 ワシがそう言うと、母上は体を離して言う。


「……六歳じゃないわ」


「え?」


 ワシは首を傾げた。


「あなたは、十日前に七歳になっているわ」


「…………は?」


 ワシは口をポカンと開けた。

 七歳?

 十日前?


 ……あ。

 そういえば外交での日々に忙殺されていて、暦の感覚など完全に消え失せていた。


 完全に忘れとった!


「ぷっ……ふふふ」


 母上が吹き出した。


「自分の誕生日も忘れて走り回っているんだから……」


 呆れたような声。

 涙はもう止まっていた。


「せっかく、もうしばらく王城にいるんですもの」


 母上は立ち上がり、ドレスの裾を翻した。

 その顔は憂うつな母親の顔から、王妃としての華やかな顔に戻っていた。


「盛大に誕生日を祝いましょう!遅ればせながらの七歳のお祝いを!」


「え、いや、そんな大げさな……」


「ダメよ!これは決定事項です!」


 母上はウキウキとした様子で部屋を出て行った。

 廊下から「料理長!パティシエ!準備なさい!」と指示を飛ばす声が聞こえてくる。


 ――どうやら前線に戻る前に、もう一つ大きなイベントをこなさんといけんらしかった。



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― 新着の感想 ―
傷ついた体で汚水塗れになれば、こうなるのも無理ないなぁ。 こういう娘なら母親だったら心配するのも無理ない。 城を挙げての誕生日会ならば、マフィ王女様苦手にモノになるかも?  その前にドレスは7歳で…
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