29. 急がんといけん
ホルシア王国からの大量の名馬を引き連れ、ワシは再び最前線の砦へと戻ってきた。
砦の門をくぐると懐かしい顔ぶれが出迎えてくれた。
元ゴロツキたち――『マフィグループ』の連中。
彼らは整列し、背筋を伸ばして立っていた。
以前のような猫背で目つきの悪いチンピラの面影はない。
その立ち姿からは修羅場を潜り抜けてきた者特有の静かな迫力が漂っていた。
「……ほう」
ワシは小さく唸った。
こいつらも漫然と戦場にいたわけじゃないらしい。
正規軍の兵士たちと並んでも遜色がない。
もしかすると、正規軍に混じって訓練を積んでいるのかもしれない。
「姫様!お待ちしておりました!」
隊長のパンクが代表して声を張り上げる。
それに合わせて全員がバッと敬礼し、道を開けた。
その動作の一糸乱れぬこと。
ワシは満足して頷き、歩みを進めた。
砦の中央広場に着くと、フリント伯爵が駆け寄ってきた。
以前より少し血色が良い。
兵糧支援が届き、腹いっぱい食えている証拠だろう。
「マフィ王女殿下、ご無事で何よりです!」
「おう、兄弟。土産を持ってきたけぇ」
ワシが後ろを親指で指すと、フリントはその後方に控える馬の群れを見て目を丸くした。
「この馬は……」
フリントが震える手で一頭の馬の首筋に触れる。
筋肉の張り、毛並みの艶、そして何より瞳に宿る知性。
これまでオズ王国の騎士たちが乗っていた馬とは明らかに格が違う。
「ホルシア王国の名馬……!まさか、食料支援に加えて馬もこれほど短時間でご支援いただけるとは……」
「向こうの王様とちょっと仲良くなってきたんじゃ」
ワシはニヤリと笑った。
その時、ワシの横にいたポニーナがひょいと顔を出した。
「すごいわね、ここの空気!ピリピリしてて馬たちが興奮してる!なだめてあげなきゃ!」
場違いに明るい声。
フリントがギョッとして彼女を見た。
「王女殿下、その方は?」
「おう……ホルシア王国のポニーナ姫じゃ」
「な、他国の姫を前線へ連れてこられたのですか!?」
フリントがひっくり返りそうになるほど驚き、裏返った声を上げた。
まあ、そうなるわな。
常識で考えればありえん事態だ。
ワシも頭をかきながら言う。
「王城に置いてきたら、勝手に馬に乗ってついてきたんじゃ。まあ、砦の後方でいつでも逃げられる場所で馬の世話をさせれば大丈夫じゃろ」
「そんな無茶な……!もしものことがあれば国際問題になりますよ!」
「大丈夫よ!」
ポニーナが胸を張って割り込んできた。
「私が来なければ、誰がマフィの髪を毎朝梳かすのよ?マフィの毛並みを整えられるのは私だけなんだから!」
「一人でできるわ!」
ワシが怒鳴るが、ポニーナはどこ吹く風だ。
ポケットから角砂糖を取り出し、「はい、いい子だねー」とワシの口元に差し出してくる。
「いらんわ!」
ワシが手を払いのける。
フリントは「……なんだか変な姫を連れてこられた」というような顔をして、遠い目をしていた。
「普段はこうだが、馬に関しては一流じゃ」
ワシがフォローを入れる。
実際、ポニーナはすぐに馬たちの元へ駆け寄り、長旅の疲れを癒すようにマッサージを始めた。
暴れ馬も彼女の手にかかれば子猫のように大人しくなる。
その手際の良さには、周りの兵士たちも舌を巻いていた。
戦力としては申し分ない。
人間としては少々難ありだが。
◇
そして翌日。
魔王軍の攻勢が始まったとの報告を受け、ワシらは出撃した。
新戦力である騎馬隊を先頭に配置する形だ。
「突撃ぃッ!!」
騎士団長ケイトの号令と共に、ホルシアの名馬たちが大地を蹴った。
速い。
今までの馬とは次元が違う。
まるで風そのものになったかのような疾走感だ。
敵との距離が一瞬で縮まる。
魔王軍の歩兵たちが反応する暇すら与えない。
騎士たちの槍が敵を貫き、馬の蹄が魔王軍を蹴散らす。
一撃離脱。旋回して再び突撃。
その機動力に翻弄され、魔王軍の陣形はズタズタに切り裂かれていった。
「凄い……!」
本陣から戦況を見ていたフリントが感嘆の声を上げた。
前線の守護がさらに盤石となったのは誰の目にも明らかだった。
戦いは一方的だった。
「マフィ王女殿下のおかげで、前線の守りはより強固となりました。これなら当分、敵の侵攻を許すことはないでしょう。さすがマフィ様、感謝致します」
だが。
「……」
ワシは笑えなかった。
むしろ、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
撤退する魔王軍の一部隊。
彼らは我々の矢の雨に晒されていた。
普通なら盾を構えるか、散開して逃げる場面だ。
だが、奴らは違った。
動けなくなった味方に、複数人で笑いながら槍を突き刺し、高く掲げたのだ。
まるで傘のように。
肉の盾となった味方の死体に矢が突き刺さる。
それを掲げる連中も、そして串刺しにされて盾にされている奴までもが――ゲラゲラと笑っていた。
「まずいな……」
ワシは低い声で言う。
「なんですかね、あれ?明らかに重そうでよたよたとして、効果的な策とは思えないですが……」
フリントも気づいていたらしい。
だが、その意味までは理解していないようだ。
単なる悪あがき、あるいは狂気の沙汰だと思っている。
「違う」
ワシは首を振った。
「まずいのは、奴らが『死んでも復活する』ことを戦術に組み込み始めたことじゃ」
ワシの言葉にフリントが怪訝な顔をする。
「戦術、ですか?」
「今はまだ盾にする程度じゃが、これが進めば……人間には真似できん戦い方をしてくる」
奴らにとって死は終わりではない。
ただのリスポーンまでの待機時間に過ぎない。
痛みも恐怖もない。
だとしたら、命を「資源」として使い捨てることに何のためらいがある?
「想像してみぃ。敵が全身に爆薬を巻き付けて、笑いながら突っ込んできたらどうする?」
フリントの顔色がさっと変わった。
「強力な毒を含んだ敵兵が何百体も我々の井戸や食料庫に飛び込んできたら?」
「そ、それは……!」
ワシは言葉を吐き捨てるように言った。
「……いや、小細工なんぞいらん。ただ復活するためにお互いを殺しあうだけでも脅威じゃ」
「お互いを……殺し合う?」
「手足を怪我して動けんようになったら、治るのを待つよりもその場で仲間に首を刎ねてもらった方が早かろうが」
リセットボタンを押すように、自らの命を絶つ。
そして万全の状態で前線に復帰する。
倫理観のカケラもない、人間には絶対に不可能な、そして対処不能な戦術。
「戦局が一気にひっくり返る可能性がある」
今は勝っている。
馬を得て、兵糧を得て、士気も高い。
だが、それは「人間同士の戦争の常識」が通じている間だけだ。
相手がその常識の枠を完全に外してきた時、この優位など紙切れのように吹き飛ぶ。
「急がんといけん」
ワシは拳を握りしめた。
「奴らが本気で『死を使う』ことを覚える前に、魔王の首を取らんと」
厳しい心境で、今だけは明らかに勝っている戦局を睨みつけていた。




