34. どぶ攫いご苦労!
夜会は明日の夕方。
ワシとパンクは、ギャング団のアジトに一晩の宿を借りることになった。
アジトと言えば聞こえはいいが、要は廃墟だ。
カビ臭くてジメジメしている。
だが、今のワシらにとっては雨露をしのげるだけで御の字。
パンクの肩の傷も野宿よりはマシな手当ができる。
アジトに着くと、まだ少し警戒して態度が硬いリーダーに言う。
「約束通り飯を食わせてやる」
ワシは懐から、旅の路銀が入った革袋を取り出した。
それを無造作にリーダーに放り投げる。
「へ?」
リーダーが慌てて袋を受け止め、中を覗いて目玉を飛び出させた。
「金貨?しかもこんなに……!」
「今日はお前らがワシの仲間になった祝いじゃ。その金でありったけの飯と酒を買ってこい」
ワシがそう命じると、横で手当を受けていたパンクがギョッとして立ち上がった。
「姫様!?そりゃあ全財産じゃないですか!帰りの旅費はどうするんですか!?」
「やかましいわ!」
ワシはパンクを一喝した。
「ケチなこと言うな!新しい兄弟ができるんじゃ、財布の底までさらえ!」
ワシはリーダーに向き直った。
「早う行け。腹が減って死にそうなんじゃ」
「はいっ!すぐに最高のご馳走を買ってきます!」
リーダーは目を輝かせ、宝物を抱えるようにして廃墟を飛び出していった。
その後ろ姿を見送りながら、ワシはニヤリと笑う。
飯を腹いっぱい食わせてやると約束した。
その証拠としても、パッと使ってやるべきだろう。
それに、同じ釜の飯を食えば、余計な言葉なんぞいらんようになるもんじゃ。
◇
しばらくするとリーダーが戻ってきた。
だが、その足取りは重かった。
手には大きな袋を抱えているが、顔色は暗い。
出て行った時の高揚感は見る影もなかった。
「どうした、シケた面して」
ワシが尋ねると、リーダーは悔しそうに唇を噛みしめた。
「金貨を見せたら、店の親父に『盗人め!』と石を投げられました……」
その額には、新しい擦り傷ができていた。
「金を見せても、俺たちみたいな身なりの奴には売ってくれないんです……。衛兵を呼ばれそうになって、なんとか裏口で頭を下げて、これだけ売ってもらいました」
リーダーが袋の中身を広げる。
出てきたのは、しなびた野菜くずと――血生臭い牛の内臓だった。
「酒は買えませんでした。これだって、本来なら捨てるゴミだと言われて……」
リーダーが情けなそうに肩を落とす。
周りの部下たちも、期待していた分だけ落胆が大きいようだ。
「ちっ、なんだよこれ。生ゴミじゃねぇか」
パンクが顔をしかめて鼻をつまむ。
「……申し訳ねぇ。美味い肉は金があってもスラムの人間には買えないんだ……」
リーダーが泣きそうな声で謝る。
だが。
ワシの目は輝いていた。
「おお……こりゃあ、上等な『シマチョウ』じゃ!」
ワシは思わず身を乗り出した。
新鮮な牛の大腸。脂がたっぷり乗っている。
前世の記憶が鮮烈に蘇る。
「は?シマチョウ?」
「ホルモンじゃ!」
ワシが興奮して言うと、パンクがげんなりした顔で言った。
「姫様、正気ですか?牛の内臓なんて臭くて食えたもんじゃありませんよ。貧乏人だって食わねぇ代物だ」
お前もか!
どうやらこの世界では、内臓肉はただの廃棄物扱いらしい。
もったいない!
ワシはスッと立ち上がった。
こいつらに、本当の『贅沢』っちゅうもんを教えてやらんといけん。
「おいリーダー。金は余っとるな?」
「は、はい。ほとんど使えなかったので……」
「今すぐ残った金で塩を買ってこい。それとお前は水を汲んで来い!」
ワシが矢継ぎ早に指示を飛ばすと、全員が呆気にとられた顔をした。
「し、塩ですか?肉じゃなくて?」
「ええから早うせんか!」
アジトの中庭で、ワシの料理教室が始まった。
「てめぇら、よう見とけよ!ここが一番大事な工程じゃ!」
ワシは大量の塩をぶち込んだ桶の中で内臓を揉み洗いする。
「こうやって塩で揉んで、ぬめりと臭みを徹底的に落とすんじゃ!これをサボるけぇ、臭くて食えんゴミになるんじゃ!」
リーダーたちが恐る恐る手伝い始める。
最初は顔をしかめていたが、洗ううちに内臓が白く輝きだすのを見て、目の色が変わってきた。
錆びた鉄板を焚火の上に置き、熱する。
十分に熱くなったところで、一口大に切ったホルモンを一気に乗せた。
ジュワァアアアッ!!
