31. なんか面白いこと言え
さて、道中はトラブルの連続……ということはなく、二日目までは拍子抜けするほど順調だった。
それには見た目が功を奏していただろう。
ワシはドレスの上からボロボロのフード付き外套をすっぽりと被っている。
本来なら帝都に着いてから着替えるべきだが、荷物を増やせばそれだけ馬の負担になるし足も遅くなる。
ドレスの皺なぞ気にしていられん。夜会に間に合わせることが最優先じゃ。
結果、はたから見れば「ガラの悪い男と、薄汚い布を被った子供」という組み合わせだ。
ドレスは外套で隠れているため、金目の物を持っていそうには見えない。その上、その怪しい組み合わせに声をかけようとも思わない。
山賊や強盗にとっても、襲うだけ時間の無駄に見えたことだろう。
誰にも止められずに、ワシらはただひたすらに街道を走り続けた。
日が落ちると、街道を少し外れた森で野営をした。
ここでもパンクの働きぶりは見事だった。
「へへ、前線では食料調達もしなきゃいけませんでしたからね!野宿は慣れたもんですよ!」
そう言って手際よく火を起こし、干し肉と携帯食料を温める。
枯れ枝を集めて簡易的な風よけを作る手際も手慣れている。
パンクのおかげで、この強行軍にあっても最低限の休息は確保できていた。
◇
だが、あまりにも何事もなさ過ぎるのも考え物だ。
景色はずっと変わらない森と平原。馬の揺れにも慣れてくるとやることがない。
ワシは暇つぶしとして背後のパンクに話しかけた。
「おい、暇じゃ。なんか面白いこと言え」
前世でワシが若い衆にこれを言った時は、全員が青ざめて直立不動になったものだが。
パンクも御多分に漏れず、素っ頓狂な声を上げた。
「えぇ!?」
「聞こえんかったんか。面白いこと言えって言うとんじゃ!退屈で死にそうなんじゃワシは!」
「そんな急に言われても……」
パンクは困惑しながらしばらく唸っていたが、やがて絞り出すように口を開いた。
「そうっすね……昔、ガキの頃に捨て犬を拾って可愛がってたんすよ。俺の唯一の友達で」
「おお、可愛いことしよるのう」
ゴロツキにもそんなピュアな時代があったとはのう。
「でもある日、家に帰ったらいなくなってて、代わりに親父が何かの肉の骨をしゃぶってて……」
「重い上に、まったくおもんないんじゃ!」
ワシは思わずパンクの腕をバシッと叩いた。
笑えるかそんなもん!ただのトラウマじゃろうが!
「す、すみません!じゃあ、親父の話で別のやつを……」
パンクは名誉挽回とばかりに次の話を始めた。
「そんな親父もかくれんぼは上手かったんですよ」
「ほう、遊んでもらった記憶もあるんじゃのう」
「へへ、俺が七つの時に『隠れるぞー』って家を出て行ってから、二十年経った今でもまだ見つかってねぇんです。凄腕でしょ?」
「だから重いんじゃ!それは『蒸発』言うんじゃ!」
まったく、これだからゴロツキ崩れの話は……。
笑いのセンスがブラックすぎて胃もたれしそうだ。
面白い話をせがまれ、罵倒されてはたまらない。
そう思ったのか、パンクの方から話題を変えてきた。
「そういや、この馬なんて名前なんすか?」
「ポニーナが『シルフィード』とか言うとったが、言いにくいけぇ『シロ』でええわ」
白銀の毛並みを持つこの馬には、その方が似合っとる。
それに、シルフィードなどという気取った名前より、シロの方が呼びやすくて親しみが持てる。
「ホルシアの名馬に『シロ』て……」
パンクが呆れたような声を出す。
生意気なやつじゃ。
「お前もホルシアの馬を支給されとったのう。あの馬の名前は何じゃ。さぞカッコいい名前なんじゃろ」
パンクは「待ってました」とばかりに胸を張った。
「『ミッドナイトサンダー』っす」
確かに漆黒の馬体だったが……中学生みたいな名前つけおって。
「……『クロ』じゃな」
「やめてくださいよ!せっかくカッコいい名前なのに!」
そんなくだらない会話を延々と繰り返しながら、ワシらは距離を稼いでいった。
まるで遠足のような気楽さすら漂っていた。
だが、それもここまでだ。
◇
三日目の夕方。
ついにナギナ帝国の帝都を目前にした場所で、大きな関所が見えてきた。
ここを通らねば帝都には入れない。
関所には十人ほどの兵士が詰めていた。
ナギナ帝国の兵装だ。質は良さそうだが、着ている中身が伴っていない。
あくびを噛み殺している者、木陰でサイコロ賭博に興じている者。
緊張感の欠片もない。
「……止まれ!」
ワシらが近づくと、賭けをしていた兵士の一人が面倒くさそうに立ち上がった。
パンクが手綱を引き、馬の足を止める。
そして卑屈な笑みを浮かべながら懐から金貨を数枚取り出し、そっと差し出した。
帝国の関所は通行料を払うだけで一般の旅人は通れるはずだ。
兵士は金貨を確認すると無造作にポケットに突っ込んだ。
「……後ろの子供は?」
兵士の視線がフードを被ったワシに向けられる。
鋭い目つきではない。単なる値踏みするような目だ。
「俺の娘です。田舎から帝都の親戚を頼って出てきましてね」
パンクが即座に答える。
呼吸をするように嘘をつく。さすがは元ゴロツキだ。
兵士は鼻を鳴らし、ワシを一瞥しただけで興味を失ったようだった。
「よし、行っていいぞ」
シッシッ、と手を振る。
……上出来じゃ。
そう思った、その瞬間だった。
関所の建物の陰で休憩していた別の兵士と、ふと目が合った。
その兵士の目が、カッ!と見開かれた。
ワシの顔を見て明らかに動揺したのが分かった。
「なっ!!」
そいつは短く息を呑むと、慌てた様子で建物の裏へと引っ込んでいく。
――気づかれたか。
おそらく、関所にはオズ王族の人相書きか似顔絵でも回っていたのだろう。
「もしここを通るようなら報告せよ」と。
ナギナ帝国の上層部も馬鹿ではない。
万が一の可能性を潰すために、網を張っていたということか。
パンクは気づいていない。
安堵した顔で馬を歩かせようとしている。
ワシはパンクの背中に顔を寄せ、低い声で耳打ちした。
「おい、パンク」
「上手くいきましたね」
「さっき奥の兵士がワシの顔を見て血相変えて引っ込んでった」
パンクはハッとした顔で振り返ろうとするが、ワシはその脇腹をつねって制した。
「振り返るな。気づいてないフリをして、今のうちに距離を稼ぐんじゃ」
あの兵士は今ごろ早馬か伝書鳩の準備でもしているのだろう。
あるいは先回りの部隊に合図を送っているのかもしれない。
ここから帝都まではあと少し。
だが、その「あと少し」が勝負どころとなりそうだ。
ワシはフードを深く被りなおした。
「ここからが本番じゃ。気を引き締めい」
パンクが無言で頷き、手綱を握る手に力を込めた。
シロが嘶き、再び速度を上げる。
退屈な遠足は終わった。歓迎の準備をして待っとるようじゃ。