猛烈な音と共に、脂の焼ける香ばしい匂いが立ち上る。
「ごくり……」
誰かが生唾を飲み込んだ。
パンクの喉仏も動いているのが見える。
「よし、食え!熱いうちに食わんと承知せんぞ!」
ワシの号令と共に、男たちが一斉に鉄板へと手を伸ばした。
パンクもおっかなびっくり、一切れを口に運ぶ。
そして咀嚼した瞬間、パンクの目が見開かれた。
「うめぇ!!なんだこれ!?」
「脂が甘い!噛めば噛むほど味が染み出てきやがる!」
「こんな美味いもん、食ったことねぇぞ!」
リーダーたちも夢中で貪り食う。
野菜くずと一緒に炒めただけのシンプルな料理だ。
だが、空きっ腹にこの脂と塩気は最高だろう。
ワシも一切れ頬張る。
ゴムのような弾力を噛みしめると、じゅわりと脂が広がる。
「……くぅーッ!こりゃあ酒が欲しくなるのう!」
酒がないのが唯一の心残りだが、贅沢は言うまい。
ワシは水を汲んだコップを掲げた。
「酒はないが、今日はこれでええ」
ワシがそう言うと、全員が動きを止めてこちらを見た。
「こりゃあ『家族』とかわす盃じゃ。水だろうが泥水だろうが、同じ釜の飯を食って酌み交わせば関係ねぇ」
ワシはリーダーを見た。
そして、その周りにいる部下たちを見る。
いつの間にか、アジトの人数は増えていた。
パンクが路地裏で殴り倒したスリやこそ泥たちも、匂いにつられて戻ってきていたのだ。
殴られた頬を赤く腫らしたまま美味そうに肉を食っている。
全部で十人。
「今日からお前らはワシの身内じゃ。ワシの背中はお前らが守れ。お前らの腹はワシが満たしてやる」
ワシが一気に水を飲み干すと、男たちも次々と水を煽った。
「……どうやら、あんたといると確かに飯を腹いっぱい食えそうだ」
リーダーが笑って言う。
その笑顔にはもう卑屈な陰りはなかった。
その夜、全員で肩を組んで歌いながらホルモンを食った。
暗殺者が襲ってくるかもしれないと警戒はしていたが、結局朝まで何も起こらなかった。
まさか他国の王女が、スラムの最奥でドブネズミたちと内臓を焼いて歌っているとは、夢にも思わなかったろう。
◇
次の日の夕方。
いよいよ夜会の時間が迫っていた。
ワシとパンクは地下水道を歩いていた。
汚水が流れ、鼻をつく悪臭が漂う暗闇の中だ。
「……静かですね」
松明を持ったパンクが周囲を警戒しながら呟く。
その時だった。
ゾクリ。
またしても、あの感覚だ。
肌が粟立つような殺気。
「来るぞ!」
ワシが叫ぶと同時に、横のわき道の暗がりから黒い影が飛び出した。
暗殺者だ。
先日の奴とは別の人間だが、同じように全身黒ずくめだ。手には短剣が握られている。
狙いは正確無比。ワシの首だ。
キィンッ!
火花が散る。
パンクが咄嗟に鉈を抜き、短剣を受け止めていた。
「またお前らか!懲りねぇ奴らだ!」
パンクが吠える。
暗殺者は舌打ちをし、バックステップで距離を取った。
どうやら、待ち伏せをしていたらしい。
正門の兵士がワシらを通さなかった時点で、このルートを通る可能性も計算に入れていたということか。
暗殺者が再び構える。
一対一なら、パンクが不利か。
だが。
ワシはニヤリと笑った。
「予測しとったんか。大したもんじゃ」
ワシは暗殺者に向かって一歩踏み出した。
だが、お前らの予測には『仲間』が抜けとる。
「……?」
暗殺者が怪訝な顔をした瞬間。
背後の闇から、ぞろぞろと人影が現れた。
リーダー率いるギャング団の十人だ。
手には錆びたナイフやこん棒を持っている。
「へへッ、食った分の働きはしねぇとな!」
リーダーがニヒルに笑う。
暗殺者の目に動揺が走った。
帝都のスラムの連中が他国の王女を味方するとは思っていなかったはずだ。
彼らにとってスラムの住人は「ゴミ」でしかない。戦力として計算に入れるはずもない。
「観念せい」
ドサッ。
暗殺者は白目を剥いて汚水の中に倒れ込んだ。
数分もしない決着だった。
「ようやった。こいつを引きずってくぞ。ええ土産ができたわ」
パンクが気絶した暗殺者を縄で縛り上げ、荷物のように引きずった。
「こっちです!」
リーダーが先頭に立ち、迷路のような地下道を迷いなく進んでいく。
しばらく進むと、鉄格子のはまった頑丈そうな扉の前に出た。
城の地下入口だ。
そこには一人の兵士が待っていた。
腕組みをして、イライラした様子で貧乏ゆすりをしている。
「遅い!いつもの横流しの品は持ってきたんだろうな!」
兵士が怒鳴りながら振り返る。
その顔を見て、ワシとパンクは顔を見合わせた。
見覚えがある。
昨日、正門でワシらを門前払いしたあの兵士だ。
「……あ?」
兵士もワシらに気づき、口をポカンと開けた。
「お前らは……な、なぜここにいる!」
驚愕に顔を引きつらせる兵士。
なるほど、こいつは裏でスラムの連中と取引をして小遣い稼ぎをしとったわけか。
「どぶ攫いご苦労!」
ワシが言い放つと、兵士が剣を抜こうとした。
だが、遅い。
ドゴォッ!!
パンクの右ストレートが、兵士の顔面に綺麗に炸裂した。
「ぶばああぁっ!」
兵士は変な声を上げて壁に激突し、そのままズルズルと崩れ落ちた。
「行くぞ。パーティーの始まりじゃ」
ワシは鉄格子の扉を蹴り開けた。




